45 / 76
第五章:公女の戦い
第八節:加賀谷零、開幕を告げる
しおりを挟む
公都・大公執務室
調印式と襲撃を乗り越え、リィナたちが王城へ帰還したのは薄曇りの夕刻だった。
重い扉を押し開けると、執務室には加賀谷とヴァルド・レヴァンティスの姿がある。
大机の上には、南部連邦との正式調印文書と真新しい戦況報告書。紙の束は沈黙のまま、緊張を放っていた。
「――まずは、ご苦労だった」
加賀谷の声は低く、しかし確かな温度を帯びていた。
ヴァルドも一歩前へ出る。背筋を伸ばしたまま、深く頭を垂れた。
「リィナ殿の決断が、同盟を現実にいたしました。見事なお働きでございます」
「いえ、それは……」
リィナは言葉を探したが、喉の奥で途切れた。――逃げ場のない事実を、彼女自身が一番わかっている。
加賀谷が視線を合わせる。
「成果には責任が伴う。けれど君は“自分の意思”で動いた。それが国を動かしたんだ」
リィナは息を詰めた。
その言葉は賛辞である以上に――肩を並べる者への宣言だ。
「未熟さも迷いもあります。でも、それでも……証明してみせます」
拳を握りしめるその手に、怯えはなかった。
ヴァルドが静かに目を細め、満足げに頷く。
「よい覚悟でございますな」
束の間、室内の空気が和らいだ――が、次の報告が投げ込まれる。
「北方連合が、陥落いたしました」
ヴァルドが報告書を滑らせる。
加賀谷は紙面に走り読みしただけで、眉間の皺を深くする。
「グラース砦が三日……。早すぎる」
「帝国の示威行動かと存じます。公国と連邦の結束を、“無意味”だと示したいのでしょう」
「戦わずに屈させるための、最初の一撃……」
リィナの声は低く震えたが、恐怖ではなく怒りの色を帯びていた。
◆ ◆ ◆
加賀谷は窓際へ歩き、夜の街を見下ろした。
灯りが連ねる石畳の向こう、遠くの塔の影が揺れる。
北方陥落の報せは、やがて商人や市民の耳にも届くだろう。怯え、動揺し、抗議の声が上がるのは目に見えている。
――帝国はそれを狙っている。経済と世論の“不安”こそ最大の兵器だ。
(ならば、こちらは不安を武器にさせない)
机の上に戻り、連邦との条約文を指先で叩く。
ルーメ通貨の連邦導入、ゴーレム貸与、軍備協力――。それらはまだ“芽生え”に過ぎない。
「……ここからは、守りではなく“先に動く”交渉を始める」
声は静かだが、決意は鋼のように響いた。
「資源の囲い込み、兵站の再編、そして――経済を軸にした包囲網。時間は我々の味方にはならない」
「ヴァルド、早速で悪いが臣下を集めてくれないか。動揺が広がる前に手を打ちたい」
ヴァルドは言葉を発さずに深く頭を下げ、主君に与えられた役目の遂行に向かった。
◆ ◆ ◆
公都・城内大広間
加賀谷はゆっくりと振り返った。
目の前には集められた公国の貴族、文官、武官たちだ。
傍に控えるは加賀谷の人の忠臣たちだ。ヴァルド、ガロウ、ミロ、ノア、そしてリィナ。
加賀谷が壇上に上がるころには空気は、すでに変わっていた。
加賀谷の言葉一つひとつが、役者としての“舞台”を照らし始める。
「……皆、よく聞いてくれ。俺たちは今、とてもわかりやすい“敵”を得た」
視線は地図上の北方を刺す。
「帝国は力で制した。恐怖で黙らせ、絶望で膝を折らせた。それが奴らの“正しさ”だ。だが──それだけじゃない」
加賀谷の声が徐々に熱を帯びる。
「奴らは、我々に問いを突きつけてきた。“そちらの正義に、民は従うに足る希望があるのか?”と」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
「……俺たちは、答えなければならない。“はい”と。堂々と。胸を張って」
拳をゆっくり握る。演説というより、“宣言”だった。
「──だから俺は、ここから先の舞台を用意する」
壁の地図を一瞥しながら、加賀谷は続けた。
「〈共栄連合〉。そう仮に名づけよう。この土地を軸に、南部連邦、自由都市群、交易都市。資源と技術と流通を、それぞれが出し合う、“共に栄える圏”だ」
少し口元を歪めて笑う。
「なあ、信用できないか? 戦火もまだ終わらぬこの世界で、そんなもの夢物語に思えるか?」
誰も答えない。
だから、加賀谷は一人で答える。
「──いいか、俺たちはその“夢”を見せるんだよ」
バン、と机を叩く。
「事実なんて関係ない。民にとっては“夢を信じられるか”がすべてだ」
「だからこそ我々がその舞台装置となり、役者となり、英雄となって見せる。“あの国は違う”“この国にはまだ道がある”──そう信じさせることが、唯一の希望だ」
