魅了無効な転生令嬢は美貌の王子の淫らな溺愛に囚われる

吉川一巳

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1巻

1-3

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   ◆ ◆ ◆


 まだ舞踏会は続いていたが、会場に戻るつもりにはなれなかったので、エルシーとリチャードは一足先に帰らせてもらうことにした。

「酔っ払ったせいであちこちに迷惑をかけてしまったけど、結果的にはよかったのかな」

 馬車の停車場に向かう道すがら、リチャードはぽつりとつぶやいた。
 父の酔いはいつの間にかすっかり醒めたようで、しっかりした足取りで歩いている。

「お父様のおっしゃる通りだと思います。私達があの部屋にいなければ、フィオナ嬢を助けられませんでした」
「……エルシーが不審者に立ち向かったのは勇敢だったけど、父親としては叱らないといけないな。一歩間違えたらこちらが襲われていたかもしれない」
「はい。確かにその通りだと思います」

 エルシーは眉を下げた。
 あの場合、人を呼びに行くのが正解だったと思う。カッとなって手を出したのは、今思い返してもよくなかった。

「立派だったとは思うよ。よくあの暗闇の中で魔術を当てられたね」
「たまたまです。私も命中するとは思いませんでした」

 謙遜しながら建物の外に出ると、雨が降っていた。

「エルシーはここで待っていて。馬車を回してもらう」

 リチャードはそう告げると、ポーフォート伯爵家の馬車を目指して走っていった。
 エルシーはありがたく屋根のある場所で待たせてもらう。

(さむ……)

 秋口とはいえ、夜になるとぐっと気温が下がる。天候が悪いとなおさらだ。
 エルシーはぶるりと震えた。
 その時だった。誰かが近付いてくる足音が聞こえてくる。
 エルシーは音の方向を見て反射的に顔をしかめた。

(王子!? 何で……?)

 足音の主はレナードだった。

「間に合ってよかった!」

 彼はそう言いながら小走りで近付いてきた。
 エルシーは慌てて表情を取り繕った。

「レナード殿下、どうしてこちらに……?」
「母から庭で起こったことについて聞きました。せっかくお越しいただいたのに、不快な思いをされたのではないかと気になりまして……」
「気にかけていただいてありがとうございます。不快な思いはしておりませんのでご安心ください。フィオナ嬢を助けられたので、本当によかったと思っています」

 王宮で起こった事件だから、王家の監督不行き届きと言えるのかもしれない。
 アイリス王妃からも似たような言葉をかけられたが、偉い人から頭を下げられるといたたまれない気持ちになる。

「もしよろしければ、日を改めて王宮にお二人をお招きしてもいいでしょうか? ちょうど秋薔薇あきばらが見頃なんです」
「まあ、本当ですか? 嬉しいです!」
(か、関わりたくないのに……!)

 エルシーは喜ぶ演技をしつつ返事をしたが、心の中で悲鳴を上げた。
 そこにリチャードを乗せたポーフォート伯爵家の馬車がやってくる。

「殿下? どうしてこちらに……」

 馬車から降りてきたリチャードは目を丸くした。

「リチャード殿。エルシー嬢とあなたに謝罪をしようと思い、見送りに参りました。それと、今日の埋め合わせになるかどうかはわかりませんが、お二人を改めてこちらにお招きしたいと思いまして。エルシー嬢は今日がデビューですよね? 事件に巻き込んでしまったことが申し訳なくて」

 レナードの発言を聞いたリチャードはぱあっと顔を輝かせる。

「よろしいのですか? ぜひ!」
(そ、そうなるわよね。普通に考えたら……)

 エルシーは顔を引き攣らせた。



   第二章 秋薔薇あきばらの庭園


 舞踏会の翌日、レナードは約束通り、リチャードとエルシー宛てに王宮への招待状を送ってきた。

「日中のティーパーティーだし、僕は遠慮するよ」

 リチャードが余計な気を回してくれたせいで、エルシーは一人で出かける羽目になった。

(お父様の馬鹿! 禿げちゃえ! いえ、禿げは駄目だわ。お父様には素敵な老紳士になってほしいもの……。次に爪を切る時に深爪になりますように……)

