ことなかれ令嬢、ことば一つで全員蹴散らします

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第一章

第十二節:私の魔法は毒舌です?

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 夕暮れどき、学院の裏手にある魔導研究棟の最奥。
 リティシア・クロードは、ふたたび重厚な扉をノックした。

「どうぞー、入ってー。できれば手土産ありでね」

「……いい加減、学生から搾取するのをやめてください」

 あきれたような声とともに、リティシアは包みを差し出す。今日の菓子は、エミリアが作ってくれた蜂蜜とレモンのケーキだった。

「いやあ、素晴らしい。こういうのがあるから教育ってやめられないんだよね」

 まったく悪びれもせず、セシル・ルクレールは笑う。黒髪に金線を走らせた軍礼服、そして相変わらず底の見えない紫の瞳。
 この男が学院の特別講師であり、王宮魔導騎士見習い──いや、おそらく“それ以上”の存在だと、リティシアはうっすら感じ始めていた。

 研究机の上には既に、幾枚かの魔導式紙と、薄く光を帯びた羽ペンが置かれている。

「さて、今日は実践。君の“言葉”がどこまで意識的に世界へ作用するのかを確かめたい」

「つまり……わたくしが喋れば、何かが起きるかもしれないと?」

「そう。前回は無意識だった。けれど、魔術というのは“意志の再現”だ。君が何を願い、何を描くのか……それが、力の出力を左右する」

 セシルは軽く手を振ると、部屋の隅から薄い紙の束を取り出した。
 そのうち一枚をリティシアの前に広げ、言った。

「たとえば──こう言ってみて。“灯れ”と」

「灯れ……?」

 リティシアは小さく息を吸い、唇を開く。

「……灯れ」

「……“灯れ”」

 リティシアの声は、静かに響いた。

 けれど──何も起こらなかった。
 紙の上は白いまま、空気もぴくりとすら反応しない。

「……あれ?」

 彼女は小さく眉をひそめた。先ほどまで練習していたはずの“言葉の魔術”。あの不思議な現象が、今はまったく再現されない。

「うん、まあそううまくはいかないよね」

 セシル・ルクレールは椅子にもたれかかりながら、苦笑する。

「どうやら、単なる命令や呪文のような言い回しではダメみたいだ。もっと強い感情、もしくは明確な意思……あるいは対象との関係性が必要かもしれない」

 彼は卓上の羽ペンを回しながら、思案するように問いかけた。

「そういえば、これまで君の力が“発動した”って覚えている場面はある?」

 リティシアは、少し考えたのち、ぽつりと答える。

「──あります。入学して日が浅い日……ある方に、『品性にかけますね』と申し上げたとき」

「ふむ。誰に?」

「伯爵家のご息女の方です。同級生に対する狼藉が見るに堪えずについ言ってしまいました……」

 リティシアはやや赤面しながら呟いた。

「なるほど……」

 セシルは口元を緩めた。

「つまり、“強烈な毒舌”をかましたときに、相手にダメージが入ったわけだ」

「……そういう言い方はどうかと」

「じゃあ、試してみようか」

 セシルはすっと立ち上がると、リティシアの正面に歩み寄る。

「僕に向かって、何か言ってごらん。心から思ったことを、遠慮なしに」

「えっ、いきなり……?」

「さあ、リティシア・クロード。君の毒舌の威力を見せてもらおうじゃないか」

 彼は芝居がかった調子で胸に手を当て、言葉を待つ構えを取った。

 リティシアは、しばし逡巡したのち──目を伏せ、そっと呟く。

「……さすがです。主席で卒業されたほどの方が、学生相手に甘味をねだるなんて……格式というものは、案外お腹には勝てないのですね」

 次の瞬間。

「……ぐっ」

 セシルはわずかに顔をしかめ、胸元を押さえた。

「……っはは、当たったね。わりとグサッと」

「い、今のが……?」

「たぶんね。君の言葉には、ただの皮肉以上の“力”が乗る。特に、君自身が強くそう思ったときに。それが、相手の“心”に影響を与える……場合によっては、物理的に近い反応も引き起こしてるんだ」

 彼は笑いながら椅子に戻ると、頬をさすった。

「ただし、いくつかの条件があるっぽい。今のところ、無機物には影響なし。そして、おそらく感情が伴っていないと言葉に力は宿らない。君がただ命じるだけでは世界は動かない。“思いの強さ”が鍵なんだろうね」

