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第一章
第六節:断罪は、突然にです
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一限目の講義室。扉をくぐった瞬間、ざわめきが針のようにリティシアに降り注いだ。
「王太子殿下、婚約破棄を検討中らしいわよ」
「理由が“平民をいじめた”って……えぐくない?」
「ゼロ魔力で偉そうとか、まさに悪役令嬢!」
その中を、彼女は何事もなかったかのように歩き、自席へと向かった。
周囲の視線は冷たく、言葉は刺々しく、そして誰一人として真実を確かめようとはしない。
だが、それも想定内だった。
隣の席では、エミリアが小声で囁いてきた。
「……気にしないでください。噂なんて、すぐに消えますから」
「ありがとうございます。……あ、そのノート、逆さまですよ」
「わ、わたしほんと、そういうとこあって……!」
リティシアはそんな彼女の様子に、少しだけ表情を緩めた。
だがその胸の奥では、静かな違和感が渦巻いていた。
王太子レオンハルトの行動。
エリス嬢の“涙”によって巻き起こる都合のよい誤解。
噂という名の焚き火に、愉快犯たちが薪をくべていく──そんな構図が、あまりにも綺麗すぎて。
(……これは、もう完全に私が“悪役”になってますね)
平和な学園生活を守るために、極力目立たず、波風立てずにやってきた。
それが、“あの人”との婚約を守るためでもあったからだ。
けれど──。
黒板の前で教師が出席を取り始めたとき、リティシアは小さく目を閉じた。
王太子は、やはり自分の“ヒロイン”を選んだのだ。
そして、舞台の幕は静かに上がる。この“断罪劇”が、すべての幕開けとなったのだ
──数日後
晴れ渡る青空の下、学院の中庭には生徒たちがずらりと並んでいた。
中央には、王太子レオンハルトとその取り巻きたち。
向かい合うのは、一人の少女。銀灰色の髪をゆるく結い、深紅のドレスを着こなすその姿は、控えめながらも気品に満ちていた。
公爵令嬢──リティシア・クロード。
今日、この場で彼女は“断罪”される。
「リティシア・クロード。貴様との婚約は、ここで破棄させてもらう!」
王太子の声が、中庭に響き渡る。
わざわざ全校生徒を集めて行うには、あまりに芝居がかった演出だった。
「君のような冷血で感情のない女に、王妃の座など務まるはずがない! 僕は──エリス嬢を愛している!」
レオンハルトの隣には、儚げな美貌を持つ平民出の少女が立っていた。いかにも“新たな婚約者”という構図だ。
だが、断罪された当の本人は──
涼やかな微笑みを浮かべていた。
王太子の剣幕を前にしても、まるで春先のそよ風を浴びているかのように、静かに目を細める。
「できれば、その台詞……もう少し、工夫なさるべきでしたわね。何度も聞いた言い回しですもの」
その一言で、中庭の空気がピンと張り詰める。
レオンハルト王太子は、目を見開いた。まるで、“脚本の不出来”を指摘された劇団主宰のように。
リティシアの毒づきが物理的にもダメージを与えたかのようにぐらりと身体を揺らし、王太子はその場に膝をつく。
場がざわつく中、隣に立つ少女──エリスにリティシアは彼女の首飾りについて尋ねた。
「そう言えば、エリス様──。その首飾り、随分と強い魔力を帯びていらっしゃいますのね。きっと、贈り主の“誇り”が込められているのでしょう」
エリスは鼻で笑い、首飾りを指でつまんだ。
「ええ。殿下が私にくださったものですわ。魔力の通りがとても良くて──」
「まあ。ですがその“誇り”、お洗濯した方がよろしいのでは? 泥まみれのまま振りかざすのは、少々滑稽ですわ」
エリスが身に着けていた首飾り──王太子から贈られたとされる魔具が、キィンと音を立てて共鳴した。
「えっ?」
次の瞬間。
バチッ。
鮮やかな光が弾け、赤い閃光が爆ぜる。
首飾りから漏れた魔力がエリスの髪に触れたとたん──
ボフッ。
彼女の前髪が、まるでススキでも燃やしたようにふくらみ、チリチリに焦げた。
「きゃあああああっ!! な、なにこれ熱っ、熱いっっ!!」
中庭に焦げた匂いが立ちこめ、取り巻きたちの悲鳴が重なる。
だがその中心で、リティシアだけは、変わらぬ笑みを浮かべていた。
「──ご心配には及びませんわ。装飾魔術の制御不良はよくあることですもの。特に、“器に合わぬ誇り”を詰め込んだ場合などは」
静かに告げられた言葉に、誰もが息を呑む。
それが呪いなのか、偶然なのか──
確かめる勇気を持つ者は、誰一人いなかった。
この日を境に、生徒たちはリティシア・クロードに無闇に関わることをやめた。
それは恐れからか、それとも敬意からか。
──おそらく、両方だったのだろう。
______________________
______________________
★あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
とうとうやってまいりました──例の“断罪の場面”、無事にチリチリ炸裂しました。