 エルシーは心の中でリチャードに呪いをかけながら出かけた。
 王宮に着くとレナードが玄関ホールで待機しており、にこやかに声をかけてきた。

「こんにちは、エルシー嬢」
「レナード殿下、お招きくださいましてありがとうございます」

 エルシーは恍惚とした表情を作ると、レナードに向かってお辞儀をした。

「先に庭を案内しようと思っているんですが、いかがですか?」
「はい。ぜひお願いします」

 エルシーは差し出されたレナードの腕に手を添えた。
 リチャード以外の男性からエスコートされるのは初めてである。エルシーは緊張しながら彼に付いて歩く。

(背、高い……。それにいい匂いもする……)

 レナードからは爽やかな香りが漂ってきた。

(いや、この顔で悪臭が漂ってきても困るんだけど……)

 彼は今日も大変麗しい。
 煌めく金髪にアメジストのような紫の瞳という華やかな取り合わせもさることながら、顔だけでなく体つきも、女子の理想を詰め込んだかのような姿をしている。フロックコートがよく似合っているが、彼が身に着ければたとえ庶民の作業服でも格好良く見えるに違いない。

(観賞用としては最高よね……)

 仮に彼に選ばれたとしても、美形すぎて気後れする。
 改めて至近距離でレナードを見ても、そういう感情しか浮かばない。
 エルシーにはやはり彼の魅了の魔力は効かないようだ。
 そして、やっぱり小説の展開通りになるのはごめんだと改めて思った。
 だが小説には、彼との距離を詰めていくエピソードの中に庭園でのデートがあった気がする。

(まさか強制力が働いているなんて……、ないわよね)

 前世のエルシーは闘病中に小説や漫画を読みふけった。
 その中には、ゲームの世界に転生した主人公が悲惨な運命に抗おうと奮闘するが、どんなに頑張っても謎の力が働いて、シナリオ通りになってしまうというストーリーもあったはずだ。

(そんなの嫌だ! ホラーじゃない!)

 エルシーはぞくりとして身を震わせた。
 するとレナードが声をかけてくる。

「大丈夫ですか?」
「あ……、申し訳ありません。少し悪寒が……」
「それはいけませんね。室内で過ごしますか?」
「いえ、せっかく秋薔薇あきばらが見頃だと教えていただいたので……。できれば拝見したいです」
(室内で過ごすより外のほうがマシな気がする)

 そう思ったので、エルシーは庭園での散歩を選択した。


   ◆ ◆ ◆


 王宮の薔薇ばら園はとても見事だった。
 アーチ状に仕立てた薔薇ばらが庭園のゲートのようになって、そこをくぐると色とりどりの薔薇ばらが咲き乱れている花壇が現れる。
 中央には大きな噴水があり、水面には白とピンクの薔薇ばらの花弁が浮かべられていた。

「噂には聞いていましたが素晴らしいですね! 連れてきてくださってありがとうございます」

 演技ではなく自然に笑みが零れた。

「王宮の思い出が少しでもいいものに変わってくれたらと思ったんですが、お誘いしてよかったです」

 レナードはにっこりと微笑みかけてきた。

「舞踏会の時のことなら嫌な思い出にはなっていませんよ? 父と踊れましたし、お食事も美味しかったので。純粋に嫌な思いをされたのはフィオナ嬢かと……」
「そうですね。王宮の警備に不備があったせいで、彼女には怖い思いをさせてしまいました。衝撃のあまりの大きさに臥せってしまわれたそうで、気持ちが落ち着いた頃を見計らって手紙を出そうかと思っています」

 レナードは眉を寄せた。顔が良いので、そんな憂いを含んだ表情も麗しい。

「キース・ライセットは、貴族籍からの除籍とライセット侯爵の管理下で幽閉されることになりました。思いつめたとはいえ、愚かな真似を……」
「私もそう思います。王宮のような場所で女性に暴行しようとするなんて」
「いっそ人目に触れればいいと思ったらしいです。傷物という噂が立てば、まともな嫁ぎ先は望めなくなる。どうやらかなり精神的に追い詰められていたようですね……」
「酷い……」

