ことなかれ令嬢、ことば一つで全員蹴散らします

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第一章

第九節:補講を受け始めましたが、どうやら隠された力があったみたいです(前編)

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 学院西棟、特別講師用の研究室。
 人気のない廊下の最奥にある重厚な扉の前で、リティシアは一つ深呼吸し、丁寧にノックした。

「失礼します。補講の件で伺いました」

「どうぞ」

 返されたのは、静かな──けれどどこか含みのある男の声。

 ギィ、と音を立てて扉を押し開けると、魔導具の小さな蒸気が立ち上る室内の奥に、一人の青年がいた。
 黒髪に金の装飾をあしらった軍礼服。背筋を伸ばして立つその姿は、まるで肖像画から抜け出してきたかのように整っている。

 深い紫の瞳がリティシアを一瞥し、ふっと微笑んだ。

「ようこそ、クロード嬢。時間ぴったりだ。さすが真面目だね」

 それだけで、なぜか部屋の空気が少し和らいだ気がした。

「……ありがとうございます。では、さっそく講義を──」

「あ、その前に」

 セシルが手を上げて制した。

「今日、何か差し入れはないかな?」

「……は?」

「いやあ、補講初日って、ほら。ケーキとか、焼き菓子とか。気の利く学生なら、そのくらい……」

「なぜ学生側が、特別講師に“恵んで差し上げる”前提なんですか……」

 呆れたようにため息をつきつつも、リティシアは鞄の奥から、小さな包みを取り出した。

「……万が一、こういうこともあるかと、用意はしてきましたが」

「おお、まさかの実在!」

 セシルは目を輝かせて包みを受け取ると、包み紙の上から鼻を近づける。

「うん、いい匂い。これは……ベリー系? いいね、甘酸っぱいの好きなんだ」

 心底うれしそうなその笑顔に、リティシアはつい肩を落とす。

「まったく……子供みたいな方ですね」

「よく言われる」

 セシルはあっさり肯定しながら、机にケーキを置き、魔導具のスイッチを切り替えた。途端に、空間の空気が少し変わる。


────「さて、それじゃあ今日の補講を始めようか」


「補講の初日としては、軽めにしよう。座って。今日は、君の“力のありか”を探る実験だ」

 リティシアは机の前に控えめに立ったまま、ためらうように言った。

「一応改めて申し上げておきますが、私は今のところ単位を落としていません。補講の必要は──」

「あるよ」

 ぴたりと被せてきた声音に、一瞬、空気が張り詰めた。

 セシルは顔を上げ、その深紫の瞳でリティシアを真正面から見据える。

「“魔力量ゼロ”という記録がある一方で、君は“言葉ひとつで現象を操作”している。
 これは、単なる異常では済まない。……君の体内には、“通常とは異なる魔力の流れ”が存在する可能性がある」

「つまり……私が、普通ではないと?」

「そう。──でも、悪い意味じゃないよ。異常は、可能性だ」

 彼はひとつ書類を手に取り、指で軽く弾いた。

「僕の仮説では、君の“言葉”そのものが媒介になって、魔力を無意識に作用させている。
 古代魔術の失伝系、“言霊術”の亜種。もしそれが事実なら──君はこの学院で最も危うく、そして最も可能性を秘めた存在だ」

「……ずいぶんと、お気軽に危ういことをおっしゃいますね」

「うん。でも僕、そういうの嫌いじゃない」

 セシルは軽く肩を竦め、からかうように微笑んだ。

「拒否したいならしてもいい。けど……君が自分の力を知らないままでいるのは、この学院にとってもリスクだ」

 その言葉に、リティシアは静かに息を吸った。

「……わかりました。協力します。ただし、変なことをされたら即座に報告します」

「ご自由に。僕はあくまで、君の“観察者”として立ち会うだけさ」

 そして、魔導具にそっと手を置きながら──最後に、意味深に言った。

「リティシア・クロード。君は、自分がどれだけ“面白い”存在なのか、きっとまだ知らない。……でもそれでいい。
 答えは、僕と一緒に探そう」



__________________
__________________
★あとがき【補講、はじまりました】
というわけで、無事(?)補講スタートです。
黒髪講師・セシルくん、いかがでしたか?
初登場からケーキをせびるあたり、胡散臭さ満点ですが、本人は至って真面目です。たぶん。

さて、今回はまだ「なんか変な人に捕まった……」くらいの感想しか持てないリティシアですが、次回の後編ではいよいよ──

「この子、実はとんでもないポテンシャルを秘めてるのでは!?」

という展開が始まります。
魔力量ゼロ(のはず)の彼女に宿る力とはいったい何なのか。
“仮説と実験”がテーマの補講、もうちょっと続きます。
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