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第一章
第五節:私、泣かせてましたっけ? そんな覚えはないです
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二人部屋の寮室には、夕陽が斜めに差し込んでいた。
茜色に染まる窓辺に腰を下ろしながら、リティシア・クロードは、ベッドの向かいで膝を抱える少女を観察していた。
エミリア・グランフォード。小柄で、儚げで、声も小さい。動作一つとってもいちいちおどおどしていて、何かこう……壊れそう。
(どうにも、庇護欲をかき立てられますね……幼子のように目が離せないというか……)
深い思い入れがあるわけではない。だが、あまりにも無防備なその姿は、なぜか胸の奥をそっとくすぐってくる。
「えっと……リティシア様は、お紅茶、お好きですか?」
「“様”は不要です。同級生なんですもの」
「そ、そんな……! わ、わたしなんかが一緒の部屋で申し訳ないくらいで……!」
「何をそんなにかしこまる必要があるのでしょうか……?」
顔を赤くしてぱたぱたと手を振るエミリアに、リティシアはふっと口元をゆるめた。
どうにもペースを乱される。けれど、悪くない。
「で、ですが……! ご迷惑じゃなければ、夜にでも、一緒にお茶など……」
「夜に興奮して眠れなくなったら困りますわ。カフェインは控えめに」
「そ、そうですね……!」
真面目に頷くその仕草に、なぜだろう、思わず苦笑してしまう。
****
----学院の廊下にて
肩まで伸びた銀金色の髪、蒼の軍服を思わせる正装。
第一王子、レオンハルト・ベルナールが、威風堂々と歩いてくる。
その隣には、平民出だが異例のA等の少女──エリス・バッカスがぴたりと寄り添い、紅潮した頬で王太子を見上げていた。
「殿下……? ごきげんよう。ご学友と一緒にお散歩でしょうか?」
リティシアは落ち着いた調子で笑みを浮かべてみせたが、レオンハルトの視線はひたと冷たい。
「君に問いたい。なぜ、エリス嬢とその友人にあんなひどい仕打ちをした?」
「……あんな?」
リティシアは一瞬まばたきし、周囲を見回した。
だが、その場にはエリスと、無言で後ろに控える“噂の平民の友人”らしき少女──二人しかいない。
「聞いた。君は自分の魔力量の少なさに苛立ち、無力な平民にあたったと。中でも、魔法の適性で彼女たちに劣ることに対する嫉妬もあったのではないか?」
「……殿下。まことに遺憾ながら、それは完全な誤解です」
涼しい顔でリティシアは応じた。
胸の奥では怒りがじくじくと燃え始めていたが、それを外には出さない。
「わたし、”エリスさま”とはこれまで一言も会話を交わした覚えがございませんし、お友達の存在も今、初めて知りました。……それに」
そこまで言いかけて、ちらりとエリスに目を向ける。
エリスは王太子の後ろで、今にも泣き出しそうな顔をしながら、こっそりと“怯えた演技”をしていた。
(……演技、なのかしら? それとも、ほんとうに自分の言葉を信じ込んでいるの?)
