春は、ばあばのレシピから香る

25BCHI

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第二章

残る味

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 蒸気の向こうに、まだ冬の朝焼けがちらりとのぞく。

  こよりは餡を練る手を止めて、額の汗をぬぐった。
 朝四時から立ちっぱなし。

  水分の見極めが難しいという“つぶし餡”に、ようやく手をつけさせてもらえるようになったのは、ここ数日のことだった。

 「焦げ臭い。火、落として」
 
 八重の声に、こよりは慌てて火加減を絞る。
 銅鍋の底がじわりと焦げつきかけていた。

 (ああ、またやっちゃった……)
 甘い香りが、ほんのわずかに苦みに変わった気がして、こよりは唇を噛んだ。

 その日、試作したのは「芋ようかん」。

 素朴で、素材の味が出やすい分、誤魔化しが利かない。
 
 「お客さんに出すんじゃない。味見だよ」
  
 祖母はそう言って、厨房奥の小皿に三切れを並べた。

 その一つを、たまたま訪れた村田あきよの前に出す。

 「へぇ。孫娘が作ったって? そりゃ、毒見しなきゃいけないねぇ」

 村田は冗談めかして笑い、ようかんを一口、口に運んだ。

 もぐもぐと噛む音。沈黙。

  こよりの心臓の音だけが、やけにうるさく感じた。


 「……悪くない。ちゃんと甘さも控えめで、芋の香りも残ってる」
 
 こよりはほっとしかけた。

 が、村田は続ける。

 「でもね。これは“あんたの味”じゃない。……あたしの“記憶”には、残らないよ」
 
 その一言が、ずしりと胸に落ちた。

 「どういう、意味ですか」
 
 そう聞くのが精一杯だった。

 「味ってのは、ただうまけりゃいいってもんじゃないんだ。誰と食べたか、どんな匂いがしたか、何を思って作ったか。そういうもんが全部まざって、やっと“残る味”になるんだよ」
 
 村田はそう言いながら、最後の一口を噛みしめるでもなく、ただ口に放り込んだ。


 「昔の八重ちゃんの芋ようかんはね、秋の終わりに食べると決まってたのよ。あたし、妹とけんかした日の晩にそれ食べて、泣きながら……」
 村田は、ふっと笑った。

 「つまり何が言いたいかって? “思い出して作りな”ってことさ」
 その言葉を残して、村田はそそくさと席を立った。


 店内の静けさが、逆に耳に痛い。

  こよりは自分の前に残ったようかんをじっと見つめた。

 (思い出して、作る?)
 東京にいた頃、コンビニで買ったスイーツは、どれもパッケージの印象しか残っていなかった。

  でもこの町の和菓子には、匂いがある。感情がある。

 ——あの日、帰ってきたときに感じた、小豆の甘い香り。

  あれが、私にとっての“ただいま”だった。
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