魅了無効な転生令嬢は美貌の王子の淫らな溺愛に囚われる

吉川一巳

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1巻

1-2

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   ◆ ◆ ◆


 舞踏会の会場である大広間に入ったエルシーは、ほかの令嬢の格好を見てホッと安堵した。

(よかった。悪目立ちはしていない)

 招待客は全部で二十組ほどだろうか。皆、負けず劣らず煌びやかな装いをしている。
 また、エルシーは小説のヒロインに相応しい容姿の持ち主ではあるが、社交界にはハイレベルな美人が溢れている。

(権力者は綺麗な人と結婚するものね……)

 両親の遺伝で容姿端麗な子供が生まれ、財力でその容姿をさらに磨き込むのだから、ある意味当然かもしれない。
 会場内には、清楚系、可愛い系、妖艶系など、バリエーションに豊んだ美しい女性がそこかしこでさざめいていた。
 木を隠すなら森の中である。
 これなら立ち居振る舞いに気を付ければ、あまり目立たずに済みそうだ。

「エルシーは殿下には興味がないと言っていたけど、実際にお目にかかったら意見が変わるかもしれないよ。とても魅力的な方なんだ。気が付いたら目が惹き寄せられるんだよね」

 リチャードが話しかけてきた。

「そんなに素敵な方なんですね」
(それは抑えても漏れ出している魅了の魔力の効果だと思いますよ、お父様)

 エルシーは返事をしながら心の中で反論した。
 小説では、他人の注目を常に集めて全肯定されるのがレナードの日常と書かれていた。
 だからこそ彼の魅了の効かないエルシーは、彼にとって唯一のつがいのような存在になっていったのだろう。
 今年成人年齢である十八歳を迎えたばかりのエルシーにとって、この舞踏会が社交デビューだ。
 初めて王族に拝謁するのかと思うと緊張でお腹が痛くなってきた。
 小説の展開通りには絶対になりたくないのでなおさらである。


 リチャードに連れられて、ポーフォート伯爵家と関係の深い貴族に挨拶していたら、ファンファーレが響き渡った。王族の入場を知らせるものだ。
 会場内の全員が頭を下げる中、ゴードン二世とアイリス王妃、そしてレナードが入ってきた。

「皆、楽にしてほしい」

 ゴードン二世が声を発すると、全員が顔を上げ――吸い寄せられるようにレナードに注目した。
 初めて間近で見たレナードは、世間に流通している絵姿よりも煌びやかで周囲を圧倒するオーラがあった。
 金髪に紫の瞳という取り合わせが実に華やかである。
 また、顔だけでなく長身でスタイルもいい。
 気が付いたらエルシーも彼に見惚みとれていた。

(うーん、でも、目を逸らそうと思えば普通にできるわね……)

 ――ということは、やはり自分には特別な魔力があるのだろうか。
 いや、まだ断定はできない。小説には、彼の魅了の魔力が真の威力を発揮するのは至近距離で対面した時と書かれていた。

(おそらく順番に挨拶に来るはずだから、その時は気を付けないと)

 目を逸らすことができたとしても、やってはいけない。
 小説ではそれが原因でレナードの執着が始まるのだから。
 エルシーは小説の設定を改めて思い返して気合を入れた。


 国王の挨拶が終わると、レナードはエルシーの予想通り招待客に近付いて言葉をかけはじめた。
 エルシーはほかの令嬢の真似をして、ぼうっとレナードに見惚みとれているフリをする。
『魅了の王子と没落令嬢』の設定が頭の中にある状態で会場内を観察すると、誰も彼もがレナードに注目している光景はかなり異様に見えた。
 そして、彼が家格順に声をかけているのに気付いて、同情めいた感情が湧く。

(王子様も大変ね……。うっかり順番を間違えたら後が面倒臭そう)

 理由を邪推されたり陰で文句を言われたり、想像するだけでもゾッとした。

「エルシー、殿下はどうかな……?」

 リチャードがおそるおそる尋ねてきた。

「お噂通りとても素敵な方ですね……。もし選んでいただけたら嬉しいです」

 内心を隠してうっとりしている演技をしながら答えると、リチャードは誇らしげな表情をエルシーに向けてきた。

(普通男親って、こういう場面では面白くない感情になると思うんだけど……)

 リチャードは政治的な野心の薄い人物である。領地と家族を守れたらそれでいいという考え方の持ち主だ。
 そんな父がこういう反応を見せるということは、小説の設定通り、レナードが魅了の魔力を振りまいている証拠のように思えた。

(ごめんなさい、お父様。私、王子妃にはなりたくないです!)