 リティシアは静かに頷いた。

 なるほど。思えばこれまで、何かが起こったのは──いつも、自分の“想い”が噴き出した瞬間だった。

「……つまり、わたしの力は、わたし自身が制御できていない?」

「そうとも言えるし──“まだ”ってだけでもある」

 セシルは立ち上がり、机の奥から一冊の古文書を取り出した。

「じゃあ、次は仮説タイムだ。……この記述を見てほしい」

 そう言って広げられたページには、古代の文様とともに、こう記されていた。

『言葉こそ、理(ことわり)を織る始まりなり』



******



 夕日が落ち始める街並み。
 石畳を歩く足元に、ほんのりと甘い香りが漂っていた。エミリアは手提げ袋を抱えながら、老舗の菓子店の前で足を止めた。

 ──リティシア様、今日もきっと疲れて戻られるわ。甘いもので少しでも元気になってもらえたら。

 小さく頬を緩め、焼き菓子をひとつ包んでもらったそのときだった。

 「まあ……奇遇ね。こんなところで会うなんて」

 その声に、エミリアの笑みが凍りついた。

 振り返れば、整った金髪を風になびかせたアンジェリカ・ローゼンが、取り巻きの少女二人を従えて立っていた。にこやかだが、瞳の奥には明確な敵意が宿っている。

 「アンジェリカ様……」

 「あなたもお買い物? 意外と、お菓子がお好きなのね。平民貴族の方にも、そんな余裕があるなんて驚いたわ」

 「あの……これは、同室の方と食べようかと」

 「まぁ。まさか、あのリティシア様に?」

 アンジェリカは笑った。軽やかなその声音に、どこか乾いた棘が混じっている。

 「──エミリアさん。あなた、ほんとうに分かっているのかしら。自分がどれほど危うい立場にあるかってこと」

 「……どういう、意味でしょうか」

 「お父様は、たしか辺境の男爵でしたわよね。爵位は継承しているけれど、領地の財政は火の車。そんな折に、もし“不適切な交友関係”が王太子殿下の耳に入ったら──どうなると思う?」

 「……」

 「エリス様は今、王太子殿下のもっとも近しい存在。つまり、あなたの行動ひとつが、殿下のご機嫌を損ねる可能性すらあるの。……たとえば、わたくしがその旨をエリス様に伝えて、殿下に取りなしてもらうことだって、できるのよ?」

 その言葉に、エミリアの顔色がわずかに変わった。

 「……それは、脅しですか」

 「忠告よ。……あなたがリティシア様から距離を取るだけで、誰も困らないし、誰も傷つかない。むしろ、貴族社会でのあなたの立場は格段によくなるわ。わたくしも、あなたが“分別のある方”なら、見直すと思うもの」

 「……」

 エミリアは目を伏せかけたが、すぐに顔を上げた。その瞳には、微塵も曇りがなかった。

 「父は──わたしにこう言って育ててくれました。“誇りを捨てて得たものは、必ずあなたを裏切る”と」

 「……!」

 アンジェリカの口元がわずかにひきつった。

 「ですから、どれほど“都合のいい関係”を差し出されようと、私は誰も裏切りません。たとえ、その代償を支払うことになっても、です」

 その瞬間、アンジェリカの笑みが崩れた。

 「──気に入らない」

 低くつぶやき、手をひらりと振る。
 その合図に、取り巻きの少女たちが無言のまま、エミリアの背後へとまわりこむ。

 「わたくしに歯向かって無事に済むと、思わないでちょうだい?」

 エミリアの目の前で、袋に入った焼き菓子が路上に転がり、砕け散った。

 午後の喧騒の中で、助けを呼ぶ声は誰の耳にも届かない。
 そのまま、エミリアは彼女たちに連れ去られていった──。



__________________
__________________
★あとがき
補講は、ただでさえ面倒です。
それなのに毎回、差し入れ(しかも期待してる)を要求してくる講師って、どうなんでしょうね。
……いや、講師がセシルでなければ、リティシアもとっくにバックレていたかもしれません。

一方、スイーツ片手に街へ繰り出したエミリアにも、試練が訪れました。
脅しと陰謀と、あまり品のない女子トーク。
学園モノはいつも、甘くて苦いのです。
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