リティシアは小さく息を吐き、微笑んだ。
「そういった根拠のない中傷は、お耳を汚すだけではございませんか?」
「……君は、何も反省する様子がないようだな」
レオンハルトの声が低くなり、周囲の空気がわずかに緊張する。
廊下を行き交う生徒たちも、ちらちらと視線を向け始めていた。
「魔力量ゼロであることは、不運かもしれない。だが、それを理由に他人を貶めるなど、王侯貴族の名に泥を塗る行為だ」
レオンハルトは一歩、リティシアへと踏み込む。
その言葉の重さに、背後のエリスがしっかりと王太子の背を仰ぎ見る。
まるで“庇っていただいている私”という役柄に陶酔しているかのようだった。
「……貴族の家に生まれながら、君はいやしい心根を隠そうともしない。そんな者を、このまま王太子妃として据えるわけにはいかないだろう」
静かながらも、その一言は場の空気を凍らせた。
──婚約の見直し。
その含意は明白であり、周囲の生徒たちが息を呑むのが分かる。
リティシアは、その場に立ったまま、ひとつ深く呼吸を整えた。
「ご決断、真摯に受け止めます。ですが、ひとつだけ」
「……?」
「“いやしい”とは何を指してのことか、殿下ご自身でよくお考えくださいませ」
そう言ってから、リティシアは恭しく一礼し、その場を離れようと背を向けた。
──が。
その背後で、レオンハルトがエリスへと向き直る。
「すまない、エリス嬢。君がこんな目に遭うとは思っていなかった」
「い、いえ……っ。わたしのような者のために、殿下が動いてくださるだけで……恐縮です……」
涙を拭う仕草が、演技であるのかどうか、それを判別するのは難しかった。
だが彼女の視線の奥には、明らかに“他意”のようなものが見えた。
「君のように、身分にとらわれず、まっすぐで優しい心を持つ者が……この国には必要なのかもしれないな」
レオンハルトはそんな言葉を呟き、エリスの肩に手を置く。
「──君のような存在を、私は守りたいと思う」
エリスはその言葉に、ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた。
そして、ちらりとリティシアの背を見送りながら、小さく舌を出した。
その唇が、わずかに動いたのを、誰も気づかない。
(──うまくいった)
エリスの目が、悪戯っ子のように細められる。
あたかも、狙い通りに王太子の“情”を掴んだことを誇らしげに確信しているようだった。
*******
──そして、この一件がすべての始まりだった。
魔力量ゼロの公爵令嬢が、平民を虐げたという事実無根の噂。
それに乗じて、王太子レオンハルト・ベルナールが示した断罪の意志。
その傍らには、涙ながらに寄り添う“儚げな少女”エリス・バッカス。
あの日のやり取りも、王太子の冷たいまなざしも、すべてが伏線だったのだ。
──リティシア・エクロードを、王太子妃の座から引きずり下ろすための。
こうして、“婚約破棄”は確定となった。
それが、後に学院中庭での華やかなる断罪劇──
あの《お洗濯》事件へとつながってゆくとは、まだ誰も知らなかった。
_____________
_____________
★あとがき
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
今回のエピソード、第三者視点で見れば──
「王子に寄り添う平民の美少女」VS「冷血で無表情な婚約者」 という、まさに王道乙女ゲーム展開。
泣きじゃくる平民少女エリス、彼女をかばう王太子レオンハルト、
そして冷ややかに見下ろすリティシア──。
……ね? 事情を知らなければ、どう見てもエリスが正ヒロインですよね。
この話がプロローグに繋がるという形となります。
今後ともご愛読いただけますと嬉しいです!
茜色に染まる窓辺に腰を下ろしながら、リティシア・クロードは、ベッドの向かいで膝を抱える少女を観察していた。
エミリア・グランフォード。小柄で、儚げで、声も小さい。動作一つとってもいちいちおどおどしていて、何かこう……壊れそう。
(どうにも、庇護欲をかき立てられますね……幼子のように目が離せないというか……)
深い思い入れがあるわけではない。だが、あまりにも無防備なその姿は、なぜか胸の奥をそっとくすぐってくる。
「えっと……リティシア様は、お紅茶、お好きですか?」
「“様”は不要です。同級生なんですもの」
「そ、そんな……! わ、わたしなんかが一緒の部屋で申し訳ないくらいで……!」
「何をそんなにかしこまる必要があるのでしょうか……?」
顔を赤くしてぱたぱたと手を振るエミリアに、リティシアはふっと口元をゆるめた。
どうにもペースを乱される。けれど、悪くない。
「で、ですが……! ご迷惑じゃなければ、夜にでも、一緒にお茶など……」
「夜に興奮して眠れなくなったら困りますわ。カフェインは控えめに」
「そ、そうですね……!」
真面目に頷くその仕草に、なぜだろう、思わず苦笑してしまう。
****
----学院の廊下にて
肩まで伸びた銀金色の髪、蒼の軍服を思わせる正装。
第一王子、レオンハルト・ベルナールが、威風堂々と歩いてくる。
その隣には、平民出だが異例のA等の少女──エリス・バッカスがぴたりと寄り添い、紅潮した頬で王太子を見上げていた。
「殿下……? ごきげんよう。ご学友と一緒にお散歩でしょうか?」
リティシアは落ち着いた調子で笑みを浮かべてみせたが、レオンハルトの視線はひたと冷たい。
「君に問いたい。なぜ、エリス嬢とその友人にあんなひどい仕打ちをした?」
「……あんな?」
リティシアは一瞬まばたきし、周囲を見回した。
だが、その場にはエリスと、無言で後ろに控える“噂の平民の友人”らしき少女──二人しかいない。
「聞いた。君は自分の魔力量の少なさに苛立ち、無力な平民にあたったと。中でも、魔法の適性で彼女たちに劣ることに対する嫉妬もあったのではないか?」
「……殿下。まことに遺憾ながら、それは完全な誤解です」
涼しい顔でリティシアは応じた。
胸の奥では怒りがじくじくと燃え始めていたが、それを外には出さない。
「わたし、”エリスさま”とはこれまで一言も会話を交わした覚えがございませんし、お友達の存在も今、初めて知りました。……それに」
そこまで言いかけて、ちらりとエリスに目を向ける。
エリスは王太子の後ろで、今にも泣き出しそうな顔をしながら、こっそりと“怯えた演技”をしていた。
(……演技、なのかしら? それとも、ほんとうに自分の言葉を信じ込んでいるの?)
