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第4章
§35‐1 おあずけ?
しおりを挟むパーティーがお開きになり、帰途に着く列席者を見送った。
王都の夜を彩っていた喧騒が遠ざかり、静寂が王宮を包み始める。
ギル兄とアド兄らスフェーン王国一行は客室で休んでもらい、明日の午後に会談を行う。
執務室に顔を出すと、ジェイドとタイクが血眼になりながら資料をまとめていた。疲労が彼らの顔に影を落としているのが見て取れる。
流石にそのまま二人に押し付けるわけにはいかないので、グレンと俺も加わる。
「ライゼル、先に寝ていていいんだぞ」
「そういうわけにはいかないだろう。目も冴えてしまって寝られそうに無いし、手伝うよ」
そしてしばし四人で過去の同盟や他国の資料を確認して準備を進めていたところ、部屋の扉がノックされる。
タイクが確認に行くと、係が夜食と甘味を差し入れてくれたとのこと。
「特にジェイドとタイクはあまり食べてないだろ。一旦手を止めて栄養をとって」
「お気遣いありがとうございます。正直頭が回らなくなってきていたのでお言葉に甘えます」
「それでは私も……ん?」
「う~む、パーティー用の菓子も良い味だのぅ!」
間延びした声にその場の全員が顔を向ける。
そこには甘いもの大好きな炎龍、サノメがいた。
「びっくりした……あれ!? グレンも気づかなかったの?」
「あぁ……まさか、契約者である俺に気取られず姿を現そうと思えばできるのか」
グレンの低い声には、人の都合など眼中にない炎龍への恨み節が込められている。
「できるぞ? 当たり前だろう、俺ちゃんは最強の炎龍様だぞ!」
それを聞いたグレンはサノメを睨む。サノメが現れる度、分厚い歴史書で頭を叩かれるような衝撃を感じると言っていたので怒っているのだろう。
そしてサノメだけではなく、別のふたつの気配も感じられた。
「サノメだけずるい~僕も甘いもの食べたいよぉ~」
「ライゼル! 結婚式の衣装は大変美しかったぞ!」
音をひとつも立てずに出現したカウカとアリュール。アリュールは小馬の姿で俺に突撃してくる。小さな蹄の振動が、床を震わせた。勢い余って椅子が後ろへ倒れそうになるが、グレンが慌てて押さえてくれる。
カウカは早速タイクからスイーツを貰い、サノメと競うように味わっている。
夜中だというのに一気に賑やかになった執務室。
「アリュールも見ていてくれたのか」
「お前の晴れ舞台なのだから当然だ! 剣舞もすっかり上達して……兄二人に負けじと泣きべそをかきながら練習していた頃が懐かしいな……」
「うっ……思い出すとすごく恥ずかしいんだけど」
アリュールは額を俺の胸元に擦り付けながら、昔の思い出を語る。その柔らかな毛並みがくすぐったい。
アリュールの言う通り、確かにそのような記憶がある。剣舞の才能溢れた兄二人に憧れていたが、俺自身は上手く出来ずによく悔き泣きしていた。
そんな稽古の後は、決まってアリュールが背中に乗せてくれて気分転換のため走りに行ったものだ。
「どうだ、妬けるだろうグレン」
「ああ、そうだな。妬ける」
「そうだろう、そうだろうとも! ハッハッハッ!」
「ちょっと、グレン……」
深く腰掛ける椅子の縁に肘をつき、口元に添えられた指の間から嫉妬を模った言葉が出てくる。
グレンの瞳が、ゆったりとした曲線を描きながら俺を見つめる。
……全くの嘘だ。その視線は熱く甘く、支配的で、言葉とは裏腹に余裕そうな目つきで俺の方を見てくるのだから。
二人で交わす情痴的な視線は、決してこの場で露呈させられない。視線に秘められた熱が俺の心臓を揺さぶる。
各所で不穏な動きがあるし、今夜は明日の会合の準備でろくに寝られないだろう。
俺は、所謂“初夜”が先送りになったことを考えないようにしていた。
厳密に言えば裸での触れ合いはしているので、初夜とは言わないのかもしれないが。
まだグレン自身をこの身体で丸ごと受け止めるところまでは進めていない。グレンが執拗に「ぐずぐずになるまで解す」と言ってきかなかったからだ。
