【完結】花守の騎士は隣国の獣人王に嫁ぎ懐刀となる

狗宮 寝子

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第6章

§45 襲来

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 俺はまず非戦闘員を追う魔獣に狙いを定める。動きが遅いので、まずは死角から一太刀入れ、意識をそちらへ向けたところで足元を凍らせていく。即座に討伐はできないが、被害を広げないことが第一優先だ。


「ライゼル様ぁ!」
「あぁ、怖かったね。さあ、城の方へ逃げるんだ」


 逃げ遅れた親子を救助して後方へ向かわせる。泣き喚く子供を母親に抱き渡し、頭を撫でてやる。

 周りを見渡すと、非戦闘員はほとんど避難できたようだ。残っているのは冒険者と騎士たちだ。手が足りなさそうなところへ助太刀に回る。それを繰り返していると、少しずつ戦況が落ち着いてきた。


「ライゼル様! ご無事で!」
「ブラス!」


 騎士たちの後ろからブラスが出てきた。朝の鍛錬のように汗をかいている。


「どうだ、少しは減ったか」
「それがですね、どうやら普通の魔獣とはわけが違うようで」


 どういう意味だ。怪訝な顔をする俺に、「見れば分かります」と言う。
 ブラスについていくと、惨状が広がっていた。

 畑一面に広がる魔獣の骸。様子がおかしいのは、真っ二つに身体が分かれても動いているということだ。


「……気味が悪い」
「違いねぇです。しかもこいつらの毒はあっという間に草も土もダメにしちまうようで」
「本当だ……」


 蜘蛛型の魔獣が通った場所は、土の様子がおかしい。鉄が溶けたようなべっとりした見た目になってしまっている。恐らく素手で触るのは避けたほうがいい。


「ライッ!」
「グレン!!」


 グレンの声がしたほうへ慌てて首を回す。グレンはちょうど俺が作った蟻地獄まで到達したようだ。初めに魔法を使った場所からじりじりと後退しながら対処していたのだが、早々と陣地を取り戻したらしい。

 グレンの後ろに走っていくと、バノーテとタイクも居た。バノーテは大きな斧を、タイクは剣を持っている。どうやら二人も助太刀してくれたようだ。グレンは腕を組み、少し距離を取って蟻地獄の中にいる魔獣を見下ろしていた。


「負傷者は?」
「幸い、逃げる途中で転んだりぶつかった者だけだ。こいつによる被害は出ていない」
「そうか……」
「これはライがやってくれたんだろう?」
「うん。規模が小さくなったから、あぶれた奴を追ってたんだ」


 俺とグレンが話している間も、魔獣たちが耳障りな音を鳴らしている。気持ち悪くて、思わず身震いがする。


「グレン、気持ち悪いから早く処理しよう。調査用に数体だけ捕まえる?」
「3体でいい」
「分かった。それならもうあっちのほうで氷漬けにしたのがいるから足りるだろう」
「よし。……燃やしたら有毒な煙が出たりすると思うか」
「ありえない話じゃないな」
「……サノメを呼んで結界の中で焼く」
「! 了解。おーい、みんな切った蜘蛛を蟻地獄の中にぶち込んでくれ! 絶対直接触れるなよー! 動いてない残骸も全部な! ぶち込んだら離れろー! グレンが魔獣を消し炭にするからー! 当たったら火傷どころで済まないぞ!」


