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第6章
§50‐1 合同訓練
しおりを挟むそれから1週間後、騎士団本部に多くの兵と冒険者が召集された。
これから約1か月、魔獣討伐の訓練を実施することになったのだ。
ざわめきの中、見慣れぬ顔ぶれが互いの実力を探るように視線を交わしている。東西南北各領からの代表者たちと、冒険者は指名依頼された者と志願した者の両方が集まっている。
各領の守りを手薄にするわけにはいかないので、無理のない範囲で代表者を送ってもらった。
この国の未来を左右する一大事だ。誰もがその重圧を、あるいは武功を立てる好機として感じている。
魔獣討伐と防衛の核は王都の騎士団である。ユーディア王国と面する東方領が一番多くの兵を出すべきだという声もあったようだが、もし東方領を抜かれてしまえばどちらにせよ王都、西方領にやってくるのだから同じだという意見が多数になった。
今日はまず5人組を作り、攻守模擬戦を行い互いの能力や得意技を把握することになった。
侵攻組は魔獣を想定しているので、陣取りと防衛組の排除を意識して動く。逆に防衛組はある一定のラインを越えさせないことを大事に動き、突破されるまでの時間も計測する。
喧騒から少し離れた場所に、視察用の天幕が張られている。俺は天幕内の椅子へ腰を下ろして、組み分けの様子を見守る。隣にはティラもいる。ティラはまだ本調子ではないので今日は見学するらしい。その横顔には、参加できないもどかしさが微かに滲んでいた。
ティラの肩にはポエリが乗っている。小さな爪で器用に彼の肩章を掴んでいる。
「すっかり懐いてるなぁ」
「えぇ、ユーディア王国で訓練できた時間は少なかったのですが、気のいい子なので覚えも早くて」
「ピッ?」
先日の魔獣襲撃の際、ポエリが甲高く鳴いたのはティラが訓練していたためだった。おかげで早く襲撃を止められた。そしてそのポエリを構っているのがサノメだ。
「ポエリ~俺ちゃんと美味しい甘味を食べよう!」
「ピピッ」
そう、今日はサノメ、アリュール、カウカも一緒に観戦だ。しかしすでに軽食や甘味を広げてピクニックのようになってしまっているのはどうしたものか。まったく……と思いつつも、口元が緩むのを止められない。
妙にポエリのことを気に入ったサノメは最近よく姿を見せる。グレン曰く「呼んでいないのに来る」らしい。
なぜこの面々が参加しているかというと、“来る危難に備え、戦力を把握するため”らしい。さながら軍師のようである。
それなら観戦を止める理由もないのだが、真剣に観戦するつもりがあるのかは今のところ些か疑問だ。
カウカは俺の頭の上に乗って転寝をして、アリュールは仔馬の姿で甘えてきてブラッシングを要求してくる。
一応俺、仕事中なんだけどな。この信頼しきった様子には、どうにも弱い。グレンは執務が忙しいのでこちらには来られないため、俺が目となり耳となり、詳細に報告しなければならない。
手元には参加者全員の名簿を持っている。
「……東方領の騎士団については、よくない噂を耳にしました」
「噂?」
「はい。騎士の中に、ムージェ一派に奴隷契約を結ばされた者が紛れ込んでいると」
「なっ……」
喉がひゅっと鳴るような衝撃。
奴隷契約。スフェーン、ゼフィロスとも数百年前に廃止された制度だ。しかし民間では借金返済のために奴隷となるものもいれば、子供のうちに攫われて奴隷契約を結ばされる者もいる。光の届かぬ場所で、今もなお人の尊厳が踏みにじられている。まだまだ救済の手が及んでいない国の後ろ暗い部分。
「それが誰かまでは分かっていないんだな」
「はい。恐らく情報を流しているだけで目立たないのでしょう」
「そうか……」
もしそれが事実なら、内部から崩される危険性もあるので油断できない。
ユーディア王国内戦と魔獣の討伐が終わった後もやるべきことは多そうだ。
ティラと話しているうちに組み合わせが決まったらしい。最初の防衛組にブラスが組み込まれている。彼を見つけ、自然と口角が上がる。
「ブラス~! がんばれ~!」
「ありあとさんですぅ、旦那!」
「しっかりやれよブラス!」
「てめぇはちゃんと休んでろ!」
隣に座るティラが大声を出すのでびっくりした。普段の冷静沈着な彼からは想像もつかないほど、張り上げられた声だ。ティラは普段落ち着いているが、ブラスと話す時は張り合って声が大きくなる。
喧嘩するほど仲がいいとはこの二人のことを言うのだろう。
ティラの大声で転寝していたカウカが目を覚まし、俺の頭の上で大きなあくびをする。
「ん~? やっと始まったの~?」
「もうすぐだよ。ちょうどブラスがいる組だ」
「応援しなくちゃねぇ」
模擬戦が始まる前には双方で自分たちの使える魔法について共有する時間が設けられている。四半刻だけの短い時間なので、防衛と侵攻どちらになるかに合わせて作戦を立てる。
ブラスの防衛組は彼が中心になって作戦を提案しているようだ。身振り手振りを交え、仲間を鼓舞しているのが遠目にもわかる。
ブラスは俺の率いていた隊の副隊長だった。ただ、隊長の俺は一人で遊軍をしていたので実質隊の指揮を執っていたのはブラスだ。きっと経験が生かせるだろう。
対して侵攻組は簡単に打ち合わせをして、やたら大声の二人組が張り切っている。自信過剰なのか、あるいはただの短慮か。どうやら俺たちに任せておいて、お前たちは援護な!という形をとるようだ。
俺は騒いでいない3人の内のひとりの騎士に目をつける。
「ティラ、あの黒豹獣人はどこの騎士だ?」
「あれは確か、東方領の……ラロという騎士のはずです」
「そうか」
「どうかされましたか」
「ん? いや、多分あの5人の中なら一番強いのは彼だと思って」
俺の言葉になるほど、と呟き、ティラが彼の観察を始めた。先ほどの東方領の噂もあるので気になるところだ。
そうこうしているうちに時間がきて試合が開始される。訓練場に満ちていた雑談が一斉に止み、静寂が落ちる。バノーテが審判として合図を出す。その声は、戦場の号令のように良く通った。
「はじめッ!」
最初に飛び出したのは侵攻組の2名。騒いでいた彼らだ。まるで手柄を競うかのように、我先にと駆け出す。
虎獣人の2名は二人で高火力の炎魔法を繰り出した。灼熱の空気がこちらまで届く。火の玉が宙に浮かび、防衛組を襲った。
しかし防衛組の一人が水の壁を出現させ攻撃を防ぐ。ジュッという激しい音と共に水と炎がぶつかり、湯気がたちこめる。次にその湯気から二人の騎士が姿を現す。
「あー、あれが出てくると5対5じゃ厳しいかな」
「そうですね。全く見せたがりで困ります」
「はははっ」
騎士――――ではなく、ブラスが土を使って作り上げた人形である。これがただの土ではなく、魔力を流した土なのでとてつもなく硬いのだ。ブラスの得意技だ。
「うえっ! なんだこれ!」
「動けねえ!」
硬いだけではなく、ブラスの意のままに動かすことができる。戦わせることもできるし、今みたいに敵を掴まえたら瞬く間に泥へ変化して拘束することも可能だ。
侵攻組の残り3名も慌てた様子で術を繰り出すが、てんでんばらばら。連携が取れていない。個々の力はあっても、これでは烏合の衆だ。結局あっという間に防衛組の残り3名によって拘束されてしまった。
「そこまで! 防衛組の勝利!」
防衛組がお互いの健闘を称え合ってハグをしている。
対して侵攻組の空気は険悪。うるさい二人が「お前たちが役立たずだからだ」と残りの三人へ喚き散らす。聞き苦しい。敗北を他人のせいにするとは、騎士の風上にも置けない。
「全く……あれどこの?」
「南方領です」
「派手な感じは侯爵に似てるな。どれどれ……」
俺は指を鳴らしながら立ち上がる。少し、灸を据えてやらないと。騎士としての心得を忘れた者には、指導が必要だ。しかし一歩踏み出す前に怒号が飛ぶ。
「お前たちッ! 他の領の者とはいえ同じ国の騎士だぞッ! 第一部隊に根性を叩き直されてこいッ!」
バノーテが訓練場の隅々まで届く大きな声で怒鳴る。ものすごい覇気で虎獣人2名は一気に縮こまった。
バノーテの部下によってそのまま引き摺るように連れていかれる。残念だ。俺が手を出すまでもなかったか。
騎士団本部に所属する者は国の中でも精鋭中の精鋭が集まっており、入団直後の隊員を育成したり各領へ監査に入る役割を担っている。
その騎士団本部の第一部隊は国で指折りの実力者たちが集結している。人数こそ30名ほどと少数だが、まとめてかかればグレンでも危ないだろう。
そんな彼らのところで特別指導を受けられるのだ。逆に感謝してほしいくらいかもしれない。
一悶着を終えると、すでに次の組と入れ替わっていた。先ほど少し注目していた東方領の騎士はどこかへ行ってしまった。
試合を終えたブラスがこちらへやってくる。汗を拭いながらも、その表情は誇らしげだ。
「旦那!」
「お疲れ、ブラス。余裕だったな」
「いやァ、敵さんがあんなでしたからね」
「……随分と手の内を明かすじゃないか」
ティラがブラスを胡乱げな目で見る。
「はぁ? 隠してどうすんだよ」
「俺たちはライゼル様の護衛だぞ。どこに敵の目があるかも分からないのに易々と手の内を見せて大丈夫なのか」
「ティラはしっかりしてるなぁ。いいんだ、ブラスには騎士団のみんなと仲良くなる方向で色々と情報を探ってもらっているから」
「そーいうこったッ」
「ライゼル様がそうおっしゃるのであれば良いですが……用心しろよ」
「わぁってる」
手を振りながらティラに舌を見せるブラス。ティラは恐らくブラスのことを心配しているのだろう。素直じゃない物言いに、不器用な優しさが透けて見える。犬猿の仲のように言われていたが、スフェーンから俺についてきてくれた二人は信頼関係で結ばれている。
俺はその後もやんややんやと小競り合いする二人を横に、試合を観戦したのだった。陽が傾き、訓練場に長い影が落ちるまで、戦士たちの熱い戦いは続いた。
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