リティシアは小さく息を吐き、微笑んだ。
「そういった根拠のない中傷は、お耳を汚すだけではございませんか?」
「……君は、何も反省する様子がないようだな」
レオンハルトの声が低くなり、周囲の空気がわずかに緊張する。
廊下を行き交う生徒たちも、ちらちらと視線を向け始めていた。
「魔力量ゼロであることは、不運かもしれない。だが、それを理由に他人を貶めるなど、王侯貴族の名に泥を塗る行為だ」
レオンハルトは一歩、リティシアへと踏み込む。
その言葉の重さに、背後のエリスがしっかりと王太子の背を仰ぎ見る。
まるで“庇っていただいている私”という役柄に陶酔しているかのようだった。
「……貴族の家に生まれながら、君はいやしい心根を隠そうともしない。そんな者を、このまま王太子妃として据えるわけにはいかないだろう」
静かながらも、その一言は場の空気を凍らせた。
──婚約の見直し。
その含意は明白であり、周囲の生徒たちが息を呑むのが分かる。
リティシアは、その場に立ったまま、ひとつ深く呼吸を整えた。
「ご決断、真摯に受け止めます。ですが、ひとつだけ」
「……?」
「“いやしい”とは何を指してのことか、殿下ご自身でよくお考えくださいませ」
そう言ってから、リティシアは恭しく一礼し、その場を離れようと背を向けた。
──が。
その背後で、レオンハルトがエリスへと向き直る。
「すまない、エリス嬢。君がこんな目に遭うとは思っていなかった」
「い、いえ……っ。わたしのような者のために、殿下が動いてくださるだけで……恐縮です……」
涙を拭う仕草が、演技であるのかどうか、それを判別するのは難しかった。
だが彼女の視線の奥には、明らかに“他意”のようなものが見えた。
「君のように、身分にとらわれず、まっすぐで優しい心を持つ者が……この国には必要なのかもしれないな」
レオンハルトはそんな言葉を呟き、エリスの肩に手を置く。
「──君のような存在を、私は守りたいと思う」
エリスはその言葉に、ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた。
そして、ちらりとリティシアの背を見送りながら、小さく舌を出した。
その唇が、わずかに動いたのを、誰も気づかない。
(──うまくいった)
エリスの目が、悪戯っ子のように細められる。
あたかも、狙い通りに王太子の“情”を掴んだことを誇らしげに確信しているようだった。
*******
──そして、この一件がすべての始まりだった。
魔力量ゼロの公爵令嬢が、平民を虐げたという事実無根の噂。
それに乗じて、王太子レオンハルト・ベルナールが示した断罪の意志。
その傍らには、涙ながらに寄り添う“儚げな少女”エリス・バッカス。
あの日のやり取りも、王太子の冷たいまなざしも、すべてが伏線だったのだ。
──リティシア・エクロードを、王太子妃の座から引きずり下ろすための。
こうして、“婚約破棄”は確定となった。
それが、後に学院中庭での華やかなる断罪劇──
あの《お洗濯》事件へとつながってゆくとは、まだ誰も知らなかった。
_____________
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★あとがき
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
今回のエピソード、第三者視点で見れば──
「王子に寄り添う平民の美少女」VS「冷血で無表情な婚約者」 という、まさに王道乙女ゲーム展開。
泣きじゃくる平民少女エリス、彼女をかばう王太子レオンハルト、
そして冷ややかに見下ろすリティシア──。
……ね? 事情を知らなければ、どう見てもエリスが正ヒロインですよね。
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