11 / 15
第一章
第十節:補講を受け始めましたが、どうやら隠された力があったみたいです(後編)
しおりを挟む
「さて、仮説の時間だね」
セシルが測定球を机へ転がす。掌大の水晶体には魔力反応を示す虹彩盤が仕込まれていた。
「まずは教科書どおりの魔力検知から。きみ、手を置いてみて」
リティシアは小さく息を吸い、球体にそっと触れる。――無反応。虹彩盤は沈黙したまま、色ひとつ変わらない。
「やっぱりゼロだね。形式上は。次」
出てきたのは、くたびれたぬいぐるみ。ボタンの目がぎょろりとこちらを向く。
「……それは」
「モケモケさん。特殊センサー搭載」
「……名前、必要ですか」
「大事。では実験――手を」
灰色のモケモケさんが机に鎮座すると、セシルが背のスイッチを押した。
「これは僕の改造品でね。“分類に拾われない魔力”も感知できる設定なんだ」
リティシアが袖で目だけ覆い、そっとぬいぐるみの耳に触れる。
即座にボタン眼が金色に発光した。背面パネルの針が唸り、規格外の領域で揺れ続ける。
「ほらね。検出した。普通の8系統じゃない魔力だ」
セシルは感心したように頬へ手を当てる。
「仮に“第9系統”でもいいけど、僕の本命はこっち」
革のバインダーを開き、厚手の羊皮紙を数枚取り出した。古い筆跡で綴られた、写本の断片。
「古文書? ……読めません」
「大丈夫、概訳つき」
彼が滑らかに訳文をなぞる。
『始祖は“言葉”を編みて万象を定め、
やがて八柱の系統に枝を分かつ』
『意(おも)い、声となり、声、律となる。
律を奪いし者、世界(はじまり)をも奪う』
セシルは指で紙を叩いた。
「要するにね、〈言霊〉は“9番目”じゃなくて“0番目”。八系統より前の、原初の術式だったんじゃないかって仮説さ」
リティシアは静かに眉を寄せた。
“0番目”。魔法体系を書き換えるほどの言葉。
「人間は願いを言葉にする生き物だろ? 『火よ灯れ』と願えば火がつき、『癒えよ』と祈れば傷が塞がる。けれど曖昧な願いは暴走する。だから『発火』『治癒』みたいに用途別へ枝分かれさせ、再現性を高めたのが今の八分類──という筋書き」
彼はぬいぐるみの金色の眼を指で塞ぎながら、真顔で続ける。
「けれど枝ではなく“根”を持つ者がいるとしたら? 言葉ひとつで万象を捻じ曲げる、それが君だ」
リティシアの喉が、かすかに鳴った。
「……そんな力、望んでいません」
「だろうね。でも世界は望むかもしれない。あるいは――君の力を恐れる者が出る」
紫の瞳に、かすかな憂色と高揚が同時に宿る。
「だから学ぼう。制御しなきゃ。放っておけば、君自身が巻き込まれる。僕は――」
セシルは笑みを浮かべ直し、白衣の袖口を正した。
「僕は研究が好きだし、君が壊れるのは困る。協力して?」
リティシアは目を伏せ、短く息をつく。
「……わかりました。ですが、強制はしないでください」
「しないさ。お願いするだけ」
彼はぬいぐるみを掲げ、ひらりと手を振る。
「じゃあ、次回は実践。『言葉』を意識して使う練習をしよう。面白くなるよ」
――面倒な人。けれど、逃げきれない。
リティシアは小さく頷き、研究室を後にした。
扉が閉まる。
残されたセシルは、金線入りの軍礼服の襟を整え、古文書を静かに撫でた。
――あれは間違いなく、この世界の秩序を根底から覆す力だ。
魔力量の格付けも、貴族の序列も、すべて紙のように燃える。
彼女が自覚し、制御を覚えたとき――
紫の瞳に、静かな熱が灯る。
「楽しみだな。世界史の改訂版、最前列で読ませてもらおう」
研ぎ澄まされた好奇心が、白い室内に淡く揺らめいた。
__________________
__________________
★あとがき【補講、はじまりました】
リティシアの力の“正体”に、ついにセシルが気づき始めました。
本人にはまだ自覚がないまま、言霊という「始まりの魔法」へと踏み出していく彼女。その背中を追うセシルの興味は、純粋な好奇心なのか、それとも――。