 エルシーは絶句した。
 すると、レナードが眉を下げて力ない笑みを向けてくる。

「彼のことは一旦忘れて散策を楽しみませんか?」
「そうですね。せっかく殿下にお誘いいただきましたから」

 エルシーはレナードに同意した。
 確か小説では、普通に会話のキャッチボールが成立したことで、レナードはエルシーに魅了が効かないのではないかという疑惑を深めていったはずだ。
 ほかの令嬢は、魅了の魔力の影響で彼の全てを肯定してしまうため、会話が噛み合わないらしい。
 だからこそ、まともに話ができる家族以外の女性に驚き、レナードはエルシーに興味を持つようになる。

(レナード王子はすごく可哀想な人なのよね。それに推せるキャラクターだった)

 魅了の魔力のせいで幼少期は酷い目に遭い、成長後も自分を持ち上げる人ばかりに囲まれる。
 歪んでもおかしくない生育環境の割に、両親や姉から深い愛情を注がれたおかげか、レナードは優秀で真っ直ぐな青年に育った。
 しかし家族以外の誰も信用できないという孤独を抱えていて――小説のエルシーは、それを埋める存在として描かれていた。
 だから、レナードに魅了されている演技をするとチクリと心が痛む。

(でも、私は小説のエルシーじゃないのよね……)

 前世の記憶を思い出した時から、エルシーは何も知らない子供ではなくなった。
 汚さや狡さも持ち合わせる大人に変わってしまったのだ。
 レナードは素敵だと思うし、小説通りに立ち回れば彼が手に入るのかもしれないが、そうなった時に周囲から向けられるであろう嫉妬が怖すぎる。

(王子みたいに煌びやかな男性は遠くから拝見するのがちょうどいいのよ。だからごめんなさい)

 心の中で謝りながら、エルシーはレナードの隣を歩いた。


 庭園を見終えた後は、サンルームにアフタヌーンティーが準備されていた。
 どうもこの小説の世界観は近代のイギリスを参考にしているらしく、人名やら食べ物やらに何となくそういう雰囲気が漂っている。
 午後にお茶を楽しむ文化もその一つだ。
 そのおかげでこの国は紅茶とスコーンがやたら美味しいのだが、王宮のものは格別だった。

「そこから見えるブランコ、実は二代目なんですよ。一代目は子供の時の俺があまりにも激しく揺らしたせいで壊してしまいまして」
「子供の頃の殿下! きっと元気でお可愛らしかったでしょうね」
「いえ、くだらない悪戯ばかりして母や乳母を困らせる子供でした。市井しせいの言葉で表現するなら悪童です」
「まあ……。でも、そんな姿も愛らしくて素敵だったのではないかと思います。もし時間が遡れるなら、その時の殿下にお会いしてみたいです……」

 全肯定を心がけながらの会話はとても疲れるので、甘いものが身に染みる。

(このスコーン超美味しい。クロテッドクリームと合う……)

 エルシーはにこにことレナードの話に相槌を打ちながら、はしたなく見えないように気を付けて軽食を口に運んだ。


「――そろそろお開きにしましょうか」

 訪問から一時間半くらい経過した頃だろうか。
 会話が途切れたタイミングで、ようやくレナードが面会の終わりを宣言してくれた。

「はい。とても名残惜しいですが……」

 エルシーはしょんぼりとした顔を作る。すると――

「では、また誘ってもいいですか?」

 レナードがそう発言したので、ギョッとして目を見張る。

「駄目でしょうか?」
「いえ! あの、驚いてしまい……。殿下にまた誘っていただけるなんて、思ってもみなかったので嬉しいです」

 エルシーは慌てて笑みを浮かべると取り繕う。

「本当に、本心からそう思ってくれていますか?」
「えっ」

 さらなる問いかけにエルシーは固まった。

(いけない)

 二連続で意表を突く質問をされて、思わず驚いた顔をしてしまった。
 レナードの透明感のある紫の瞳は、何かを探るようにこちらを見つめている。
 エルシーはその視線に気圧されながらも、どうにか言葉を紡ぎ出した。

「も、もちろんです。殿下から誘っていただけるなんて、とても光栄です……」
(まずい。これ、絶対に不自然だ)

 青ざめるエルシーに向かって、レナードは口角を笑みの形に釣り上げた。

「本当は乗り気ではないのに承諾したのは、俺の身分のせいですか?」
(あ、駄目だ。バレてる)

 エルシーは察した。

(どうしよう。どう答えるのが正解なの……?)