 エルシーは心の中でリチャードに謝った。
 この舞踏会は、なかなか婚約者を決めようとしないレナードに、しびれを切らした国王夫妻が開催したものらしい。これという女性が見つからなかったら、魔力量と家格を総合的に判断して上位の令嬢が順当に選ばれるはずだ。
 ちなみに最有力の候補は、小説の中でエルシーのモブレイプを画策した宰相の娘である。


 ポーフォート伯爵家は招待客の中では末席のほうにあたる家柄なので、レナードがエルシーのところにやってくるまでかなり待たなければいけなかった。
 その間、エルシーは再び父から親しくしている貴族を紹介される。
 この場にいる令嬢は、王子だけでなく未婚の貴公子にとっても、身元や魔力量が保証されたお嫁さん候補である。
 エルシーの場合、弟がまだ幼いのでエスコート役は父だが、未婚の近親者がいる家の令嬢は若い青年にエスコートされていた。
 いわば婚活パーティ状態なので、自然とエルシーも気合が入る。

(どなたか良さそうな人……!)

 小説の展開から逃げ出す一番の方法は、さっさと別の人と結婚することだ。
 エルシーは、ほかの令嬢の態度を真似してレナードの動向を確認しながら、父が紹介してくれる男性達を品定めした。
 相手からもこちらを値踏みするような気配を感じるが、お互い様なので気にならない。
 そうこうしているうちに、レナードがこちらに近付いてきた。

(やだ。もう来ちゃった)

 エルシーは慌てて夢見る乙女の顔を作ると、レナードにうっとりした視線を向けた。

「こんばんは、リチャード殿」

 まずレナードは、すでに面識のある父に声をかけてきた。

「お声がけいただきましてありがとうございます、レナード殿下。紹介します。娘のエルシーです」

 リチャードは陶然とした笑みをレナードに向け、エルシーを彼に紹介した。

「初めまして、エルシー嬢」
「はっ、初めまして、レナード殿下。お会いできて光栄です……!」

 返事をしながら、エルシーは落胆した。
 全然余裕で目を逸らせる。
 レナードを見ても『目の保養になる』という感想しか出てこない。
 やはり小説の設定通り、彼の魅了はエルシーには効果がないようだ。

(……ということは、私にはやっぱりすごい魔力があるのね)

 ――ならば、その事実は墓場まで持っていかなければ。
 エルシーは決意を新たにした。

「リチャード殿がよくエルシー嬢の自慢をしていたから、すでに会ったことがある気がします。ポーフォート紙の考案者はあなただと聞きました。俺も愛用しています」

 レナードはエルシーに微笑みかけてきた。

(お父様の馬鹿! 余計なことを……)
「わ、私は思いつきを口にしただけなんです。すごいのはそこから試作品に向けて動いてくれた父です」

 エルシーはリチャードを呪いながら答えた。
 回答自体は本心だ。
 子供の駄々に近いおねだりを真剣に受け止めて、よく実現してくれたものだと思う。
 エルシーの発言をまともに取り合わない親だったら、ポーフォート紙は製品化できていないし、没落も避けられなかったかもしれない。

「エルシー嬢は謙虚ですね。模倣品が出回った時にウェットポーフォート紙を発案したと聞いていますが……。どうやら商才があるようだ」
「そっ、そんなことはありません! すごいのはやっぱり実用化に向けて動いてくれた人達で……」

