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第3章
§23 初めての共同作業
しおりを挟む翌朝、朝食を摂るためにいつもの部屋へ向かう。
自分から頬にキスしたことを思い出し、どう顔を合わせたものかと悩みながら。
いつも通りグレンは俺より先に着いていて、外から差し込む朝日を浴びて気持ちよさそうにしている。柔らかな光が、彼の毛を透かしてきらきらと輝やかせている。
「おはよう、グレン」
「おはよう」
平静を装って彼の隣に座る。しかしよく見ると、椅子が変わっていた。
これまでは一人掛けの椅子をふたつ、横並びにして食事をしていたのだが、今朝は長椅子に変わっている。
テーブルは変わっておらず、窓辺で外の景色を見ながら食事できるのも変わっていない。
「椅子、変えたんだね」
「あぁ。このほうがライゼルの近くに座れるからな。嫌か?」
悪戯っぽく細められた空色の瞳が、俺の反応を窺っている。
「ふふ……嫌じゃないよ」
暗に昨日の仕返しをされている気分だが、わざわざ触れるつもりはない。触れたら負けな気がするし、本当に嫌じゃないから変に勘違いされたくないのもある。
隣に座ると肩が触れ合う距離に、どきりとした。しかしすぐに朝食が運ばれてくると、パンの香ばしい匂いで食欲がそそられる。空腹は強欲である。
「いただきます」
「いただきます」
俺が朝の走り込みを再開した日から、筋肉の疲労回復に効果のある肉が朝食のメニューに加わった。
料理長の気遣いに嬉しくなり、お礼に王城の庭で穫れた野菜を一番に届けた。今日も変わらず栄養満点の朝食だ。
もぐもぐと味わいながら外へ目をむける。小鳥が二羽戯れている。
「ライゼル。ソースが付いている」
「え、どこ?」
「頬に」
言われた通り頬をナフキンで拭うが、グレンはまだ取れていないと首を振る。じゃあこっち側か、と反対の頬を拭ったがまた首を振られる。
じゃあどこについているというのか、首を捻るとグレンの顔がサッと近づいてきて、左頬に柔らかいものが触れた。
「嘘だ」
本当の仕返しはまだだったらしい。俺の左頬にキスをしてニンマリと笑うグレン。その唇の柔らかな感触が、まだ肌に残っている。
「俺はどちらかというと先手を打ちたいタチなんだ」
「……たまには譲り合いの精神を持つのも大事じゃない?」
「考えておこう」
「ぜったい嘘だ」
いたずらっ子のように笑う顔がかっこいいと思うなんて、絶対に言わない。
朝食後、執務室でダンスの代替案の剣舞についてミレイに伝えると、カッ!と目を見開いて絶賛してくれた。
「ライゼル様は天才ですね……そのような催し物はきっと唯一無二ですわ! 招待客の皆様もあっと驚いてくださるはず」
ミレイの賛同が得られたので、俺とグレンが使える魔法を整理しながら演出を考えることになった。
俺が自分の魔法でできることの中で思いついたのは、氷の花を形作って空中に浮かべる演出。それを聞いたグレンが続く。
「では俺はその氷の花を風と雷属性の魔法で動かすのはどうだ」
「悪くないと思うけれど、グレンの魔法をもっと目立たせる方がいいんじゃないかな」
「俺の得意な魔法だと招待客に怪我をさせる危険がある」
「どんな魔法を使うつもりなの……?」
グレンの一番得意な魔法は炎属性だということは知っているが、まさか招待客に火傷を負わせるわけにはいかない。
「そういえば俺が使える魔法を詳しく教えると言っていたが、忘れていたな」
「そうだ、教えてもらってなかった」
バタバタしていてすっかり忘れていた。俺を歓迎してくれたパーティーの日にグレンが話していたのに。
いい機会だということでお互いの使える魔法について教えあうことになった。ミレイは気を利かせたのか、ジェイドに演出の件を伝えてくると言って部屋を出た。
二人で横並びに腰を掛け、紙に魔法を書き出し始める。しばらく沈黙が流れた。ペンが走る音だけが静かに響く。お互いそれなりに魔法が使えるので全て書き出すとなると時間がかかりそうだ。
「ねぇグレン。細かい魔法は書かなくてもいい?」
「あぁ。そこまで書くのは大変だろう。口で教えてくれればいい」
「分かった」
書き終えるとお互いに紙を交換する。
グレンが使える魔法は炎、風、雷属性の魔法に加え、結界魔法。結界魔法の使い手は珍しい。パーティーの時に使っていたのは結界魔法と炎魔法の応用で、防御をしつつ幻影を見せるというなんとも高等な魔法だったらしい。
「すごいね、グレンの魔法」
「ライゼルに言われてもと思うが……」
グレンは俺が書いた紙を凝視しながら、「はぁ?」「こんな魔法どうやって構築するんだ……」と小声でぶつぶつ呟いている。
俺が使うのは水、土、氷、光属性の魔法だ。光属性によって治癒魔法が使える。
スフェーン王族のみ使える、自然から魔力を分けてもらえる魔法にもグレンは驚いていたようだ。援軍に来てくれた時に一度使っているところを見せたが、改めて伝えても驚いている。
それにしても面白いのが、俺とグレンの使う魔法属性が一つも被っていないことだと思う。
「俺とライゼルは魔法属性が全く違って面白いな」
「……すごい、今同じことを思ってた」
「はは、そうか。そこはお揃いだったか」
グレンの左手が俺の頭を優しく撫でる。それだけで心音が早くなる。
……そろそろ、この気持ちに見て見ぬ振りをするのも限界だなと思う。然るべき時に伝えないといけない、と。今がその時ではないのは明らかなので一旦心の奥にしまっておく。
「どう? 何か思いついた?」
「いいや。やはりライゼルの出した案が最善手だろう。俺は氷の花同士をバラバラに離れぬように静電気で繋ぎつつ、風魔法で壊れない力加減で操ろう。流石にぶっつけ本番では難しそうだから時々練習した方が良さそうだな」
「うん、賛成。剣舞の筋書きを考えながら、魔法も考えていけばいいと思うから」
懸念としては、俺が作る氷がグレンの魔法に耐えられる強度かということだ。
同時に複数の属性を使用しなければならないのでそれなりに神経を使う。おまけに剣舞をしながらとなるとなかなかに難しいだろう。それはグレンも同じ条件下だ。
ひとまず俺が出した案で練習を始めることに決まったので、俺には剣舞の構成を考えるという宿題ができた。
「二人で何かを作り上げるのは初めてだな。楽しみだ」
「初めての共同作業、ってことになるね」
「……あぁ、きっといい思い出になる」
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