【完結】花守の騎士は隣国の獣人王に嫁ぎ懐刀となる

狗宮 寝子

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第3章

§22‐1 結婚式の準備

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 商業ギルドに顔を出した翌日から、三ヶ月後の結婚式へ向けて追われることになった。
 最短の日程に設定したので、いかんせん急いで決めることが多い。

 会場の準備、招待客のもてなし、食事、衣装などなど。インクの匂いが染みついた書類の山に、毎日目を通す日々が続く。
 
 主役の片割れでもあるので、もちろん逃げ出すことはできない。
 主導してくれているミレイと一緒に、連日関係各所との打ち合わせをしている。すでに一週間ほど経過したが積み上げられた資料の塔は低くなる気配もなく終わりは見えていない。
 
 準備期間中、俺とミレイはグレンの執務室の隣部屋を使うことになった。部屋同士が扉で繋がっているので、グレンやジェイドに確認したいことがあればすぐに声をかけられて便利なのだ。
 
 グレンと話す機会も自然と多くなった。
 朝食と夕食も共にしているので、ゼフィロスへやってきてから一番時間を多く共有できている。

 彼の隣にいることが当たり前になりつつあるこの状況が、くすぐったくも嬉しい。それが猛烈な忙しさの中で唯一の救いだ。

 そして今日は衣装のための採寸と意匠の相談の日だ。
 グレンも俺とミレイの期間限定執務室にやって来て、商業ギルド代表のデザイナーと打ち合わせをする。


「俺の衣装は儀式に相応しく、サイズが合っていればなんでも構わない。ライゼルの衣装は3~4着作ってくれ。途中で着替えるのも良い」
「なんでもですか? では、真紅の生地に豪勢な金刺繍で王の威厳を表現するのがよろしいかと!」


 デザイナーは目を輝かせ、手元のデザイン画からいくつか見本を選んで見せた。
 

「……華美な装飾は好かん」
「なんでも良く無いではないですか。ダメですよグレン、しっかり職人の心意気に応えなくては」
「まぁまぁまぁ! ライゼル様は私どもの気持ちを良くお分かりくださっていらっしゃる! 感激ですわぁ!」 
「……すまない、失礼なことを言うつもりはなかったのだ」


 俺は尻尾を垂らすグレンの腕に手を添えて慰める。少しずつ彼の性分というのが分かり始めてきた。
 
 どんな時も民や周りの人間を優先してしまうのだ。しかし今みたいに気遣いが空回りしてしまうこともある。

 俺に援軍の交換条件の見直しを提案してきた時のこと思い出させる光景だ。あの時も、困ったように眉を下げていた。


「あぁ……っ! お二人はすでに伴侶として心を通わせていらっしゃるのですねミレイ様っ!」
「そうなのですよ~! ぜひ、この二人に相応しい衣装を。思いつく限り仕立てていただいて構いませんから」
「まあ! 職人冥利に尽きますわぁ。では採寸が終わりましたので、早速戻って制作に取り掛かりますわ。失礼いたします!」


 職人の女性はミレイと手と手を取り合って何やら頷き合っていたが、風のような早さで部屋を退出していった。
 情熱が燃えたぎっていたようだけれど、一体どんな大作を作り上げるつもりなのか少々心配だ。


「さて。衣装の方は良いとして、先日の続きの“練習”と参りましょう」


 それを聞いたグレンが眉間の皺を濃くして小さくため息をついた。

 ミレイが言う“練習”とは、結婚式で踊る二人のダンスのことである。招待客と共に結婚する二人がダンスを踊るのは定番中の定番だ。例に漏れず、グレンと俺も披露する予定なのだ。

 さて練習の成果はというと。


「あっ!」
「危ない!」


 ミレイのカウントに合わせて練習をしていたが、ステップがもつれ俺の身体がぐらりと傾ぐ。グレンの身体を下敷きにする形で二人一緒に床へ倒れ込む。


「グレンッ、あなたまた下敷きに……」
「気にするなと言っただろう。痛くも痒くもない」


 硬い床に打ち付けられたはずの背中の痛みを微塵も感じさせず、彼は言う。
 

「俺だって大丈夫ですよ!」
「ダメだ。俺が上だとライゼルを潰しかねん」
「もうっ、頑固ですね」
「……二人とも。仲が良いのは結構ですが、練習を続けますよ!」


 練習の成果はこの通り。
 毎回八つのカウントを数え切るか切らないかくらいで転んでしまう。
 
 俺はこれでも一応王族の出なので一通りのダンスが踊れるが、グレンはほぼ経験が無い。
 それで練習しているのだが、どうもダンスとグレンの相性は良く無いらしく。
 
 グレンは転びそうになった時、必ず自分が下敷きになるように動く。

 その一瞬の判断の速さはさすがだと感心するものの、素直に喜べない。何度かそれを阻止するために技をかけようとしたのだが、二人で倒れる途中の瞬きする間ほどではグレンの大きな体躯をひっくり返すことはできなかった。
 
 俺はグレンに抱きしめられ、毎度無傷で済んでいる。

 しかし一週間ほど毎日一刻ほどの練習をしてもほとんど進歩がない。いくら丈夫なグレンでも、限度というものがあるだろう。彼の背中が床にぶつかる鈍い音をもう聞きたくはなかった。

 そして何より、俺の心臓に良くないのだ。
 
 俺の身体を抱き止める太い腕、逞しい胸板、その下で鳴る力強い鼓動、ふわふわの体毛。全てが心臓に良くない。
 
 これがここ一週間、毎日だ。結婚式の前に俺の心臓が根を上げるかもしれない。


「ミレイ、今日はここまでにしよう。それにいい加減グレンの身体が心配になってくるよ」
「大丈夫ですよライゼル様。うちの王は丈夫が取り柄ですので」
「ミレイお前……」


 相変わらずジェイドと共にソノラ兄妹はグレンに容赦がない。


「少し俺にも考えがあるんだ。今日の夜、グレンと相談するから。今日の練習は終わり、ね?」 
「ずるいですわライゼル様、そんな可愛らしいお顔でお願いされては断れませんもの……」


 可愛い? 俺は首を傾げたが、なんとかミレイは納得してくれたようで、その日のダンス練習はお開きになった。







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