 ウェットポーフォート紙――ウェットティッシュである。
 こちらも模倣品が出回りはじめたので、そろそろローションティッシュの提案をしようかと思っているところだ。

(どうしよう。没落を避けるための行動のせいで、もしかして私、目を付けられた……?)
「ご趣味は何ですか?」
「刺繍です」
「どんな作品を作られるんですか?」
「ハンカチに家紋を入れたり、庭の草花をモチーフにしたり……」

 エルシーはできるだけ平均的な令嬢に寄せた面白みのない回答を心がけた。

(お願い、早く解放して……)
「――今日は招待に応じてくださってありがとうございました。楽しんでいってください」

 祈りが通じたのか、ようやくレナードは次の令嬢に向かってくれた。

(無事切り抜けられたということでいいのかな……?)

 エルシーは残念そうな表情を作って彼の背中を見送りながら、心の中で胸を撫で下ろした。


   ◆ ◆ ◆


 招待客全員がレナードと会話を交わし終えたタイミングで、一曲目のダンスが始まった。
 レナードがファーストダンスの相手に選んだのは、宰相の娘、フィオナだった。
 彼女は銀髪に水色の瞳を持つ、氷の精霊のような美女である。
 正統派の王子様であるレナードと並んだ姿はとてもお似合いだった。
 フィオナは微かに頬を染め、嬉しそうにレナードとワルツを踊っている。レナードもまんざらではなさそうだ。
 それを見て、エルシーは本格的に安堵した。

(よし、これでひとまず今日のミッションは成功よ!)
「これは順当にフィオナ嬢で決まりかな……。残念だったね、エルシー。ポーフォート紙の話をしている時はいけるかもと思ったんだけどな……」

 リチャードはがっかりとした表情で肩を落とした。

「お父様、私は気にしていません。嫁ぎ先はお父様が良い方を探してください。できれば優しくて誠実で、頻繁に里帰りをしても嫌な顔をしない人がいいです」
「わかったよ、僕の可愛いお姫様。僕もエルシーに会えなくなるのは嫌だからね」

 自分でも一応は探してみるが、見つけられなかった時はリチャードに頼るつもりだった。
 父はエルシーを溺愛しているから、変な男に嫁がせようとはしないはずだ。
 貴族の娘として、自由に結婚できないことはわかっている。

(男性を見る目にはあまり自信がないのよね……)

 曖昧な前世の記憶を探っても、登場するのは家族や女友達ばかりなので、おそらく特別な関係の異性はいなかったのではないかと思う。

「そんなことよりもお父様、私をダンスに誘ってください! ファーストダンスは、できればお父様と踊りたいなと思っていたんですから」
「あ、ああ。じゃあ踊ろうか、エルシー」

 リチャードは意表を突かれた表情をしたが、すぐに笑みを浮かべてエルシーに手を差し出した。
 エルシーは今世の家族が大好きだ。前世を思い出してからはよりその感情が強くなった。
 かつて両親よりも先に病魔に倒れて悲しませたことが、心の中に棘のように突き刺さっている。
 今世の母親は残念ながら早くに亡くなってしまったけれど、その分もリチャードを大切にするつもりだ。
 エルシーは父に向かって微笑みかけると、差し出された手を取った。


   ◆ ◆ ◆


 豪奢なシャンデリアに高名な芸術家の手による美術品、調度品は言うに及ばず、王宮の大広間はこれでもかというくらいに煌びやかだ。
 レナードがフィオナと一緒にいてくれるおかげで、ようやくエルシーは周囲を見渡す余裕ができた。

(シンデレラの舞踏会はこんな感じだったのかな?)

