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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する
第二十五節:異世界のシリコンバレーを目指して
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魔導投影に浮かぶ社名を、誰もが見上げていた。
ヴェステラ政庁の広間に、拍手が起きたわけではない。
だが、それ以上に確かなもの――信頼と興奮のざわめきが、場を包み込んでいた。
多くの代表者たちは、ゆっくりと席を立ち始める。
ある者は隣と意見を交わし、ある者はすでに出資の算段を頭に描いていた。
国境も、階級も、過去のしがらみも――この時ばかりは、未来という一点で結びついていた。
壇上に残った加賀谷は、静かに深呼吸をひとつ。
横を見ると、ミロがホッとしたように胸に手を当てていた。
「……終わったな。ここまでは」
「は、はいっ……。でも、これからの方が、もっと……はわ、たいへんかもです……」
彼女は相変わらず、おどおどとした様子で魔導端末を抱えていたが、目だけは真っすぐだった。
“れいしゃちょー”が信じる未来を、記録し、守る。それが自分の仕事なのだと、そう言っているような。
「……ああ、だからこそ面白い。ここから先は、まだ誰も見たことがない地図だ」
加賀谷は、魔導投影に映る社名を見上げる。
──ルミナリンク社。
その文字の先に広がる未来が、まだ確かな形を持たないまま、ただ眩しくそこにあった。
ふと、政庁を出ていく背中のひとつ――
深紅のターバンを巻いたゼルハ・トゥーラの代表が、扉の前で振り返った。
「加賀谷殿。次は“砂”の上にも、道を通してくれることを期待している」
「お任せを。“資本”という水は、どこへでも流せますから」
互いに短く笑い、礼を交わすと、その背中は再び群衆の中へと消えていった。
今日、この日。
ヴェステラで生まれたひとつの企業が、世界の風景を変えるかもしれない。
誰もがそう“予感”していた。
だが、誰もまだ“確信”してはいなかった。
──世界がそれを知るのは、もう少し先のことだ。
一方で、学生インターンはどうなったかというと──
順調に、立ち上げを進めていた。
元々は〈影織の里〉の技術継承と供給体制の見直しを目的に、レーネが提出した一枚の提案書。それが今では、ひとつの法人設立にまで発展していた。
社名は『フェルマノクス・テクスチャ』。
法人格を持ち、ヴェステラの西側工房街に拠点を構える。現在は非公開株式企業として、財務基盤を固めながら活動している。
代表取締役には、提案者であるレーネが就任。
無口な彼女だが、技術と現場に対する眼差しは誰よりも確かであり、工房職人たちからの信頼も厚い。
財務責任者(CFO)は、ミュリル。帳簿管理と予実の整理を地道にこなし、必要なときはレーネに耳打ちして方向性を正す。
彼女の手にかかれば、原材料費の高騰も“未来の投資”として整理される。もちろん、裏には加賀谷やミロがメンターとして付いている。
そしてマーケティング責任者(CMO)を務めるのが、ジル。熱血漢で情報発信に前のめりな青年だ。
「伝統は守るだけじゃなく、“魅せる”ことで広がる」が信条であり、既に工房製品の展示会や通信記録の公開など、広報戦略を次々と打ち出している。最近では貿易の王のレオンを師と仰ぎ、奇抜ながらも効果的な施策に取り組んでいるとのことだ。
加賀谷はというと、彼らを“育てる場”として見守りながら、ミティア公国大公、ルミナリンクCEOという肩書を持ちながら会長という立場で各方面への連絡や行政手続きに目を通している。
学業との両立という課題はあるが、三人は交代で勤務しつつ、実務と経営の両方を学び取っていた。
法人は今後、公開株式制度の適用も視野に入れており、規模と収益のバランスを見ながら上場のタイミングを慎重に測っている。
──これは小さな芽かもしれない。だが確かに、未来の森へとつながる根が、静かに育ち始めていた。
*****
喧噪に包まれていたヴェステラの政庁も、朝の空気はどこか落ち着きを取り戻しつつある。
学生インターンたち──レーネ、ミュリル、ジルの三人も、それぞれの法人立ち上げを経て学院に戻り、学業と両立しながら再建の実務に取り組み続けていた。
その日、加賀谷は学院の一室で、老齢の学長と向かい合っていた。書棚に囲まれた静かな空間。だが話題は、未来へと熱を帯びていた。
「……彼らは、変わりましたよ。たった一夏で」
そう語る学長の口調には、驚きと誇りが混じっていた。
「レーネは言葉こそ少ないが、部下への指示が見違えるほど的確になりました。ミュリルは帳簿を見て、こちらの運営予算の構造まで整理してきたんですよ。ジルに至っては……次期入学説明会の広告まで勝手に作ってきましてな」
加賀谷は微笑を浮かべながら、窓の外――学院の中庭で新入生たちが魔導式の基礎訓練に励む姿を見やった。
「やっぱり、“現場で稼ぐ”ってのは強いですね。
あの三人は、もはや“学生”というより、“社会を作る側”に足を踏み入れつつある」
「まさに。いずれ後輩たちのロールモデルとなるでしょう」
「──なら、この街も、もっと大きくできる」
加賀谷の目がきらりと光る。
「ここを、“シリコンバレー”にするんです。才能と技術と資本が集まり、夢を形にできる街に」
