赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第五章:公女の戦い

第五節:同盟の樹立

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 翌朝。夜会の熱も冷めやらぬまま、フィーネ中央庁舎の大講堂には、清冽な朝の光が差し込んでいた。

 高く張られた天井から、連邦軍楽隊の金管が高らかに響く。中央壇上には、二本の旗が並んで掲げられていた。ひとつはレーナ連邦の星輪旗、もうひとつは再建途上にあるミティア公国の新しい双翼旗だ。

 集まったのは、連邦各州の代表、公国使節団、さらには自由都市からの商人ギルドの視察団など、総勢三百名におよぶ参列者たち。厳粛な雰囲気のなかにも、期待と緊張が入り混じったざわめきが広がっていた。

 壇上の中央、長机の上には三通の公式文書が並んでいた。

 一つ目は、防衛協力条約。
 一つ目は、防衛協力条約。レーナ連邦より自動弩兵三百体と魔装甲馬車十二両が、公国へと譲渡されることが記されている。

 二つ目は、経済・貨幣協定。連邦領内における《ルーメ》通貨の法定通貨としての承認と、偽造防止を担う感知システムの共同導入が明文化されていた。

 三つ目は、農業開発に関する覚書。開墾用ゴーレム六十体の長期貸与と、連邦から派遣される農業技術者二十名の受け入れが盛り込まれている。

 イーリス・ラグナロアが先に立ち、羽根ペンを手に取る。ぴたりと沈黙が落ちた。

 彼女は筆先を滑らせ、力強く自らの名を記した。

 「レーナ連邦首相、イーリス・ラグナロア」

 墨が乾かぬうちに、リィナが進み出る。
 一拍の呼吸を置き、まっすぐ立った。

 「ミティア公国副執政、リィナ・ミティア」

 彼女の筆跡はまだ頼りなかったが、その一字一画に迷いはなかった。

 続いて連邦軍政局次官ヴァネッサ・エルンが立会印を押す。
 真紅の印章が、文書に確かに刻まれた瞬間――場内に静かなどよめきが広がった。

 歴史がまた一頁、織られた音だった。

 「……これにて、三文書の調印、完了です」

 イーリスが宣言し、軽く頷く。

 ひとまず式典としての節目を終え、参列者は祝賀の用意された控えの間へと誘導され始める。
 だが、その流れを見送りながら、イーリスはふいにリィナへ声をかけた。

 「少し、いいかしら?」

 促されるままに、講堂の隅――窓際の陽だまりへと並んで立つ。

 「昨夜の夜会で見せた、あなたの言葉と表情。あれは、演技じゃないわね」

 リィナは少しだけ戸惑いながら頷いた。

 「……はい。でも……まだ私の覚悟は、カガヤ、大公の背中にすがっているだけで……」

 「その名前を、いま出すのはやめなさい」

 ぴしゃりと、けれどどこか優しさを帯びた口調で、イーリスが制した。
 リィナは驚き、イーリスの方を振り向く。

 「私は“カガヤ”ではなく、あなたを見ているの。
  国の肩書きでも、公女の立場でもない。昨夜、“誰かの未来を守りたい”と震えた、リィナ・ミティアその人に」

 言葉が胸の内側にすっと染み渡る。
 同時に、ずっとどこかで感じていた“焦り”が浮き彫りになった気がした。

 カガヤのように明晰でも、ミロのように天才でも、ノアのように万能でもない自分。
 それでも──。

 「……わたしを、ですか」

 「ええ。忘れないで。
 あなたが自分の足で立ち上がったその瞬間から、公国の未来は“あなたの形”で進み始めるの」

 イーリスはわずかに微笑んだ。

 「私は、その歩みに魅せられた一人の政治家として――あなたと並んで歩きたい」

 胸が熱くなる。

 自分が、ただ追いかけるのではなく、“ともに歩く”存在として認められたこと。
 その事実が、何よりの贈り物だった。

 「……ありがとうございます。わたしも、あなたと並びたいです。
 そして、あなたのような人の背中に、追いつきたい」

 手を差し出すと、イーリスは迷いなくそれを取った。

 そのとき、講堂の奥から祝賀の鐘が鳴り響いた。
 扉が開き、陽光が差し込む向こう側で、参列者たちがふたりを待っている。

 リィナはひとつ頷き、光の中へと歩み出す。
 その背中はもう、誰かの影を追うものではなかった。

 ただ、未来へと並び立つ、ひとつの旗だった。

 イーリスは、その背中を見送りながら、そっと呟いた。

 「――さあ、私たちの番よ。世界を買い換える準備は整ったわ」

 その声に応えるように、フィーネの空には高く、新たな同盟旗が翻っていた。





◆あとがき◆
毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!
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そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
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