 あわあわと焦りながら回答を考える。

「も、申し訳ありません……。レナード殿下が嫌なのではなくて、周りの方の視線が怖くて……。殿下は女性にとって憧れの対象ですから……」
「なるほど、だから時々あんな表情を」

 どうにか答えを搾り出すと、レナードは納得したようにつぶやいた。

「私、そんなに変な顔をしていましたか?」
「そうですね。幾度か顔が引き攣っていました」

 レナードの答えにエルシーは目の前が真っ暗になった。
 いろいろと作戦を立てて実行しても、肝心の演技力が大根だと何の意味もないといまさらながらに気付いたのだ。

「あの、心にもない行動や発言をしていたことは謝罪いたします。殿下に対して失礼でした」

 こうなったら正直に謝ろうと思い、エルシーは頭を下げた。

「……謝らなくていいです。エルシー嬢の立場になって考えれば、嫌でも応じるしかなかったというのは理解できます」

 レナードは眉を下げて微笑んだ。

「嫌だとまでは思っていません。ただ恐れ多くて……。とはいえ、不快な思いをさせてしまって申し訳ございませんでした」

 改めて謝ると、レナードは大きなため息をついた。
 それから改めて口を開く。

「謝罪はいらないと言いました。……ですが、嫌ではなかったと言ってくださって少し安心しました。もしエルシー嬢がよろしければ、まずは友人になってもらえませんか?」
「友人……、ですか……」
「はい。実は、親族以外の女性からこのような反応を向けられるのは初めてなんです。だからあなたに興味が湧きました」
「…………」
(そうよね、そうなるよね……)

 沈黙しながらエルシーは考えた。
 レナードにとってエルシーは、魅了の魔力が効かない唯一の存在である。興味を持たれて当然だ。

(だけど友人って! この国じゃ無理! 友人イコール未来の王太子妃って見なされちゃう)

 前時代的なこの国では、未婚の男女が一緒に過ごすだけで深い仲だと誤解されかねない。
 また、エルシーには素直に頷けない理由がもう一つあった。
 このまま友人になったとして、魅了の魔力が効かない原因を調べられたら、エルシーが持っているであろう潜在魔力がバレてしまう。
 そうなったら芋づる式に、エルシーはレナードと婚約しなければいけない状況に追い込まれる。高い魔力を子孫に引き継ぐことは、王族や貴族にとっての義務なのだ。

「あの、できればお許しいただけますと……。殿下と特別親しくなれば、いろいろな方から恨まれてしまいます……」
「そういえば、さっきも同じようなことをおっしゃっていましたね。あなたが嫌な思いをしないよう、最大限配慮します。それでも駄目ですか?」

 エルシーはおずおずと申し出てみたが、レナードは食い下がってくる。

「私には殿下の友人という立場は恐れ多く存じます。どうかご容赦ください」

 もう一度断ったらレナードの顔から表情が消えた。
 無機質な紫の眼差しを向けられて、エルシーの背筋が冷える。

「……困ったな。君は案外物わかりが悪い」

 レナードの雰囲気ががらりと変わったので、エルシーは大きく目を見開いた。

「残念だけど、王太子である俺が望めば、大抵の願いは叶えられてしまうんだよね」

 レナードの発言にエルシーは唖然とした。

(待って、小説のレナード殿下ってこんなキャラだったっけ……?)

 優しく穏やかな性格で、魔力だけでなく身体能力にも優れた非の打ちどころのないハイスペック男子だったはずだが、今の彼は酷く冷たい表情をこちらに向けてくる。

「そういうご発言は卑怯です……」

 エルシーが呆然としながらつぶやくと、レナードは顔を歪めた。

「そうだね。自分でも卑怯だと思う。だけど、こちらにも君を逃がしたくない事情がある」
(事情……?)