 俺の掛け声を聞くと、皆が武器を使い、切り捨てたのに蠢く魔獣を転がして蟻地獄に入れる。俺は傍にいたバノーテとタイクの背中を押して、冒険者と騎士たちを下がらせる。


「グレンだけに任せて大丈夫か」
「大丈夫だよ。助っ人が来るから」
「助っ人とは、もしや……」


 バノーテがしきりにグレンの方を見る。タイクは俺の言いたいことを理解したのか、神妙な顔になる。

 その気持ちも分かる。これまで力を借りようとしなかったグレンが、ついにその選択肢を取った。それだけの危機ということなのだ。

 グレンが朱色の光に包まれる。


「じゃっじゃ~ん! 俺ちゃん登場だぞ~!」
「悪いなサノメ」
「ん? あれ、甘味は?」
「今日は別件だ」


 てっきり甘味のために呼ばれたと思ったらしいサノメは、グレンが指を指すほうを見る。


「ま、さ、か……?」
「そのまさかだ。こいつらを結界に閉じ込めて炭にしたい。力を貸してくれ」


 グレンの頼みにサノメは押し黙る。顔が俯いていて表情が分からない。もしかして、甘味がないと手伝ってくれないとか……。


「うわあぁぁん! やっどグレンが俺の力使う気になっでぐれだぁ~!」


 大きな泣き声が木霊する。その背後で聞こえる魔獣が蠢く音。カオスである。


「……どうした、サノメ」
「うっ……せっかく契約したのにっ、グレンがいつまで経っても俺ちゃんの力使ってくれないからぁ……契約、イヤだったのかなって思ってたんだぞぉ……」


 小さな赤い龍がグレンの胸元にしがみついて大泣きしている。おとぎ話に出てくる龍を泣かせるなんて、いつか天罰が下らないか肝が冷える。魔獣どころか国が焼かれるかもしれない。

 しかし、目の前の光景にどこか見覚えがある。……俺もアリュールに似たようなことをしでかしていた気がする。
 そんなところまでグレンと俺は似ているらしい。


「嫌と言ったことはないだろう。俺は、お前の力が欲しいんじゃない。ただの友人で十分だったんだ」
「……俺ちゃんと、グレン、友達?」
「あぁ、甘味に口うるさい良き友人だ」


 グレンがサノメを優しく抱きしめて撫でてやると、きゅるる、と可愛らしい鳴き声がする。俺の少し後ろでタイクとブラスが感動の涙を流している。気持ちはすごく分かる!俺も胸がぎゅうっと絞られるようだ。

 それにしたってやはり、言葉を尽くすのは大事なことであると再認識する。


「よし! じゃあ俺ちゃん頑張って燃やしちゃうぞ~!」
「結界を強化しつつ、中身が炭になるまで焼いてくれ」
「あいあいさ!」


 サノメは鼻息荒く返事をして自身とグレンを炎のように赤い魔力で包む。


「――――エヴィグ・ラグア〈千代の火柱〉」


 グレンが発動した結界は濃い紫色で、ものすごい早さで構築されていく。最終的に、蟻地獄よりもひと回り広い幅で、商業ギルドと同じくらいの高さになる。

 結界が完成するとすぐに超火力の火柱が発生する。騎士と冒険者が驚きの声を上げる。結界のおかげで熱は感じないはずなのに熱風を浴びているような錯覚が起きる。


「すごい……」


 思わず口にしていた。火柱の光で陰になったグレンのシルエットを見つめる。

 友である龍の力を授かった王。まさに、唯一無二。

 どれくらい時間が経過したのか。ものの数分だったと思うが、あっという間に蟻地獄の中の魔獣が灰になった。
 ふう、と軽い掃除を終えたくらいの様子でグレンが戻ってくる。


「なんとか焼けたな」
「いやぁ、すごかったよ」
「惚れ直してくれたか?」
「ずっと惚れ込んでいるけど、もっと好きになったよ」
「聞いたかサノメ! お前のおかげだ」
「もう、そういう熱いのは専門外だから! 甘味を所望する! 甘味をくれなきゃ焼いちゃうぞ!」


 いつもの様子で甘味を強請るサノメが可愛くて、みんなで笑う。
 すると、左肩に気配を感じる。
 見るとポエリが青い羽根をふんわりと畳んで俺の顔を覗き込んでいた。


「ポエリ! よかった、無事だったか。お前が知らせてくれたおかげでみんなを守ることができたよ。ありがとう」
「ピピッ!」


 言葉が分かるかのように、可愛らしい声で鳴く。本当に無事でよかったと胸を撫でおろす。


 ――――しかし、まだ確かめないといけないことがある。
 
 




 
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