なんだ、ぐずぐずって。その言葉の響きは、どこか淫靡でいけないもののような気がした。一体どれくらいできたらぐずぐずなんだと抗議したのだが、今のところまだ聞き入れられていない。
結婚式が終わったら……と思っていたので、胸の奥では消しきれない火が燻り、何度も理性の水で消している始末。
「しかしグレン、今日でお前が正式にライゼルの伴侶だ。気を引き締めるのだぞ」
「分かっている」
アリュールがグレンの膝に鼻を押し付け、足を踏みつける。二人の間に信頼と友愛の絆が芽吹いているのを感じる。アリュールが土の神の眷属と判明した時からここまで戯れあうまでの関係になった。
「でも、今日早速ライゼルに守ってもらってたねぇ~」
カウカが口の端にクリームをつけながらグレンをチクリと責める。その表情は無邪気だが、言葉には確かな含みがある。しかしグレンはどこ吹く風で答える。
「ライゼルは俺の伴侶であり、懐刀だからな。俺のすべてを預けられる唯一だ。守ってもらうのも存外気分が良い」
グレンは俺を懐刀と呼ぶのが好きだ。間違いない。
「確かに、グレン様を真にお守りできるのは、ライゼル様くらいでしょうなぁ」
「他の兵士は数で盾になることはできても、今日のような静かな襲撃では守れたかは怪しいですね」
タイクとジェイドも夜食を頬張りながら頷いている。
やけに俺に対する評価が高く、ありがたいが居心地は悪い。
「今日動けた理由は自分でもよく分からない。もしかしたらカウカとアリュールと契約しているから……」
「「それはない」」
「え?」
カウカとアリュールが揃って否定する。
「契約した本人を守ることはできても、周りの人間を守ることはないね」
「あぁ。だからライゼルの実力だ。自信を持て」
ふたりが俺の胸に飛び込みながら言う。ふたつの異なる温度と感触が、俺の身体にぶつかる。神の眷属が言うのなら、信じようかな。
ついつい自分を卑下する癖が頭を出しそうになっていた。心の中でそっと、その悪い癖を押し込める。
つるりとした鱗のカウカと、短い毛が指に吸い付くような気持ちいい触り心地のアリュールを遠慮なく撫でる。撫でているうちに心が凪いでくる。
「そんで、みんなで雁首揃えて何の相談をしてんだい?」
サノメがケーキの上の苺を頬張りながら聞いてくる。
「スフェーンとゼフィロスの同盟について明日会合をする。そのための準備だ」
「ははーん、なるほどな。まあユーディア王国の噂を聞けばそうなるわなぁ」
「サノメ、何か情報があるなら教えておいてくれ」
「カウカとアリュールは何か聞いているのか?」
俺とグレンに問われた神の眷属たちは顔を見合わせる。
「我らもまだよく知らないのだ。何なら自分たちで調べようかと思っていたところだ」
「え、アリュールたちだけで行くつもりか」
「何だ、心配してくれているのか!」
「心配というか、何というか……」
彼らが堂々と現れたらその場が大騒ぎになるのではないだろうか、という心配なのだが。
それに彼らから見るものと、人が見るものは違うだろうと思う。
「誰か、アリュールと一緒に調査へ行ってもらおうか」
「ふむ、それならば旧知の仲であるティラを伴って行くか。彼奴なら我の好きな食べ物も把握しておるしの。付き合いが長いから簡単な心話なら通じるだろう」
「いいかアリュール。ティラの言うことをよく聞くんだぞ」
「なぜ我が指示される側なのだ……」
「それじゃなきゃカウカに頼むぞ」
「むむぅ……仕方ない、今回はティラの言う通りに動くとしよう。ライゼルの頼みだから聞くのだぞ!」
「あぁ、分かっているさ。ありがとうアリュール」
俺は意外と分別のあるアリュールを撫でてお礼を言う。彼のなだらかで美しい頭部に触れると、少しだけ鼻腔を擽る土の匂いがした。
翌朝ティラに伝達して、用意が出来次第の出立の予定となる。
その後、四人で最終的な同盟の内容を確認してから解散した。
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