ことなかれ令嬢、ことば一つで全員蹴散らします

25BCHI

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第一章

第十一節:静かに過ごしたいのに決闘を申し込まれる人生は嫌です

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 学院の食堂は、昼休みの喧騒に包まれていた。

「……このキッシュ、いい味ですね!」

「ええ、とてもおいしいです」

 リティシア・クロードは、エミリアと共に窓際の席で静かに昼食をとっていた。穏やかな会話が、周囲のざわめきとほんの少し距離を置いた空間をつくっていた。

 だがその静寂は、不意に破られた。

「リティシア・クロード嬢っ! 頼むっ、お願いだっ!」

 妙に勢いのある声が飛んできて、リティシアが眉をひそめて顔を上げると、そこには見慣れた少年の姿があった。

 赤みのある髪に、火属性の家系に多い鋭い眼差し。だがその表情はどこか必死で、子犬のようにこちらをじっと見つめている。

「……ルキウス・ドレイグさん」

「うん! 覚えてくれてた! あの、いや、すみません、突然。食事中に申し訳ないんだけど!」

 周囲がちらちらと注目し始めるなか、ルキウスは焦るように続ける。

「この前の授業! あのとき、君に負けたの、ずっと引っかかってて! あれは……偶然とかじゃないって、俺、思ってるんだ!」

「……負けた、というのは」

「火球の暴発のときさ。君、俺の魔法を……言葉だけで抑えたよな? あれ、魔力ゼロの人間にできることじゃない」

 真剣な眼差しで、彼は机に手をついて前のめりになる。

「だからお願いだ! もう一度、模擬戦で勝負してくれ!」

「……」

 リティシアはスプーンを置き、静かに彼を見返した。

「申し訳ありませんが、授業は終わりましたし、公式な訓練でもありません。個人的な感情で戦う理由は、私にはありません」

「……そ、そうか。うん、そうだよな……」

 しゅんと肩を落とすルキウス。その背に、どこか罪悪感のようなものを感じながらも、リティシアは何も言わずに再び食事へと目を向けた。

 ──が、その日から、ルキウス・ドレイグは、犬のように彼女につきまとうようになる。

「なあリティシア、やっぱり今日どう? 昼休みにでも!」
「補講のあとでもいいし、付き添いとかいらないからさ!」

 何度断っても諦めない。まっすぐすぎるその目が、かえって煩わしく思えることもある。

 だがある日の放課後、補講の帰り道。

 ひとり歩いていたリティシアの背に、またも聞き覚えのある声が飛んだ。

「リティシア・クロード嬢っ! 今度こそ、お願いだ!」

 またか、とリティシアは軽くため息をついた。

 だが、心の奥で、何かがわずかに揺れた。

(……自分の“力”について、向き合う機会かもしれません)

 彼女はくるりと振り返る。

「わかりました。学院に正式な申請を通してください。その上で許可が下りるなら……受けます」

「っ、ほんとに!? ありがとう、ありがとうっ!」

 ルキウスは目を輝かせ、ぱっと笑顔を咲かせた。まるで尻尾を振る犬のような反応に、リティシアはそっと視線を逸らす。

「……静かにしてください。騒がれるのは、好きではないので」

「ご、ごめん!」

 けれど、その笑顔は、どこまでもまっすぐで、まるで“善意の暴力”のようだった。

 ――その夜、リティシアはベッドの上で、ふと考える。

(……あのとき、私は“何”を使ったのか)

 火球を止めた力、セシルの言っていた「分類外の魔力」、そして……言葉が持つ“何か”。

 ルキウスの申し出は、彼女にとって小さなきっかけに過ぎなかったのかもしれない。

 けれど、その衝動は、確かに彼女の背を、少しだけ押していた。


__________________
__________________
★あとがき
素直でしつこい犬のような青年に絡まれたリティシアですが、なぜかその言葉が胸に残ります。

──あの時、本当に何が起きたのか?

次回、少しだけ自分の力に向き合ってみようと思います。
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