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第6章
§51‐1 異例の模擬戦
しおりを挟む合同訓練が始まって2週間が経過した今日、屋内の訓練場に来ている。
本来は外で実施する予定だったが、しとしとと降る冷たい雨が降ったので変更された。
合同訓練を行ったことにより、集められた騎士たちの力量を知ることができた。それぞれの戦いにおける得意な立ち回りを把握することで、実際の戦場でも協力し合える可能性が高まる。
アリュール、カウカ、サノメも積極的に作戦の立案に参加してくれている。特にアリュールはティラと一緒にユーディア王国へ潜入していたので実際に見たあの忌まわしい改造魔獣――ドルゥーガの対策を考えてくれた。
「まず、蜘蛛型はそこまで足が速くない。しかし歩いたところは毒が残り後々に影響が出てしまう。まずはできるだけ国の中に入れないことを優先すべきだ。と、土の神も言っておった」
「なぁんだ。アリュールじゃなくて土の神の助言かァ~」
「水の神からは、ユーディア王国でドルゥーガが暴れたら口にできる水はなくなってしまうかもしれないって言われたよ……」
俺はすっかりしおれた様子で話すカウカを、その小さな身体ごと抱き上げて膝に乗せる。ひんやりとした肌が愛おしい。
神の眷属である水龍だが、俺にとっては可愛らしい友人だ。頭を撫でてやると、俺の体温を求めるように胸元に抱き着いてくるので好きなようにさせてやる。
今日は脅威に対抗する術を騎士団の上層部と話し合うためグレンも一緒だ。
加えてバノーテが高位冒険者も連れてきてくれた。今後2週から遅くとも4週のうちに襲い来るであろう危難へ対抗できそうな優秀な冒険者たちだ。
国からの特別依頼なので報酬も弾む。依頼をかけた冒険者たちは皆、色よい返事をくれた。
「蜘蛛型以外は分類できない姿とのことだったな」
「はい。あれらは……形容しがたい生物と化していました」
「うむ。我もそこそこに長生きだが、あのように悍ましいものは稀に見る」
グレンがティラとアリュールに尋ねると、どちらも眉間に皺を寄せて渋面を作る。
「アリュール様、ティラさん、蜘蛛型以外は脚の速さはどうでしたか」
「脚か。狼や犬っぽいものも居たからな、そいつらは機動力があるだろう」
「ギルド長、私のことはどうぞ気安くお呼びください。ブラスと同じくライゼル様の護衛でございますので」
「分かった。俺のことも名前で呼んでくれ」
バノーテは当初の予定以上に今回の件に力を貸してくれている。王都の冒険者ギルド長として当然のことだと言ってくれていたが、彼が積極的だからこそ冒険者も依頼を受けてくれたと思っている。
「今日の訓練はライゼル様が発案してくださったとお聞きいたしました」
「あぁ、そうなんだよ。騎士団の隊長格は教育する時間が増えて実戦形式の訓練はなかなかできないから、今日は隊長や副隊長を中心に参加してもらうんだ。もちろん冒険者の戦い方から学びを得てもらうことも目的のひとつだ」
「冒険者たちも普段手合わせすることができない騎士の皆さんと訓練ができるということで、大変楽しみな様子です」
「ははっ、お互い様だな」
冒険者と騎士の戦いもとても楽しみだが、今日は俺とグレンも参加する予定だ。思いきり戦えそうな予感に身体がうずうずする。
隣にいるグレンが俺の顔を覗いて、軽く笑う。恐らくこの疼く気持ちを察しているのだろう。
俺たちは見学席に座り、傍には作戦に参加する者たちの名簿や隊の編成案を並べた机がある。
もうひとつ横に並べたテーブルには軽食と甘い香りを漂わせるお菓子が並んでおり、タイクがせっせとサノメに準備してあげている。
どうやら料理長がサノメのために新作のお菓子を用意したらしく、サノメは小躍りしながら幸せそうに頬張っている。
俺たちから少し離れたところに騎士や冒険者たちが肩をぶつけながら座っている。熱気と期待の混じった雑談が聞こえてくる。
騎士団の上層部や高位冒険者の訓練を見られることなどそう無いので、せっかくだからとグレンが公開訓練にした。訓練場には予想よりも人が集まって、ちょっとした大会のような雰囲気だ。
「よし、それでは始めてくれ」
「かしこまりました」
グレンの指示を受けた騎士団長のフーベルが訓練場の中央に歩み出る。
「これより、騎士団上層部と高位冒険者合同の実践型訓練を行う! 各々全力を尽くすように! ではまず、騎士団と冒険者の第1組、前へ」
今日は騎士団の隊長、副隊長がそれぞれ10名の計20名、高位冒険者が20名集められた。
5対5になるように両陣営で構成員を組み分けて、両陣営4組ずつ編成する。
騎士団の隊長らの力量は紙の上の情報しか知らず、実際に目前で披露されるのは嬉しい。
それから4回の激戦が繰り広げられ、魔法と武がぶつかり合う轟音と歓声に包まれ大興奮の連続だった。俺だけではなく一緒に見ていたアリュールたちも面白い魔法や戦い方を見ると食いついていた。グレンはそれを見て、自分の部下を思うように誇らしげにしている。
