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第4章
§34‐1 再会
しおりを挟む結婚式後のパーティーはグレンの意向もあり、予定通り開くことになった。
俺は柔らかいクリーム色のタキシードに着替えた。試着した時は白寄りだったが、黄味を強くした色に変更されている。
グレンは試着した時と変わらない深紫色のタキシード。彼の威厳ある体躯を包む豪奢な布地。パーティー会場の照明で光沢が映えている。
隣にいながら次から次へと挨拶に訪れる列席者と話すのは骨が折れる。
次々と寄せられる祝福の言葉と、品定めするような視線。耳障りなほどの喧騒の中で、作り笑顔を貼り付ける頬が引き攣りそうだ。
俺とグレンのそばにはタイクとジェイドも控えてくれていて、こちらに向かってくる人の情報を耳打ちしてくれている。まさに阿吽の呼吸で主君を支える彼らの存在が心強い。
事前にあらかた列席者の情報は頭に入れていたが、顔と名前とが一致しない人物が多い。
その点、二人は事前に列席者と挨拶をしているので頼りになる。
俺は何に意識を向けているのかというと、挨拶する相手が暗器や毒を仕込んだ武器を持っていないかだ。
グラスを持つ手の動き、不自然な懐や腰元の膨らみ、瞬きの奥に潜む敵意。俺の視線は、獲物を狙う鷹のように鋭く、全ての所作を検分していた。
他国の使者が話したい相手は俺ではなくグレンなのだ。俺も話すのなんて正直どうだっていい。最優先はグレンの身に危険が起こらないことだ。
「ライゼル。笑顔から少し殺気が漏れているぞ」
隣から低く落ち着いた声が鼓膜を揺らした。グレンがわずかに口角を上げたまま、こちらを窺っている。
「嘘だね。完璧に仕舞えているはずだよ」
「完璧な笑顔すぎて近寄りがたいんだ」
「どうでもいいよ、グレンのことを守れるなら。お喋りは三人に任せるから」
「ハァ、俺もお喋りは得意では無いんだがな……」
「王よ。そのようなことを言っている場合ではございません。ゼフィロスの国交のために少しでもパイプを繋いでおかねば」
「分かった、分かった」
俺とは別の意味合いで鬼気迫る様子のジェイドに言われ、グレンは大人しく柔和に挨拶を再開する。
グレンと話す他国の使者の反応は、「意外と穏和で話の通じそうな王だな」というのが大半だ。最初は強張っていた使者たちの顔が、グレンの言葉で次第に解けていくのが分かる。
これまでのことを考えれば閉鎖的な王なのかと予想するのも仕方ないだろう。
あとは、「でかいな」と握手をする際に見上げる者が多く、それは内心「分かる。俺も初めて会った時は思った」と頷いた。
ほぼ全ての使者と挨拶を交わした頃、一人の男がニタニタと下卑た笑顔で近づいてくる。まるで腐臭を漂わせるかのように、澱んだ空気を纏った男だ。
俺は腰にある剣の位置を確かめる。手を柄にかけるまではまだしない。
「ご無沙汰ですなぁ~グレン王」
「これはムージェ侯爵、顔を見るのは久しぶりだな」
重そうなツノにゴテゴテとした装飾をつけている鹿獣人。やけに首が前に出ている姿勢が気になる。背丈は俺よりも頭半分ほど低いくらいだろうか。
とにかく容姿全体が派手だ。服の色は臙脂色で指にいくつも豪華な指輪がつけられている。富を誇示するような装飾が悪目立ちしている。取り巻きの貴族たちを五、六人連れている。
彼がゴルダ・ムージェ侯爵。旧王族派筆頭だ。
一番の要注意人物が堂々と顔を見せに来た。普段からあまり城に顔を出さず領地に引きこもっていると聞く。流石に王の結婚式にはやって来たらしい。
「お祝い事ですからな、いやでも参加せねば。あぁ、嫌々来ているわけでは無いのですがね」
「手間をかけたな」
グレンは感情を一切表に出さず、短く応じた。
「いえいえ。大変美しいと噂のライゼル様とご挨拶もしたかったですしなぁ」
ゴルダの視線がグレンから俺に移る。背筋が逆立つ気味の悪い目だ。
足先から頭の先まで舐めるように見られる。全身の産毛が総立ちになるが、気持ち悪さを顔に出さないよう集中する。
「ムージェ侯爵、初めまして。ライゼルと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
「いやはや、噂以上にお美しいですな! 花守の騎士とは言い得て妙だ。草木だけでなく、この老いぼれの介抱もしていただきたいものですじゃ。ヒャヒャヒャ」
甲高く耳障りな笑い声が響く。それは侮辱以外の何物でもなかった。
「ムージェ侯爵、お戯れも大概にしてくださいませ」
「……ふん、相変わらず洒落の分からん宰相殿だ。では、失礼するぞ」
舌打ち混じりにそう吐き捨てると、ゴルダは取り巻きを引き連れて踵を返した。ジェイドが諌めてくれたおかげでゴルダが離れていったのを確認し、大きく息を吐く。視界から消えたが、まだ胃がむかむかする。
「大丈夫か」
「うん、すごく胃がむかむかするけど」
「何か飲むか?」
「そうだね、喉が渇いたし、」
「ライは、葡萄ジュースでよかったかな」
不意に、全ての雑音を押し退けて、懐かしい声が鼓膜に響く。
「……アド兄、ギル兄!」
「何やら不穏な空気だったが、大丈夫か」
声がした方を振り返ると、アド兄とギル兄が居た。ギル兄が鋭い瞳でゴルダが去った方向を見ている。
パーティーが始まってからずっと二人の姿を探していたのだが見つけられておらず、ようやく顔を見られた。
「探したよ、二人とも」
「ごめんごめん、私たちも見知った顔と挨拶するのに忙しくてね」
「あぁ。どうやってゼフィロス王国を開国させたのかと、根掘り葉掘り聞かれてな」
「ギルフォード様、アドリアン様、式後のパーティーまでご列席いただきありがとうございます」
グレンがスフェーン王国の正装に身を包んだ兄たちに軽く礼をすると、兄たちもグレンへ労いの言葉をかけた。
数日前二人がゼフィロスに着いたとき一度挨拶をしているが、式でばたついていたので、やっとゆっくり話せそうだ。家族と話せる。それだけでささくれ立っていた心が少し落ち着いてくる。
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