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第一章
第十一節:静かに過ごしたいのに決闘を申し込まれる人生は嫌です
しおりを挟む
学院の食堂は、昼休みの喧騒に包まれていた。
「……このキッシュ、いい味ですね!」
「ええ、とてもおいしいです」
リティシア・クロードは、エミリアと共に窓際の席で静かに昼食をとっていた。穏やかな会話が、周囲のざわめきとほんの少し距離を置いた空間をつくっていた。
だがその静寂は、不意に破られた。
「リティシア・クロード嬢っ! 頼むっ、お願いだっ!」
妙に勢いのある声が飛んできて、リティシアが眉をひそめて顔を上げると、そこには見慣れた少年の姿があった。
赤みのある髪に、火属性の家系に多い鋭い眼差し。だがその表情はどこか必死で、子犬のようにこちらをじっと見つめている。
「……ルキウス・ドレイグさん」
「うん! 覚えてくれてた! あの、いや、すみません、突然。食事中に申し訳ないんだけど!」
周囲がちらちらと注目し始めるなか、ルキウスは焦るように続ける。
「この前の授業! あのとき、君に負けたの、ずっと引っかかってて! あれは……偶然とかじゃないって、俺、思ってるんだ!」
「……負けた、というのは」
「火球の暴発のときさ。君、俺の魔法を……言葉だけで抑えたよな? あれ、魔力ゼロの人間にできることじゃない」
真剣な眼差しで、彼は机に手をついて前のめりになる。
「だからお願いだ! もう一度、模擬戦で勝負してくれ!」
「……」
リティシアはスプーンを置き、静かに彼を見返した。
「申し訳ありませんが、授業は終わりましたし、公式な訓練でもありません。個人的な感情で戦う理由は、私にはありません」
「……そ、そうか。うん、そうだよな……」
しゅんと肩を落とすルキウス。その背に、どこか罪悪感のようなものを感じながらも、リティシアは何も言わずに再び食事へと目を向けた。
──が、その日から、ルキウス・ドレイグは、犬のように彼女につきまとうようになる。
「なあリティシア、やっぱり今日どう? 昼休みにでも!」
「補講のあとでもいいし、付き添いとかいらないからさ!」
何度断っても諦めない。まっすぐすぎるその目が、かえって煩わしく思えることもある。
だがある日の放課後、補講の帰り道。
ひとり歩いていたリティシアの背に、またも聞き覚えのある声が飛んだ。
「リティシア・クロード嬢っ! 今度こそ、お願いだ!」
またか、とリティシアは軽くため息をついた。
だが、心の奥で、何かがわずかに揺れた。
(……自分の“力”について、向き合う機会かもしれません)
彼女はくるりと振り返る。
「わかりました。学院に正式な申請を通してください。その上で許可が下りるなら……受けます」
「っ、ほんとに!? ありがとう、ありがとうっ!」
ルキウスは目を輝かせ、ぱっと笑顔を咲かせた。まるで尻尾を振る犬のような反応に、リティシアはそっと視線を逸らす。
「……静かにしてください。騒がれるのは、好きではないので」
「ご、ごめん!」
けれど、その笑顔は、どこまでもまっすぐで、まるで“善意の暴力”のようだった。
――その夜、リティシアはベッドの上で、ふと考える。
(……あのとき、私は“何”を使ったのか)
火球を止めた力、セシルの言っていた「分類外の魔力」、そして……言葉が持つ“何か”。
ルキウスの申し出は、彼女にとって小さなきっかけに過ぎなかったのかもしれない。
けれど、その衝動は、確かに彼女の背を、少しだけ押していた。
__________________
__________________
★あとがき
素直でしつこい犬のような青年に絡まれたリティシアですが、なぜかその言葉が胸に残ります。
──あの時、本当に何が起きたのか?
次回、少しだけ自分の力に向き合ってみようと思います。
「……このキッシュ、いい味ですね!」
「ええ、とてもおいしいです」
リティシア・クロードは、エミリアと共に窓際の席で静かに昼食をとっていた。穏やかな会話が、周囲のざわめきとほんの少し距離を置いた空間をつくっていた。
だがその静寂は、不意に破られた。
「リティシア・クロード嬢っ! 頼むっ、お願いだっ!」
妙に勢いのある声が飛んできて、リティシアが眉をひそめて顔を上げると、そこには見慣れた少年の姿があった。
赤みのある髪に、火属性の家系に多い鋭い眼差し。だがその表情はどこか必死で、子犬のようにこちらをじっと見つめている。
「……ルキウス・ドレイグさん」
「うん! 覚えてくれてた! あの、いや、すみません、突然。食事中に申し訳ないんだけど!」
周囲がちらちらと注目し始めるなか、ルキウスは焦るように続ける。
「この前の授業! あのとき、君に負けたの、ずっと引っかかってて! あれは……偶然とかじゃないって、俺、思ってるんだ!」
「……負けた、というのは」
「火球の暴発のときさ。君、俺の魔法を……言葉だけで抑えたよな? あれ、魔力ゼロの人間にできることじゃない」
真剣な眼差しで、彼は机に手をついて前のめりになる。
「だからお願いだ! もう一度、模擬戦で勝負してくれ!」
「……」
リティシアはスプーンを置き、静かに彼を見返した。
「申し訳ありませんが、授業は終わりましたし、公式な訓練でもありません。個人的な感情で戦う理由は、私にはありません」
「……そ、そうか。うん、そうだよな……」
しゅんと肩を落とすルキウス。その背に、どこか罪悪感のようなものを感じながらも、リティシアは何も言わずに再び食事へと目を向けた。
──が、その日から、ルキウス・ドレイグは、犬のように彼女につきまとうようになる。
「なあリティシア、やっぱり今日どう? 昼休みにでも!」
「補講のあとでもいいし、付き添いとかいらないからさ!」
何度断っても諦めない。まっすぐすぎるその目が、かえって煩わしく思えることもある。
だがある日の放課後、補講の帰り道。
ひとり歩いていたリティシアの背に、またも聞き覚えのある声が飛んだ。
「リティシア・クロード嬢っ! 今度こそ、お願いだ!」
またか、とリティシアは軽くため息をついた。
だが、心の奥で、何かがわずかに揺れた。
(……自分の“力”について、向き合う機会かもしれません)
彼女はくるりと振り返る。
「わかりました。学院に正式な申請を通してください。その上で許可が下りるなら……受けます」
「っ、ほんとに!? ありがとう、ありがとうっ!」
ルキウスは目を輝かせ、ぱっと笑顔を咲かせた。まるで尻尾を振る犬のような反応に、リティシアはそっと視線を逸らす。
「……静かにしてください。騒がれるのは、好きではないので」
「ご、ごめん!」
けれど、その笑顔は、どこまでもまっすぐで、まるで“善意の暴力”のようだった。
――その夜、リティシアはベッドの上で、ふと考える。
(……あのとき、私は“何”を使ったのか)
火球を止めた力、セシルの言っていた「分類外の魔力」、そして……言葉が持つ“何か”。
ルキウスの申し出は、彼女にとって小さなきっかけに過ぎなかったのかもしれない。
けれど、その衝動は、確かに彼女の背を、少しだけ押していた。
__________________
__________________
★あとがき
素直でしつこい犬のような青年に絡まれたリティシアですが、なぜかその言葉が胸に残ります。
──あの時、本当に何が起きたのか?
次回、少しだけ自分の力に向き合ってみようと思います。
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