「さすがだな、隊長と副隊長ともなると。グレンが教育した隊長もいるんだろう?」
「あぁ数名いる。昔より腕を上げているようで俺も鼻が高い」
純粋に嬉しそうな表情を見て胸が温かくなる。俺は教えるのが上手くないからスフェーンでも稽古をつけることはめったになかったな、と思い返す。
「いいなぁ。俺もグレンに教わりたい」
何気なく呟いたが、それを聞いたグレンが俺の髪に顔を埋めるようにして耳元で囁く。
「……一向に構わないぞ。手取り足取り、いくらでも教えてやる」
不意打ちを食らい、心臓が跳ね上がるのと同時に一気に顔が熱くなる。周りに気取られたらどうするんだ、という意を込めてキッ、と睨み上げる。
しかしグレンは、分厚い胸板を反らして余裕綽綽で脚を組みなおす。俺が彼の艶を含んだ声に弱いということを熟知しているのだ。
グレンに心乱されたものの、俺はすぐに切り替えて手元にある兵と冒険者たちのリストに目を通す。気付いたことを書き留めておくためにタイクからペンを受け取る。
計40名の騎士隊長、副隊長、高位冒険者の魔法や技はとても興味深かった。それに技を極めんとする者同士、交流も始まっているようだ。和気あいあいと騎士と冒険者が話す姿は新たな未来を予感させる微笑ましい光景だ。
俺たちは対ドルゥーガのための編成や対処について軽く話し、詳しくはまた明日以降、騎士団本部で会議が実施されることになった。
そしてついにお楽しみのお時間がやってくる。
「これより、グレン様チーム対バノーテ様チームの実践訓練を始めますッ!」
第一部隊長の声で対象者が集まる。
俺たちグレンチームは、ブラス、ティラ、フーベル、そして俺の5名。
バノーテチームは高位冒険者の中でも最上級クラスの者たちを揃えた5名。
「さて、身体を動かすのは久しぶりだな。調子はどうだ」
「物凄く楽しみ」
「ハハッ、戦闘狂のようなことを言うな」
グレンが笑う横で俺は髪を高い位置で結い上げる。グレンへと目線を流すと、彼の瞳が熱を帯びて少し開いたのが分かる。
「ティラ、お前目立っていいのか」
「少しくらい手の内を明かしたとて問題はない。お前より芸達者だからな」
「っんとに可愛くねェな~!」
「おいおい二人とも、喧嘩はやめてくれよ、下に示しがつかん」
武器を用意しながら睨み合うティラとブラスの間に入るフーベル。彼の言葉で二人も落ち着きを取り戻す。
本当だよ、この間の南方領の虎獣人たちじゃあるまいし。
ちなみにその虎獣人はすっかり落ち着いた格好で観客席にいた。まるで別人のような風体になっていたので一瞬誰だか分らなかった。彼らを預かった第一部隊が怖い。
対するバノーテの武器はバトルアックス、立派な巨躯に似合う大きな斧だ。あの太い腕で振り回されたら、一たまりもないだろう。あれほど大きな武器を持つ者はなかなか見ない。
他の高位冒険者たちは槍、剣、魔法士、弓と、とてもバランスよく武器を使えるようだ。
こちらは俺とグレン、ブラスが剣。フーベルは槍だ。ちなみにただの槍と一緒にはできない大きな槍。
ティラは色々な武器を使うが、今日はマントや装備内に仕込んで持てるサイズのものを使うようで今は手に何も持っていない。
集結した豪華な面々を見て観客の騎士と冒険者たちが、地鳴りのような雄叫びを上げる。
「こんな対決、夢みたいだ!」
「グレン様~! 見せつけてやってください!」
「ライゼル様どうかお気をつけて!」
「バノーテ様が戦うのなんて何年ぶりだ!?」
喧々囂々と沸き立つ観客たちだが、第一部隊隊長がスッと右手を上げたことで鎮まる。静寂に合わせグレンとバノーテが中央へ歩み出る。
「久々の手合わせだな。全力で来てくれよ」
「言われるまでもない。バノーテ相手に手を抜いたら首が足りないだろう」
まさに気高い獅子と雄々しい狼の、力強い握手に再び観客が湧く。それは俺も例外ではない。後輩然としたグレンが珍しく、また新たな表情を見られて嬉しい。俺の隣に戻ってきたグレンが、獰猛な笑みを浮かべる。
「可愛いなグレン」
「こんな野蛮な狼をつかまえて何を言う。可愛いのはライの方だろ」
グレンも戦いを前に感情が昂っているのか、舌なめずりをして悪役顔になっている。
加えて大勢の前にもかかわらず俺の唇に噛みつくようにキスをして、舌でベロリと一舐めして離れていく。そのおかげか、水を打ったように観客が静かになった。
「グレン様、ライゼル様」
「すまん、頭はおかしくなっていないから安心しろ」
「大丈夫だよフーベル」
「お二人ともイチャイチャするなら後にしてくだせぇ」
「みなさん、来ますよ」
真っ赤になったフーベルから呆れた視線を向けられ、ブラスとティラにも諫められ、グレンと俺は気を引き締める。
ティラの言葉の刹那、第一部隊隊長の合図がかかった。
「それでは、始めッ!!」
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