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第6章
§51‐2 異例の模擬戦
しおりを挟むまず敵から繰り出されたのは弓矢の魔法。一本ずつの火矢ではなく、同時に10本以上の炎属性で作られた火矢が飛んでくる。
「ジグ・ティグミーネ〈水繭〉」
俺は水属性で半円型の壁を作り防御する。火矢が到達するとジュワァァ、と水蒸気を上げて蒸発する。敵の狙いのひとつは俺の足止めかもしれないな。しかしこの程度で止まる者はこちら側にいない。
グレンが颯爽と走りバノーテに切りかかる。バノーテのバトルアックスがグレンの剣を受け止めて耳をつんざくような激しい金属音を出す。こちらはこのまま一対一の構図になるかもしれないな。
「よっしゃあ! 行くぞティラ! ――ラタ・バボール〈大地の輪舞〉!」
「いちいち言わなくても分かる……ティーン・ブラーエ〈影遊びの誘い〉」
ブラスが3体の土人形を作り、自分の前を走らせる。
そのタイミングに合わせたティラが得意技を発動した。ティラの身体があっという間に土人形の陰に溶け込む。
3体の土人形は剣を作り出す。そして斜めに隊列を組み、まっすぐ敵陣へ突っ込んでいく。
敵の剣士と槍兵に3体、ブラスは魔法士に切り込む。
「おいっ、一人消えたぞ!」
「静かに」
「グッ!」
音もなくティラが弓兵の陰から出現し背後を取ると、的確に手刀を首後ろに入れて意識を落とす。
他の仲間が気付いた時には土人形とブラスは自陣へ戻り始める。俺の隣まで戻ったところでティラも陰から出てくる。
「すんません旦那ァ、一人しか減らせませんでした!」
「すみません」
「謝るなよ~相手は高位冒険者だから、一人で上々だろ」
この連携は初見殺しの技なので、できるだけ人数を減らしたいところではあった。しかしあの弓兵の攻撃を減らせただけでも良かった。
グレンはバノーテと火花を散らしながら激しく打ち合い続けている。どちらが先に息を切らすかの体力勝負のようだが、その前に普通ならば集中が切れる。それほどの激しさだ。二人とも常人じゃあない。
俺は背後にいるフーベルを振り返る。
「フーベル、行けるか」
「はい! 準備万端です!」
「よし、次は俺の番だ」
きらきらと光を反射しながら水属性の壁を分解して一つ一つを鳥の形に変える。その鳥にフーベルの雷属性魔法を纏わせる。宙に浮かぶ水でできた鳥を見た冒険者たちは喉を鳴らす。
「行け」
自身の合図で鳥たちを冒険者たちに向ける。前衛の剣士と槍兵が片っ端から切り捨てていく。さすがの反応速度だ!
しかしこの連携魔法はこれだけでは終わらない。切られたとしても敵の身体へぶつかればビリビリと身体に電気が走る。一撃では大したことはないが、何度も食らえば次の動作に遅れが生じる。
それが“隙”となり、戦局の突破口になる。
狼狽えた剣士と槍兵へとブラス、ティラ、フーベルが攻撃を入れる。3対2で劣勢の中受け止めている冒険者二人が、何事かを魔法士に叫ぶ。
魔法士が意を決した表情を浮かべた直後、彼の右手が動いた。魔力が一点に集中するのが見えた。なにか、来る。
身構えた俺の前を轟音と共に大きな竜巻が通り抜けた。強烈な魔法だ。風魔法だけではない。焦げ臭い匂いもするので炎属性も使用されている。
熱風が頬を焼く。まるで動く爆薬のようなそれは、ブラスとティラ、フーベルの3人だけではなく味方の二人も一斉に巻き上げて場外へ飛ばす。
「あっぶな……!」
俺はギリギリのところで竜巻の通り道から逃れられた。
味方3人と冒険者2人の阿鼻叫喚を聞き届け、すぐに動く。大きく魔力を消費した後は動きが鈍り、守りが手薄になるはずだ。
駆け出して剣を振った俺の前へ鳶色が飛び込んでくる。ガキィンッ!と激しい金属音が鳴り衝撃で手が痺れる。
「ッく」
「ライッ!」
強烈なバトルアックスの攻撃を受けて後ろへ飛ばされた俺の前にグレンが立ちはだかる。
「あれを避けるとはさすがライゼル様ですな!」
「初見殺しはお互い様だな!」
バノーテが高々と声を上げる。先ほどの魔法は見事としか言いようがなかった。
これでお互い2対2。体中の血が高速で巡り、心臓が高鳴るのを止められない。最高に楽しい。
「グレン、初めて見せた魔法を棘なしでやる。そうしたら……」
「分かった、思い切りやってくれ」
口早に作戦を伝えようとしたが、すぐに俺の意図を察したグレンから旗を振られる。暗黙の内に通じることでより心が躍る。
言われた通りにグレンの一歩後ろへ下がり、魔力を一気に練り上げる。グレンは身を低くして飛び出す準備をする。
「……アヴィエント・グーぺ〈凍土の棘〉!」
「うわぁっ!」
「クッ!」
先ほどフーベルと共に繰り出した魔法の残り。敵陣の足元に残った水を使って、白銀の華を咲かせるように一気に足元を氷漬けにする。特に二人が立っている場所は分厚く。加えて魔法士の身体を首下まで凍らせて魔法の発動を阻害する。
グレンはというと、足元で炎属性魔法を使い滑らないようにしてバノーテの間合いギリギリに入った。
魔法士が動けなくなったことで、バノーテが最後の一人となる。
さあ、どうする。俺とグレンはバノーテから一定の距離を取り、一切油断しない。
バノーテは瞬き5回分ほどの短い時間逡巡し、ガンッ、と鈍い音を立ててバトルアックスを置いた。
「降参だ。100ほどの挽回策を頭で練ったが、この状況とこの二人相手にひっくり返すのは無理だ! ハッハッハ!」
拍子抜けするほど潔い降参。言葉の額面だけ受け取れば残念に思うだろうが、見学している者たちの興奮は熱狂的。今戦っていた者たちの名前が絶えず叫ばれて耳が痛いほどだ。
俺とグレンも剣を納め、バノーテと握手をする。バノーテは足元の氷に足を取られて滑りかける。
「おっとと、ライゼル様、この氷はやはり高火力の炎魔法でなければ溶けませんな?」
「お見通しだったね」
「グレンが使った炎魔法の威力を見れば分かりますよ。足元を溶かしたとしてもその隙をついてくるグレンにやられ、もし無理を押して一歩踏み出したとしても不安定なところを二人がかりで狙われると来たら、万策尽きた! いやぁ清々しい負けだった! グレンよ、本当に強くて素晴らしい伴侶と出会えてよかったな」
「あぁ、本当にそう思う」
グレンからの、愛を隠さない熱い視線を感じて照れくさくなる。首の後ろあたりがくすぐったい。
その後、俺たちは全体の模擬戦結果を見直し、神の眷属を交えて作戦を立てていくのだった。
迫りくる脅威への不安と、それを上回る仲間への信頼を胸に。一歩一歩、敵を迎え撃つ準備は進んでいた。
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