平民出のエリス嬢、気がつけば王太子の隣ポジションから前髪が煙を上げるまで、ものすごいヒロインムーブをキメてくれました。
「王太子殿下、婚約破棄を検討中らしいわよ」
「理由が“平民をいじめた”って……えぐくない?」
「ゼロ魔力で偉そうとか、まさに悪役令嬢!」
その中を、彼女は何事もなかったかのように歩き、自席へと向かった。
周囲の視線は冷たく、言葉は刺々しく、そして誰一人として真実を確かめようとはしない。
だが、それも想定内だった。
隣の席では、エミリアが小声で囁いてきた。
「……気にしないでください。噂なんて、すぐに消えますから」
「ありがとうございます。……あ、そのノート、逆さまですよ」
「わ、わたしほんと、そういうとこあって……!」
リティシアはそんな彼女の様子に、少しだけ表情を緩めた。
だがその胸の奥では、静かな違和感が渦巻いていた。
王太子レオンハルトの行動。
エリス嬢の“涙”によって巻き起こる都合のよい誤解。
噂という名の焚き火に、愉快犯たちが薪をくべていく──そんな構図が、あまりにも綺麗すぎて。
(……これは、もう完全に私が“悪役”になってますね)
平和な学園生活を守るために、極力目立たず、波風立てずにやってきた。
それが、“あの人”との婚約を守るためでもあったからだ。
けれど──。
黒板の前で教師が出席を取り始めたとき、リティシアは小さく目を閉じた。
王太子は、やはり自分の“ヒロイン”を選んだのだ。
そして、舞台の幕は静かに上がる。この“断罪劇”が、すべての幕開けとなったのだ
──数日後
晴れ渡る青空の下、学院の中庭には生徒たちがずらりと並んでいた。
中央には、王太子レオンハルトとその取り巻きたち。
向かい合うのは、一人の少女。銀灰色の髪をゆるく結い、深紅のドレスを着こなすその姿は、控えめながらも気品に満ちていた。
公爵令嬢──リティシア・クロード。
今日、この場で彼女は“断罪”される。
「リティシア・クロード。貴様との婚約は、ここで破棄させてもらう!」
王太子の声が、中庭に響き渡る。
わざわざ全校生徒を集めて行うには、あまりに芝居がかった演出だった。
「君のような冷血で感情のない女に、王妃の座など務まるはずがない! 僕は──エリス嬢を愛している!」
レオンハルトの隣には、儚げな美貌を持つ平民出の少女が立っていた。いかにも“新たな婚約者”という構図だ。
だが、断罪された当の本人は──
涼やかな微笑みを浮かべていた。
王太子の剣幕を前にしても、まるで春先のそよ風を浴びているかのように、静かに目を細める。
「できれば、その台詞……もう少し、工夫なさるべきでしたわね。何度も聞いた言い回しですもの」
その一言で、中庭の空気がピンと張り詰める。
レオンハルト王太子は、目を見開いた。まるで、“脚本の不出来”を指摘された劇団主宰のように。
リティシアの毒づきが物理的にもダメージを与えたかのようにぐらりと身体を揺らし、王太子はその場に膝をつく。
場がざわつく中、隣に立つ少女──エリスにリティシアは彼女の首飾りについて尋ねた。
「そう言えば、エリス様──。その首飾り、随分と強い魔力を帯びていらっしゃいますのね。きっと、贈り主の“誇り”が込められているのでしょう」
エリスは鼻で笑い、首飾りを指でつまんだ。
「ええ。殿下が私にくださったものですわ。魔力の通りがとても良くて──」
「まあ。ですがその“誇り”、お洗濯した方がよろしいのでは? 泥まみれのまま振りかざすのは、少々滑稽ですわ」
エリスが身に着けていた首飾り──王太子から贈られたとされる魔具が、キィンと音を立てて共鳴した。
「えっ?」
次の瞬間。
バチッ。
鮮やかな光が弾け、赤い閃光が爆ぜる。
首飾りから漏れた魔力がエリスの髪に触れたとたん──
ボフッ。
彼女の前髪が、まるでススキでも燃やしたようにふくらみ、チリチリに焦げた。
「きゃあああああっ!! な、なにこれ熱っ、熱いっっ!!」
中庭に焦げた匂いが立ちこめ、取り巻きたちの悲鳴が重なる。
だがその中心で、リティシアだけは、変わらぬ笑みを浮かべていた。
「──ご心配には及びませんわ。装飾魔術の制御不良はよくあることですもの。特に、“器に合わぬ誇り”を詰め込んだ場合などは」
静かに告げられた言葉に、誰もが息を呑む。
それが呪いなのか、偶然なのか──
確かめる勇気を持つ者は、誰一人いなかった。
この日を境に、生徒たちはリティシア・クロードに無闇に関わることをやめた。
それは恐れからか、それとも敬意からか。
──おそらく、両方だったのだろう。
______________________
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★あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
とうとうやってまいりました──例の“断罪の場面”、無事にチリチリ炸裂しました。
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