ミロが小さく息を呑む。
リィナが拳を強く握る。
ヴァルドのまなざしが鋭くなる。
「そのために俺は、国家ファンドを立ち上げる。初期資本は我々が出す。信用評価制度、出資配当、インフラ再投資……“繁栄の兆し”を数字で見せる」
「紙と貨幣で世界を変える。“国が変わる瞬間”を、全員に“見せる”んだよ。これが希望です、これが勝利の始まりですってな」
目が光る。
もはや彼は、“大公”ではない。
希望という脚本を語る脚本家
未来という舞台の主役であり演出家
嘘で真実を塗り替える統治者
「……皆、これから国民に芝居を打ってもらう。“勝てる国”という劇を演じてもらう。“この国に未来がある”と、信じさせる芝居をな」
「世界は見ている。帝国も見ている。ならば俺たちは、見せつけようじゃないか。“未来を選べる国”のあり方を」
静寂。
しかし、それは敗北の沈黙ではない。
言葉のひとつひとつが、信仰のように胸に刻まれていた。
そして、加賀谷は静かに結んだ。
「……舞台は整った。次は“選ばれる側”になる番だ」
◆あとがき◆
毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!
更新の励みになりますので、
いいね&お気に入り登録していただけると本当にうれしいです!
今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。
そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
調印式と襲撃を乗り越え、リィナたちが王城へ帰還したのは薄曇りの夕刻だった。
重い扉を押し開けると、執務室には加賀谷とヴァルド・レヴァンティスの姿がある。
大机の上には、南部連邦との正式調印文書と真新しい戦況報告書。紙の束は沈黙のまま、緊張を放っていた。
「――まずは、ご苦労だった」
加賀谷の声は低く、しかし確かな温度を帯びていた。
ヴァルドも一歩前へ出る。背筋を伸ばしたまま、深く頭を垂れた。
「リィナ殿の決断が、同盟を現実にいたしました。見事なお働きでございます」
「いえ、それは……」
リィナは言葉を探したが、喉の奥で途切れた。――逃げ場のない事実を、彼女自身が一番わかっている。
加賀谷が視線を合わせる。
「成果には責任が伴う。けれど君は“自分の意思”で動いた。それが国を動かしたんだ」
リィナは息を詰めた。
その言葉は賛辞である以上に――肩を並べる者への宣言だ。
「未熟さも迷いもあります。でも、それでも……証明してみせます」
拳を握りしめるその手に、怯えはなかった。
ヴァルドが静かに目を細め、満足げに頷く。
「よい覚悟でございますな」
束の間、室内の空気が和らいだ――が、次の報告が投げ込まれる。
「北方連合が、陥落いたしました」
ヴァルドが報告書を滑らせる。
加賀谷は紙面に走り読みしただけで、眉間の皺を深くする。
「グラース砦が三日……。早すぎる」
「帝国の示威行動かと存じます。公国と連邦の結束を、“無意味”だと示したいのでしょう」
「戦わずに屈させるための、最初の一撃……」
リィナの声は低く震えたが、恐怖ではなく怒りの色を帯びていた。
◆ ◆ ◆
加賀谷は窓際へ歩き、夜の街を見下ろした。
灯りが連ねる石畳の向こう、遠くの塔の影が揺れる。
北方陥落の報せは、やがて商人や市民の耳にも届くだろう。怯え、動揺し、抗議の声が上がるのは目に見えている。
――帝国はそれを狙っている。経済と世論の“不安”こそ最大の兵器だ。
(ならば、こちらは不安を武器にさせない)
机の上に戻り、連邦との条約文を指先で叩く。
ルーメ通貨の連邦導入、ゴーレム貸与、軍備協力――。それらはまだ“芽生え”に過ぎない。
「……ここからは、守りではなく“先に動く”交渉を始める」
声は静かだが、決意は鋼のように響いた。
「資源の囲い込み、兵站の再編、そして――経済を軸にした包囲網。時間は我々の味方にはならない」
「ヴァルド、早速で悪いが臣下を集めてくれないか。動揺が広がる前に手を打ちたい」
ヴァルドは言葉を発さずに深く頭を下げ、主君に与えられた役目の遂行に向かった。
◆ ◆ ◆
公都・城内大広間
加賀谷はゆっくりと振り返った。
目の前には集められた公国の貴族、文官、武官たちだ。
傍に控えるは加賀谷の人の忠臣たちだ。ヴァルド、ガロウ、ミロ、ノア、そしてリィナ。
加賀谷が壇上に上がるころには空気は、すでに変わっていた。
加賀谷の言葉一つひとつが、役者としての“舞台”を照らし始める。
