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第1部 目指せゲームオーバー!

第22話 クトとナッシュの実力

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 まさかのクト本人も、自分がメスだと知らなかった。
 あー、いや、人じゃないから本人ほんにんじゃなくて本兎ほんと……あーもう、面倒めんどうくせぇ。

「自分メスって知らなかったのかよ……」
「だ、だって、自分がオスかメスかなんて、あんま考えないじゃん!」

 ……まぁ確かに。
 言うてオレも、自分は生物学上オスだ! って常に考えながら生活とかしていないか。

「え、メスってことは、おれ自分のことおれって呼ぶのやめた方がいい? オ、オイラとかって呼んだ方がいいかな!?」

 途端にクトがあわて出した。
 これまでの常識が音を立てて崩れていくショックに襲われているらしい。
 いや、なんで女性っぽい一人称の候補こうほ1発目がオイラなんだよ。
 私か、せめてボクであれ。
 小さく息を吐いて、ドルーオが切り替えつつ話をまとめた。

「……まぁ何はともあれ、魔界に向かいつつカイヌ氏を探すということで、話はまとまったぞ」
「分かりました。クト、一緒に飼い主さん探そうね」
「飼い主さん、見つかるといいね!」
「……うん、そうね。飼い主のカイヌ氏ね……」
「あァー! カイヌシカイヌシうるっせぇわァー!!」

 ◇

 翌日、オレ達は早起きして出発した。

『ここまでの移動ペースで計算するとォ、明日それなりに頑張って進みゃァ、夜にはそこそこデカい街に着けるはずだァ』

 昨日の夜、ナッシュがそう言っていた。
 だから今日は頑張って移動して、そのそこそこ大きい街で休む予定だ。
 
「……んっ?」

 ふと、耳をピクリと動かして、クトが振り向いた。
 視線を彷徨さまよわせつつ鼻をひくつかせると、自信たっぷりに一方向を指差して言う。

「あっちから鳥来るぞ、3羽!」
「あァ? 鳥だァ?」
「そんなもん見えねぇけど……」

 うたぐるナッシュとオレだが、数秒後にはクトが指した方角から3つの魔力を感じられるのだから驚きだ。
 そこからさらに数秒後、オレ達の視界に姿を現したのは、二足歩行の鳥だった。それもしっかり3羽。
 いわゆる鳥人バードフォークってやつだ。
 見た目はわしだが、先頭を走る1羽は長槍ロングスピアを握っている。翼の先端を、人間の指のように動かせるらしい。
 オレが元いた世界のウサギも聴覚と嗅覚が鋭いが、疾駆兎ラピッドラビットのそれは輪をかけて高感度らしい。
 そのとき、クトが飛び出した。
 鳥人らを置き去りにするスピードで駆け、右手から青緑色の光球を発射した。

「風魔法!? あいつ魔法使えんの!?」
「何言ってんだァ。自然魔法は人族以外に魔獣も使えるぞォ」

 そう言われ、オレはクトの体に意識を集中させた。
 二足歩行ウサギは、風魔法で足止めした鳥人達の周囲を高速で走り回っている。
 クトが描く円環の中で、鳥人は右往左往うおうさおうしている。クトのスピードに、意識が追い付かないらしい。
 瞬間、クトが円環の内側に切り込み、手近な鳥人にラッシュを仕掛けた。
 高速でパンチとキックを繰り出し、相手の姿勢を崩すや即座に円軌道ダッシュに戻る。
 相手の意識を置き去りにしたらラッシュし離脱する、高速・変則のヒットアンドアウェイ戦法。
 じっと様子を見ていると、クトの体の表面に風魔力を感じた。

「スリップストリーム的な感じか……?」
「スリップ……? なんだ、それは?」

 独り言をばっちり聞かれてた。
 質問してきたドルーオだけでなく、他の4人もこっち見てる。
 まさかファンタジーな異世界に転生して、物理学的な話するとは。

「高速で動く物体は風の抵抗受けるけど、その物体の真後ろの空間は、風の抵抗が少ないだろ? そういう空間とか、それができる現象自体のことをスリップストリームって言うんだけど……」

 自分で説明しといて何だけど、魔法(物理)すぎる。
 前にカートレース系のゲームかじってた程度だから、ざっくりとした説明しかできなかったけど、幸い4人は納得してくれたらしい。

「なるほど。体表面の魔力で進行方向の風をどかし、風の抵抗を受けずに加速するわけか」
「へー、器用なことするんだねー」
「考えて動くようには見えねぇがなァ。無自覚にやってんのかァ?」
「意外と考えてやってるのかも知れませんよ? あれで理論派だったり……」
「お前その言い方はフォローになってねぇぞォ」
「……忘れてください」

 薄々気付いてたけど、リフレってフォロー下手だよな。
 傷を治そうとして、無自覚にタバスコ染みたガーゼ使うような感じ。

「終わったぜー! コイツらどーする? 昼メシにする?」

 あっけらかんとした声が聞こえた。
 見れば、クトは既に鳥人を全て気絶に追いやっていた。
 ヒットアンドアウェイって、本当なら時間かかる戦法だけど、クトのスピードならこんなハイペースでやれるのか。

「それじゃあ、お昼ご飯にしましょうか」

 リフレがポンと手を叩いて提案した。
 直後、

「おい待てェ。飯は俺が作るゥ、お前は手ぇ出すんじゃねェ」
「あ……はい……」

 リフレがちょっとだけシュンとしてたけど……すまん、飯の味の方がオレ達にとっては優先事項なんだ。
 例によって《炎弾ブレイズ・バレット》で火を起こすと、ナッシュはカバンからを油の入った瓶を取り出した。
 ドルーオがさばいた鳥肉に枝を突き刺し、表面に油を塗って、調味料をまぶしてあぶる。
 途端、芳醇ほうじゅんな香りがオレの嗅覚きゅうかくを刺激した。
 唾液だえきが止めどなく湧き出てくる。

「ほらよォ、冷めねぇうちにとっとと食えェ」

 焼き立て熱々の肉串が差し出された。
 こんがりと焼き色がついていて、ジュワジュワと音を立てている。

「い、いららきまふ……」
呂律ろれつくらい回せやァ」

 ツッコまれつつ肉串を受け取るや、オレは大口を開けてかぶりついた。
 プリプリの肉は、表面が炙られバリッと香ばしい。
 噛むほどに熱い肉汁が溢れ、スパイスの香気が鼻をくすぐる。
 体の中でしげっていた大草原が、一瞬で消え失せていくような感覚さえする。

「うめぇええっ!! 久々のマトモな人間の飯だぁぁあああっ!!」

 あまりの感動に、思わず叫んだ──次の瞬間。
 オレの顔の横を、緑色の魔法弾が通過した。
 スーッと感動がどこかへ行くのを感じつつ震えるオレに、手許に緑色の魔法陣を浮かべたリフレが言った。

「美味しいご飯が食べられて、良かったですね」
「……サーセン」

 にっこり笑って小首を傾げる少女に、オレはそれしか返せなかった。


(つづく)
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