“シリコンバレー”自体は聞き慣れぬ言葉だったが、学長は眼鏡の奥の目を細めて、懐かしむように呟いた。
「人を育てるとは、こういうことなのかもしれませんな……」
窓の向こう、風に揺れる学院の旗が、静かに未来への鼓動を刻んでいた。
ヴェステラ政庁の広間に、拍手が起きたわけではない。
だが、それ以上に確かなもの――信頼と興奮のざわめきが、場を包み込んでいた。
多くの代表者たちは、ゆっくりと席を立ち始める。
ある者は隣と意見を交わし、ある者はすでに出資の算段を頭に描いていた。
国境も、階級も、過去のしがらみも――この時ばかりは、未来という一点で結びついていた。
壇上に残った加賀谷は、静かに深呼吸をひとつ。
横を見ると、ミロがホッとしたように胸に手を当てていた。
「……終わったな。ここまでは」
「は、はいっ……。でも、これからの方が、もっと……はわ、たいへんかもです……」
彼女は相変わらず、おどおどとした様子で魔導端末を抱えていたが、目だけは真っすぐだった。
“れいしゃちょー”が信じる未来を、記録し、守る。それが自分の仕事なのだと、そう言っているような。
「……ああ、だからこそ面白い。ここから先は、まだ誰も見たことがない地図だ」
加賀谷は、魔導投影に映る社名を見上げる。
──ルミナリンク社。
その文字の先に広がる未来が、まだ確かな形を持たないまま、ただ眩しくそこにあった。
ふと、政庁を出ていく背中のひとつ――
深紅のターバンを巻いたゼルハ・トゥーラの代表が、扉の前で振り返った。
「加賀谷殿。次は“砂”の上にも、道を通してくれることを期待している」
「お任せを。“資本”という水は、どこへでも流せますから」
互いに短く笑い、礼を交わすと、その背中は再び群衆の中へと消えていった。
今日、この日。
ヴェステラで生まれたひとつの企業が、世界の風景を変えるかもしれない。
誰もがそう“予感”していた。
だが、誰もまだ“確信”してはいなかった。
──世界がそれを知るのは、もう少し先のことだ。
一方で、学生インターンはどうなったかというと──
順調に、立ち上げを進めていた。
元々は〈影織の里〉の技術継承と供給体制の見直しを目的に、レーネが提出した一枚の提案書。それが今では、ひとつの法人設立にまで発展していた。
社名は『フェルマノクス・テクスチャ』。
法人格を持ち、ヴェステラの西側工房街に拠点を構える。現在は非公開株式企業として、財務基盤を固めながら活動している。
代表取締役には、提案者であるレーネが就任。
無口な彼女だが、技術と現場に対する眼差しは誰よりも確かであり、工房職人たちからの信頼も厚い。
財務責任者(CFO)は、ミュリル。帳簿管理と予実の整理を地道にこなし、必要なときはレーネに耳打ちして方向性を正す。
彼女の手にかかれば、原材料費の高騰も“未来の投資”として整理される。もちろん、裏には加賀谷やミロがメンターとして付いている。
そしてマーケティング責任者(CMO)を務めるのが、ジル。熱血漢で情報発信に前のめりな青年だ。
「伝統は守るだけじゃなく、“魅せる”ことで広がる」が信条であり、既に工房製品の展示会や通信記録の公開など、広報戦略を次々と打ち出している。最近では貿易の王のレオンを師と仰ぎ、奇抜ながらも効果的な施策に取り組んでいるとのことだ。
加賀谷はというと、彼らを“育てる場”として見守りながら、ミティア公国大公、ルミナリンクCEOという肩書を持ちながら会長という立場で各方面への連絡や行政手続きに目を通している。
学業との両立という課題はあるが、三人は交代で勤務しつつ、実務と経営の両方を学び取っていた。
法人は今後、公開株式制度の適用も視野に入れており、規模と収益のバランスを見ながら上場のタイミングを慎重に測っている。
──これは小さな芽かもしれない。だが確かに、未来の森へとつながる根が、静かに育ち始めていた。
*****
喧噪に包まれていたヴェステラの政庁も、朝の空気はどこか落ち着きを取り戻しつつある。
学生インターンたち──レーネ、ミュリル、ジルの三人も、それぞれの法人立ち上げを経て学院に戻り、学業と両立しながら再建の実務に取り組み続けていた。
その日、加賀谷は学院の一室で、老齢の学長と向かい合っていた。書棚に囲まれた静かな空間。だが話題は、未来へと熱を帯びていた。
「……彼らは、変わりましたよ。たった一夏で」
そう語る学長の口調には、驚きと誇りが混じっていた。
「レーネは言葉こそ少ないが、部下への指示が見違えるほど的確になりました。ミュリルは帳簿を見て、こちらの運営予算の構造まで整理してきたんですよ。ジルに至っては……次期入学説明会の広告まで勝手に作ってきましてな」
加賀谷は微笑を浮かべながら、窓の外――学院の中庭で新入生たちが魔導式の基礎訓練に励む姿を見やった。
「やっぱり、“現場で稼ぐ”ってのは強いですね。
あの三人は、もはや“学生”というより、“社会を作る側”に足を踏み入れつつある」
「まさに。いずれ後輩たちのロールモデルとなるでしょう」
「──なら、この街も、もっと大きくできる」
加賀谷の目がきらりと光る。
「ここを、“シリコンバレー”にするんです。才能と技術と資本が集まり、夢を形にできる街に」
“シリコンバレー”自体は聞き慣れぬ言葉だったが、学長は眼鏡の奥の目を細めて、懐かしむように呟いた。
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