赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第一部:国家の価値はゼロから始まる

第四節:兵制改革と武人ガロウの忠誠(前編)

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 国家台帳が動き出して数週間。
 リィナは執務室の窓から訓練場を眺め、軽くため息をついた。

 兵士たちの動きは鈍い。装備はバラバラ。
 いくら数字を整えても、「このままでは国は守れない」と痛感させられる光景だ。

「軍事って避けて通れないんだな」

 横で帳簿をめくっていた加賀谷がぼそりとこぼす。
 口調はいつもの柔らかさだが、目は真剣そのもの。

「法律や商取引のルールも、守らせる“力”がなきゃ机上の空論だ。――でも俺、軍事は素人だからさ。現場をわかる人間を探したい」

「存じています。……一人、心当たりがありますわ」

 リィナが思い出したのは、辺境駐屯地にいる無口な隊長――ガロウ・ヴェスタ。
 かつて小さな盗賊騒ぎで的確に部隊を動かし、彼女に強い印象を残した男だ。

「農村出で独学の武人、と聞いていますが?」

「学歴より実力、でしょ? 会ってみよう」

 加賀谷は書類を閉じ、軽く背伸びをした。

「数字を整えた次は、人材だ。優秀な指揮官に“ちゃんと回る予算”を渡せば、軍はまだ立て直せる」
 こうして二人は、辺境へ向かう馬車に乗る。
 国家再建の次の鍵が、まだ誰にも評価されていないその男にあると信じて――。

 ───

 辺境駐屯地は、首都から二日の行程だった。
 風が吹きさらす荒れ地に、石壁と木柵で囲っただけの簡素な宿営地。


 「――お迎えできず失礼しました。隊長代理、ガロウ・ヴェスタです」

 出迎えに現れた男は、質素な軍服に擦り切れたマントという姿だった。
 軍規通りの敬礼をしながらも、その眼差しは静かで、濁りがない。

 リィナはほっと息をつく。昔、盗賊鎮圧で見かけた時と同じ“まっすぐさ”が失われていなかった。

 「早速だが、訓練を見せてくれないか」

 加賀谷の頼みに、ガロウは頷き、笛をひと吹きした。
 わずか数秒で兵たちが持ち場につき、古い槍と盾で小隊陣形を組む。
 歩調・掛け声・武器の上げ下げ――どれも無駄がなく、統率が取れていた。

 「装備は粗末なのに、この整い方……」

 加賀谷が思わず漏らすと、ガロウが淡々と答える。

 「物が足りないなら、動きで補うしかありません。隊の全員に、最短で相手を倒せる型を叩き込みました」

 「自分で?」

 「ええ。装備の再配備も、新しい戦術案も、何度も上申しましたが──通ったものは一つもありません」

 言いながらも愚痴の色はない。ただ、淡々と事実を述べる声音だった。

 訓練が終わると、兵たちは整列し、破れた雑嚢から砥石や油布を取り出し、武器の手入れを始める。
 誰に言われるでもなく、無駄のない動きで。

 その様子を見ながら、加賀谷の脳裏に、帳簿の端に記された一連の決裁履歴がよみがえる。
 ──“却下”。“再考の余地あり”。“予算なし”。

 「……見たことがある。あのときの申請書、全部通らなかったんだな」

 呟いた加賀谷に、ガロウは一つだけ、皮肉にも似た笑みを浮かべた。
 「数字で見えた“歪み”の裏で、よくここまで維持してきたな……」

 ガロウが僅かに肩をすくめる。

 「足りぬなりに守るのが務めです。――もっとも、守れているかは別ですが」

 その言葉にリィナの胸が痛む。だが、加賀谷は一歩前に出た。

 「守れてるよ。君の隊は“費用対効果”で見れば、この国で一番高い。だから提案がある」

 ガロウの眉が動く。

 「提案、ですか」

 「兵制を根本から組み直す。装備だけじゃなく、給与・補給・指揮系統まで全部。俺は財と制度を用意する。君は現場を任せてほしい」

 沈黙。風が杭に吊るした古い旗を揺らした。
 やがてガロウが静かに口を開く。

 「――私には野望などありません。ただ、『強い軍に身を置きたい』と願ってきただけです」

 彼はリィナに一礼し、次いで加賀谷へ向き直る。

 「もし本当に、この国を“強い軍”へ導くおつもりなら…………その道、私も共に歩ませていただきます」

 膝を折ることはない。
 代わりに、右拳を胸甲に当てた敬礼――この国の武人が“対等の誓い”を示す印。

 加賀谷は拳を返すかわりに、そっと右手を差し出した。

 「ようこそ。新しい公国へ」

 ガロウは、その手を力強く握り返した。

 ――軍制改革、始動。
 そしてミティア公国は、「守れる国」へ向け、またひとつ歯車を噛み合わせた。
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