 エルシーは警戒心をあらわにしてレナードを見つめた。

「俺が歴代の王族の中でも、かなり高い魔力を持って生まれてきたことは知ってるかな?」
「はい。有名ですから」
「その魔力には副作用のようなものがある。魅了の魔力と言えばわかりやすいかな? 本人の意思とは関係なく、常に人を惹きつけてしまうんだ。幸い血の近い両親や姉には効かなかったから、一人で悩まずには済んだんだけどね」
(えっ、今ここでその話をするの……?)

 エルシーはあんぐりと口を開けた。
 小説では、レナードがエルシーに魅了の魔力について明かすのは、もっと関係が深まってからだった。砕けた口調に変わるタイミングも同様だ。

「昔と比べると、今はかなり抑えられるようになってマシにはなったけど、他人は基本的に俺に逆らえない。だけどエルシー、君には俺のその魔力が効かないみたいだ。反抗できるのがその証拠。そういう女性に会ったのは初めてなんだ」

 レナードは一気にそう告げると、自嘲めいた笑みを浮かべた。

「あ、一応他言無用で。俺の魔力の特性については、限られた人間しか知らないから。情報が漏れた場合は、相応の対処をすることになる」
「相応の対処って……」
「そうだな……。君には大嘘つきになってもらおうか」

 そう告げるとレナードはいい笑顔を浮かべた。

「普段は制御している魅了の魔力を解放すれば、人を操るなんて簡単なことだ。だけどこの能力のせいで俺は嫌な思いをさんざんしてきたから、できればやりたくない」

 明らかな恫喝にエルシーは青ざめた。
 一方でレナードは興味深そうにこちらの顔を覗き込んでいる。

「本当に俺の魔力が効かないんだね。他国の王族でもこの魔力には抗えなかったのに。どうして君にはこの魔力が効かないのか、人としても魔術研究に関わるものとしても興味があるな」
(ですよね……)

 エルシーは顔をしかめた。

「友人になってくれるよね?」

 レナードが再び尋ねてきた。

「……はい」

 渋々承諾すると、レナードはさらに爽やかな笑顔を浮かべた。
 一方でエルシーの心中は絶望感でいっぱいだった。


   ◆ ◆ ◆


 レナードの招きを受けて王宮を訪問した二日後――
 エルシーはリチャードと一緒にライセット侯爵家のタウンハウスへと向かった。
 フィオナの両親である侯爵夫妻から、お礼をしたいと招待されたのである。
 レナードからも聞いたが、舞踏会の日からずっと、フィオナは精神的に参って臥せっているらしい。
 彼女のお見舞いも兼ねて招待を受けたものの、エルシーは緊張していた。
 ――というのもライセット侯爵は現在宰相職にあって、『魅了の王子と没落令嬢』において、エルシーを誘拐してっさんをけしかけた人物なのだ。
 ライセット侯爵邸に到着すると、すぐに侯爵夫妻が待つ応接室へと通された。

「本来ならこちらから出向かねばいけないのに、お越しいただいてありがとうございます」
「言い訳になってしまうのですが、お礼に伺える状態ではなくて」
「あなた方があの子に気付いてくださらなかったらどうなっていたか……。感謝してもしきれません」

 侯爵夫妻は口々にそう告げると、揃って深々と頭を下げた。

「お二人とも頭を上げてください! 私達は当然のことをしたまでです」

 リチャードが侯爵夫妻に声をかけた。
 エルシーも持参した花束を差し出す。

「あの、こちらをフィオナ嬢に……」
「ありがとうございます。喜ぶと思います。あの子、エルシー嬢が助けてくださった話をする時だけ、明るい顔をするんです」

 夫人は目尻をハンカチで拭いながら力なく微笑んだ。

「フィオナ嬢のお加減はいかがですか……?」
「それが精神的にとても参ってしまっていて……」

 夫人は言葉を詰まらせた。
 その時である。廊下からこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。

「お待ちください、お嬢様!」

 そんな声が聞こえた直後、応接室のドアが勢いよく開いて女性が飛び込んできた。
 銀髪に水色の瞳の美女――フィオナ・ライセットだった。
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