 ダンスのパートナーは王子様ではなくて父親だけど、リチャードは身内の贔屓目を差し引いても普通に格好いいし、何度も練習相手を務めてもらったから気心も知れている。
 父とのダンスは足を踏んでも笑って許してもらえる。失敗を恐れる必要もなく、のびのびと踊れるからとても楽しかった。

「そろそろいいかな、お姫様」

 二曲連続で踊ったところで、リチャードは許しを乞うてきた。

「はい、とてもいい思い出ができました」

 エルシーはにっこりと微笑みかけた。
 そして、父のエスコートを受けて壁際へと移動する。
 しかし、その途中でリチャードが頭を押さえた。

「お父様?」
「すまない、少し目眩が。酔いが回ったかもしれない」
「大丈夫ですか?」

 そういえば顔見知りへの挨拶回りの時に、リチャードはアルコールを口にしていた。
 エルシーを褒められて嬉しくなり、いつもより多く飲んでいたかもしれない。
 よく見たら父の顔は全体的に普段よりも赤かった。

(もう、お父様ったら……)

 さっさと何事もなく帰りたいエルシーにとっては予想外のハプニングである。
 苦情を申し立てたい気分だったがぐっと我慢し、エルシーは父の背中に手を回した。
 すると、すぐに異変を察知した王宮の男性使用人が声をかけてきた。

「どうかなさいましたか?」
「少し酔いが回ってしまったようです」

 エルシーが答えると、使用人は眉をひそめた。

「それはいけませんね。休める場所にご案内します」
「お父様、歩けますか?」
「ああ」

 リチャードは頷いた。
 エルシーは彼の背中に手を添えたまま、使用人の先導に従った。
 案内されたのは大広間を出てすぐの部屋だ。

「こちらはゲストの休憩用にご用意している部屋です。どうぞゆっくりとお過ごしください」
「ありがとう」

 エルシーは礼を言うと、リチャードをソファに座らせた。
 使用人が室内にあらかじめ設置している水差しからグラスに水を汲み、リチャードに差し出しながら声をかける。

「念のため、医師を呼びましょうか?」
「いや、少し休めば回復すると思う」

 リチャードは力なく微笑むとソファに背中を預けた。

「では、何かございましたらベルでお呼びください」

 王宮の使用人はそつがない。綺麗に一礼すると部屋から出ていった。
 室内は魔道具の暖房が効いていて暖かかったが、少し空気がこもっているような気がした。
 魔道具とは、魔力を動力とする便利な道具のことである。そのおかげで現代日本ほどではないが、こちらの生活は案外快適で文明的だ。特に入浴の習慣があってトイレが清潔なのは、元日本人の感覚を持つエルシーには幸運だった。

「お父様、少し換気しますね」

 エルシーはリチャードに声をかけてから、窓際に移動した。
 少しだけ窓を開けると、ひんやりとした空気が室内に入ってくる。
 だが、同時に――

「嫌っ! 離して兄様!」
「うるさい!」

 バチン!
 そんな声と音が聞こえてきて、エルシーは目を見張った。
 よく見ると、窓の外にある茂みの向こう側に、女性にしかかっている男の姿がある。

「何やってるの!?」

 エルシーは気が付いたら声を荒らげていた。
 直後、背後からベルの音が響き渡った。
 驚いて振り返ると、リチャードが使用人を呼ぶためのそれをかき鳴らしていた。
 すると視界の端に、庭木の狭間から逃げていく人影が見えた。

「この……!」

 エルシーはカッとなって反射的に魔力を練り上げ、《魔力弾エナジーボール》の術式を構築すると男に向かって放出した。
 純粋な魔力を弾丸として射出するこの魔術は、誰もが習得している基本の攻撃魔術だ。治癒魔術を中心に習得する女性であっても護身のために学ぶ。
『学ぶことを許されている』と言い換えるほうが正しいだろうか。
 こちらの世界の人には、戦いは男性の役目という強い意識があり、女性が高度な攻撃魔術を習得しようとすると『女の癖に』と異端者を見る目を向けられるのだ。
 エルシーは小説の展開を避けられなかった時に備えてしっかりと攻撃魔術を学びたかったが、目立ちたくなかったので断念した。
 だから代わりに《魔力弾エナジーボール》を極めることにした。
 術式の構築速度や威力、命中率を上げるために根気よく練習を繰り返したのである。
 その成果が出たのか、瞬時に構築して放った《魔力弾エナジーボール》は、狙い通り逃げていく男に命中した。
 男はもんどりうって地面に転がる。