セシルが測定球を机へ転がす。掌大の水晶体には魔力反応を示す虹彩盤が仕込まれていた。
「まずは教科書どおりの魔力検知から。きみ、手を置いてみて」
リティシアは小さく息を吸い、球体にそっと触れる。――無反応。虹彩盤は沈黙したまま、色ひとつ変わらない。
「やっぱりゼロだね。形式上は。次」
出てきたのは、くたびれたぬいぐるみ。ボタンの目がぎょろりとこちらを向く。
「……それは」
「モケモケさん。特殊センサー搭載」
「……名前、必要ですか」
「大事。では実験――手を」
灰色のモケモケさんが机に鎮座すると、セシルが背のスイッチを押した。
「これは僕の改造品でね。“分類に拾われない魔力”も感知できる設定なんだ」
リティシアが袖で目だけ覆い、そっとぬいぐるみの耳に触れる。
即座にボタン眼が金色に発光した。背面パネルの針が唸り、規格外の領域で揺れ続ける。
「ほらね。検出した。普通の8系統じゃない魔力だ」
セシルは感心したように頬へ手を当てる。
「仮に“第9系統”でもいいけど、僕の本命はこっち」
革のバインダーを開き、厚手の羊皮紙を数枚取り出した。古い筆跡で綴られた、写本の断片。
「古文書? ……読めません」
「大丈夫、概訳つき」
彼が滑らかに訳文をなぞる。
『始祖は“言葉”を編みて万象を定め、
やがて八柱の系統に枝を分かつ』
『意(おも)い、声となり、声、律となる。
律を奪いし者、世界(はじまり)をも奪う』
セシルは指で紙を叩いた。
「要するにね、〈言霊〉は“9番目”じゃなくて“0番目”。八系統より前の、原初の術式だったんじゃないかって仮説さ」
リティシアは静かに眉を寄せた。
“0番目”。魔法体系を書き換えるほどの言葉。
「人間は願いを言葉にする生き物だろ? 『火よ灯れ』と願えば火がつき、『癒えよ』と祈れば傷が塞がる。けれど曖昧な願いは暴走する。だから『発火』『治癒』みたいに用途別へ枝分かれさせ、再現性を高めたのが今の八分類──という筋書き」
彼はぬいぐるみの金色の眼を指で塞ぎながら、真顔で続ける。
「けれど枝ではなく“根”を持つ者がいるとしたら? 言葉ひとつで万象を捻じ曲げる、それが君だ」
リティシアの喉が、かすかに鳴った。
「……そんな力、望んでいません」
「だろうね。でも世界は望むかもしれない。あるいは――君の力を恐れる者が出る」
紫の瞳に、かすかな憂色と高揚が同時に宿る。
「だから学ぼう。制御しなきゃ。放っておけば、君自身が巻き込まれる。僕は――」
セシルは笑みを浮かべ直し、白衣の袖口を正した。
「僕は研究が好きだし、君が壊れるのは困る。協力して?」
リティシアは目を伏せ、短く息をつく。
「……わかりました。ですが、強制はしないでください」
「しないさ。お願いするだけ」
彼はぬいぐるみを掲げ、ひらりと手を振る。
「じゃあ、次回は実践。『言葉』を意識して使う練習をしよう。面白くなるよ」
――面倒な人。けれど、逃げきれない。
リティシアは小さく頷き、研究室を後にした。
扉が閉まる。
残されたセシルは、金線入りの軍礼服の襟を整え、古文書を静かに撫でた。
――あれは間違いなく、この世界の秩序を根底から覆す力だ。
魔力量の格付けも、貴族の序列も、すべて紙のように燃える。
彼女が自覚し、制御を覚えたとき――
紫の瞳に、静かな熱が灯る。
「楽しみだな。世界史の改訂版、最前列で読ませてもらおう」
研ぎ澄まされた好奇心が、白い室内に淡く揺らめいた。
__________________
__________________
★あとがき【補講、はじまりました】
リティシアの力の“正体”に、ついにセシルが気づき始めました。
本人にはまだ自覚がないまま、言霊という「始まりの魔法」へと踏み出していく彼女。その背中を追うセシルの興味は、純粋な好奇心なのか、それとも――。
2
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる