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第1章
§6‐1 背を守り合う花と王
しおりを挟む夜明けの太陽は美しい。草花を照らし大地を温める。
戦場に居ることを忘れそうになる景色に目を細め、朝焼けに漂う澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込む。
背には民がいる。敵をここより先に通すわけにはいかない。
そして隣にはこれから伴侶となる方がいる。俺の腕を買ってくださった、誠実な王。
隣に立つゼフィロス王の、力強く、それでいて静謐な気配を感じる。
「ライゼル王子」
「はい」
「ご武運を」
「ゼフィロス王も」
静かなやり取りに胸が熱くなる。お互いに余計な言葉はいらないと分かっているのが嬉しいと感じる。
次第に朝日は高く昇り敵からこちらの全軍が見渡せるようになる。
敵は明らかに動揺しているようだ。
それもそのはず。もってあと数日と思っていた相手が馬に乗った屈強な兵を増やして立ちはだかっているのだから。
合図の笛の音が響き渡る。鋭く甲高い音が、静寂を一瞬で切り裂いた。
「アリュール!!」
「ブルルルルッッッッ!!」
脚の合図を出さずとも名を呼ぶだけでアリュールは駆け出していく。
戦い方はいつもと同じ。隊の指揮はブラスに任せ、敵に押されている味方のいる場所へ走るのが俺の役目だ。
心と体の準備が不十分な敵に対し、こちら側は準備万端である。
先頭集団が敵とぶつかり始める。俺も例外ではない。
騎馬兵と剣を交え、アリュールが縦横無尽に駆け回る。
ある程度敵と交戦になってきたところでアリュールの背を下りる。馬具の革が軋む音、剣と剣がぶつかり合う重い金属音、そして血の匂いに包まれる。アリュールは救護部隊に回して怪我人を運んでもらう。
「アリュール! 頼んだぞ!」
「ブルルウゥッ」
「ああ、あとでとびきり美味しい人参をあげよう、約束だ」
ちゃっかりと約束を取り付けてからアリュールが救護部隊の元へ走っていく。
「賢い馬だな」
「ええ、それにとても可愛いですよ」
ゼフィロス王は俺と付かず離れずの距離を保って戦っている。互いを巻き込まないためでもあり、戦いやすい範囲を確保するためでもある。
彼の剣捌きは、力強く、速い。一つ一つの動作に一切の無駄がなく、流れるようでありながら、大地を揺るがすような重みがある。その美しさに、一瞬我を忘れて見惚れそうになる。
呼吸が速くなってきた俺と違い、ゼフィロス王には余裕を感じる。敵をいなしながら言葉を交わそうが息が乱れることはない。
敵将の位置を目で、感じる気配で探す。どこだ、どこにいる。
一刻も早くこの戦いにケリをつけてできる限り犠牲を少なくしたい。騎士団に所属している者達も民の一員に違いない。
俺は戦況を早く動かすための、作戦にはなかった策を思いついた。普段なら選択肢にいれないが、今回は別のイレギュラーがある。それは俺の隣で完璧に戦い続けている、この頼もしい存在だ。
「ゼフィロス王! 少しの間私をお守りいただけないだろうか!」
「無論」
ゼフィロス王はすぐに何かを察してくれたのか、俺のそばに来て向かってくる敵を吹き飛ばしてくれる。
俺の目の前で、彼の身体が盾のように立ちはだかる。敵の攻撃がぶつかる度に、重く鈍い音が響いたが、彼はびくともしない。その背中には、絶対的な安心感があった。
その隙に俺は魔力をできるだけ一気に体の中で温める。時間にして10秒ほど。
「……アヴィエント・グーぺ〈凍土の棘〉」
「うわあアアアッ!! なんだこれはッ!!」
「くそっ! 動けねぇ!!」
体中の熱を解き放った後、魔力の消費によって全身が急激に冷え込むのを感じた。
視界に映る範囲の敵の足元から氷の棘が出現する。それは多方向から足を狙って飛び出してくるので避けられる敵は少ない。目論見通り大多数の敵の動きを止められた。そのおかげで敵将の位置も把握できた。
「ゼフィロス王、ありがとうございます」
「礼には及ばぬ。しかし……少々減らしすぎではないか?」
拗ねたような言い方に、思わず頬が緩む。まるで玩具を取り上げられた子供のように見えてしまったからだ。
「敵将の首はお任せしたいと思ったのですが、それでご勘弁いただけませんか」
「よいのか?」
「えぇもちろん。ですが最後まで私をお側に置いてくださいね」
「……そういうのは、自分から伝えたいタチなのだが……」
「どうされました?」
「いや、なんでもない」
小声でゼフィロス王が何かを呟いた気がしたのだが、躱されてしまった。大したことではなかったのだろう。
敵将の元へ走り出したゼフィロス王の後ろをついていく。あまりない経験に胸が高鳴るのを感じた。
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