「どうかなさいましたか!?」

 同時に、室内に複数人の使用人が飛び込んできた。
 リチャードが激しくベルを鳴らしたから、ただならぬ気配を察したのだろう。

「すぐそこで女の人が男に襲われていました。大きな声を出してベルを鳴らしたら男が逃げたので咄嗟に《魔力弾エナジーボール》を……」

 事情を使用人に説明しながらエルシーは青ざめた。

(まずいわ。やりすぎたかも……)

 頭で考えるよりも先に体が動いていたので、威力の調整ができなかった。

(あんまり魔力は込めてないのよね。たぶん吹っ飛ばしちゃっただけだと思うんだけど……)

 命さえあれば治癒魔術で治せるとはいえ、大怪我をさせたかもしれないと思うと急に恐ろしくなった。


   ◆ ◆ ◆


 その後、わらわらと駆け付けてきた使用人やら近衛兵によって、外で何が起こっていたのか明らかになった。
 襲われていた女性は、レナードのファーストダンスの相手を務めたフィオナ・ライセットだった。
 彼女を襲ったのは、エスコート役を務めていた青年だ。フィオナは父親の都合が付かなかったので、キース・ライセットという名の父方の従兄と今日の舞踏会に参加していた。
 キースは、フィオナがレナードの最有力の妃候補とはわかっていたが、ずっと彼女を想っていたらしい。そしてレナードがなかなか相手を決めようとしなかったので、このままフィオナは選ばれないのではないかと期待を募らせていた。
 しかし、今日の舞踏会でほかに良い女性が見つからなかったのか、レナードは順当にフィオナをファーストダンスのパートナーに選んだ。
 その姿を見て、どうしても気持ちを抑えられなくて凶行に及んだそうである。

「エルシー嬢が気付いて助けてくださらなかったら、どうなっていたか……ありがとうございます」

 震えながらエルシーに感謝するフィオナの姿は、元がとても綺麗なだけに痛々しかった。
 叩かれた頬が腫れ上がっているし、ドレスは胸元が引き裂かれている。

「いえ……。できればお怪我をする前にお助けできればよかったんですけど……」

 エルシーの発言に、フィオナはハッとした表情になった。

「お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」

 謝罪すると、彼女は自身に治癒魔術を使った。

「見苦しいだなんて……。大事に至らなくて本当によかったです」
(性犯罪者はあそこがもげればいいのよ)

 エルシーは心の中でキースを罵倒した。
 彼はエルシーの魔術で吹き飛ばされ、悶絶しているところを近衛兵に捕縛された。
 命に別状はなく、背中にかなり大きな痣ができただけで済んだようだ。
 エルシーはホッとした一方で落ち込んだ。

(無駄に目立ってしまったわ……)

 肩を落とした直後だった。

「フィオナ嬢が襲われたというのは本当なの?」

 室内がざわついたかと思うと、よく通る女性の声が聞こえてきた。
 そして唯一の出入り口であるドアからエルシーとフィオナがいる場所まで、すっと人が道を開ける。その向こう側に立っていたのはゴードン二世の配偶者でレナードの母親――アイリス王妃だった。
 王妃は真っ直ぐにこちらにやってくると、フィオナに声をかけた。

「フィオナ嬢、大変な目に遭ったと聞きました」
「いえ……。あの、すぐにそちらのエルシー嬢が助けてくださったので……」

 フィオナはドレスの破れた箇所を腕で隠しながらエルシーに視線を向けた。

「それも聞いているわ。魔術で逃げる暴漢の足止めをしたそうですね」

 王妃もエルシーに視線を向けた。

「勇敢なのね。こんなにも可愛らしい方なのに……」
「えっと、無我夢中で……。恐縮です」
「エルシー嬢がこちらのお部屋にいらっしゃらなかったらと思うと、ぞっとします」

 王妃だけでなくフィオナからも賞賛の目を向けられ、エルシーはこの場から逃げ出したい気持ちに駆られた。
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