ことなかれ令嬢、ことば一つで全員蹴散らします

25BCHI

文字の大きさ
6 / 15
第一章

第五節:私、泣かせてましたっけ? そんな覚えはないです

しおりを挟む
 二人部屋の寮室には、夕陽が斜めに差し込んでいた。

 茜色に染まる窓辺に腰を下ろしながら、リティシア・クロードは、ベッドの向かいで膝を抱える少女を観察していた。

 エミリア・グランフォード。小柄で、儚げで、声も小さい。動作一つとってもいちいちおどおどしていて、何かこう……壊れそう。

(どうにも、庇護欲をかき立てられますね……幼子のように目が離せないというか……)

 深い思い入れがあるわけではない。だが、あまりにも無防備なその姿は、なぜか胸の奥をそっとくすぐってくる。

「えっと……リティシア様は、お紅茶、お好きですか?」

「“様”は不要です。同級生なんですもの」

「そ、そんな……! わ、わたしなんかが一緒の部屋で申し訳ないくらいで……!」

「何をそんなにかしこまる必要があるのでしょうか……?」

 顔を赤くしてぱたぱたと手を振るエミリアに、リティシアはふっと口元をゆるめた。
 どうにもペースを乱される。けれど、悪くない。

「で、ですが……! ご迷惑じゃなければ、夜にでも、一緒にお茶など……」

「夜に興奮して眠れなくなったら困りますわ。カフェインは控えめに」

「そ、そうですね……!」

 真面目に頷くその仕草に、なぜだろう、思わず苦笑してしまう。



****
----学院の廊下にて

 肩まで伸びた銀金色の髪、蒼の軍服を思わせる正装。
 第一王子、レオンハルト・ベルナールが、威風堂々と歩いてくる。

 その隣には、平民出だが異例のA等の少女──エリス・バッカスがぴたりと寄り添い、紅潮した頬で王太子を見上げていた。

「殿下……? ごきげんよう。ご学友と一緒にお散歩でしょうか?」

 リティシアは落ち着いた調子で笑みを浮かべてみせたが、レオンハルトの視線はひたと冷たい。

「君に問いたい。なぜ、エリス嬢とその友人にあんなひどい仕打ちをした?」

「……あんな?」

 リティシアは一瞬まばたきし、周囲を見回した。
 だが、その場にはエリスと、無言で後ろに控える“噂の平民の友人”らしき少女──二人しかいない。

「聞いた。君は自分の魔力量の少なさに苛立ち、無力な平民にあたったと。中でも、魔法の適性で彼女たちに劣ることに対する嫉妬もあったのではないか?」

「……殿下。まことに遺憾ながら、それは完全な誤解です」

 涼しい顔でリティシアは応じた。
 胸の奥では怒りがじくじくと燃え始めていたが、それを外には出さない。

「わたし、”エリスさま”とはこれまで一言も会話を交わした覚えがございませんし、お友達の存在も今、初めて知りました。……それに」

 そこまで言いかけて、ちらりとエリスに目を向ける。
 エリスは王太子の後ろで、今にも泣き出しそうな顔をしながら、こっそりと“怯えた演技”をしていた。

(……演技、なのかしら? それとも、ほんとうに自分の言葉を信じ込んでいるの?)

 リティシアは小さく息を吐き、微笑んだ。

「そういった根拠のない中傷は、お耳を汚すだけではございませんか?」

「……君は、何も反省する様子がないようだな」

 レオンハルトの声が低くなり、周囲の空気がわずかに緊張する。
 廊下を行き交う生徒たちも、ちらちらと視線を向け始めていた。

「魔力量ゼロであることは、不運かもしれない。だが、それを理由に他人を貶めるなど、王侯貴族の名に泥を塗る行為だ」

 レオンハルトは一歩、リティシアへと踏み込む。
 その言葉の重さに、背後のエリスがしっかりと王太子の背を仰ぎ見る。
 まるで“庇っていただいている私”という役柄に陶酔しているかのようだった。

「……貴族の家に生まれながら、君はいやしい心根を隠そうともしない。そんな者を、このまま王太子妃として据えるわけにはいかないだろう」

 静かながらも、その一言は場の空気を凍らせた。

 ──婚約の見直し。

 その含意は明白であり、周囲の生徒たちが息を呑むのが分かる。

 リティシアは、その場に立ったまま、ひとつ深く呼吸を整えた。

「ご決断、真摯に受け止めます。ですが、ひとつだけ」

「……?」

「“いやしい”とは何を指してのことか、殿下ご自身でよくお考えくださいませ」

 そう言ってから、リティシアは恭しく一礼し、その場を離れようと背を向けた。

 ──が。

 その背後で、レオンハルトがエリスへと向き直る。

「すまない、エリス嬢。君がこんな目に遭うとは思っていなかった」

「い、いえ……っ。わたしのような者のために、殿下が動いてくださるだけで……恐縮です……」

 涙を拭う仕草が、演技であるのかどうか、それを判別するのは難しかった。
 だが彼女の視線の奥には、明らかに“他意”のようなものが見えた。

「君のように、身分にとらわれず、まっすぐで優しい心を持つ者が……この国には必要なのかもしれないな」

 レオンハルトはそんな言葉を呟き、エリスの肩に手を置く。

「──君のような存在を、私は守りたいと思う」

 エリスはその言葉に、ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた。
 そして、ちらりとリティシアの背を見送りながら、小さく舌を出した。
 その唇が、わずかに動いたのを、誰も気づかない。

(──うまくいった)

 エリスの目が、悪戯っ子のように細められる。
 あたかも、狙い通りに王太子の“情”を掴んだことを誇らしげに確信しているようだった。



*******


 ──そして、この一件がすべての始まりだった。

 魔力量ゼロの公爵令嬢が、平民を虐げたという事実無根の噂。
 それに乗じて、王太子レオンハルト・ベルナールが示した断罪の意志。
 その傍らには、涙ながらに寄り添う“儚げな少女”エリス・バッカス。

 あの日のやり取りも、王太子の冷たいまなざしも、すべてが伏線だったのだ。
 ──リティシア・エクロードを、王太子妃の座から引きずり下ろすための。

 こうして、“婚約破棄”は確定となった。

 それが、後に学院中庭での華やかなる断罪劇──
 あの《お洗濯》事件へとつながってゆくとは、まだ誰も知らなかった。





_____________
_____________
★あとがき
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

今回のエピソード、第三者視点で見れば──
「王子に寄り添う平民の美少女」VS「冷血で無表情な婚約者」 という、まさに王道乙女ゲーム展開。

泣きじゃくる平民少女エリス、彼女をかばう王太子レオンハルト、
そして冷ややかに見下ろすリティシア──。

……ね? 事情を知らなければ、どう見てもエリスが正ヒロインですよね。

この話がプロローグに繋がるという形となります。
今後ともご愛読いただけますと嬉しいです!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

処理中です...