「……皆、よく聞いてくれ。俺たちは今、とてもわかりやすい“敵”を得た」
視線は地図上の北方を刺す。
「帝国は力で制した。恐怖で黙らせ、絶望で膝を折らせた。それが奴らの“正しさ”だ。だが──それだけじゃない」
加賀谷の声が徐々に熱を帯びる。
「奴らは、我々に問いを突きつけてきた。“そちらの正義に、民は従うに足る希望があるのか?”と」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
「……俺たちは、答えなければならない。“はい”と。堂々と。胸を張って」
拳をゆっくり握る。演説というより、“宣言”だった。
「──だから俺は、ここから先の舞台を用意する」
壁の地図を一瞥しながら、加賀谷は続けた。
「〈共栄連合〉。そう仮に名づけよう。この土地を軸に、南部連邦、自由都市群、交易都市。資源と技術と流通を、それぞれが出し合う、“共に栄える圏”だ」
少し口元を歪めて笑う。
「なあ、信用できないか? 戦火もまだ終わらぬこの世界で、そんなもの夢物語に思えるか?」
誰も答えない。
だから、加賀谷は一人で答える。
「──いいか、俺たちはその“夢”を見せるんだよ」
バン、と机を叩く。
「事実なんて関係ない。民にとっては“夢を信じられるか”がすべてだ」
「だからこそ我々がその舞台装置となり、役者となり、英雄となって見せる。“あの国は違う”“この国にはまだ道がある”──そう信じさせることが、唯一の希望だ」
ミロが小さく息を呑む。
リィナが拳を強く握る。
ヴァルドのまなざしが鋭くなる。
「そのために俺は、国家ファンドを立ち上げる。初期資本は我々が出す。信用評価制度、出資配当、インフラ再投資……“繁栄の兆し”を数字で見せる」
「紙と貨幣で世界を変える。“国が変わる瞬間”を、全員に“見せる”んだよ。これが希望です、これが勝利の始まりですってな」
目が光る。
もはや彼は、“大公”ではない。
希望という脚本を語る脚本家
未来という舞台の主役であり演出家
嘘で真実を塗り替える統治者
「……皆、これから国民に芝居を打ってもらう。“勝てる国”という劇を演じてもらう。“この国に未来がある”と、信じさせる芝居をな」
「世界は見ている。帝国も見ている。ならば俺たちは、見せつけようじゃないか。“未来を選べる国”のあり方を」
静寂。
しかし、それは敗北の沈黙ではない。
言葉のひとつひとつが、信仰のように胸に刻まれていた。
そして、加賀谷は静かに結んだ。
「……舞台は整った。次は“選ばれる側”になる番だ」
◆あとがき◆
毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!
更新の励みになりますので、
いいね&お気に入り登録していただけると本当にうれしいです!
今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。
そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
14
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!
川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。
だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。
だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。
馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。
俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった
雷覇
ファンタジー
ワノクニ、蒼神流・蒼月道場。
天城蒼真は幼き頃から剣を学び、努力を重ねてきた。
だがある日、異世界から来た「勇者」瀬名隼人との出会いが、すべてを変える。
鍛錬も経験もない隼人は、生まれながらの天才。
一目見ただけで蒼真と幼馴染の朱音の剣筋を見切り、打ち破った。
朱音は琴音の命で、隼人の旅に同行することを決意する。
悔しさを抱えた蒼真は、道場を後にする。
目指すは“修羅の山”――魔族が封印され、誰も生きて戻らぬ死地へと旅立つ。
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる