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第1部 目指せゲームオーバー!

第24話 はたらく勇者パーティー(前夜)

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 クトが万引きした十数分後、オレ達はくだんの八百屋へとおもむいた。
 60代と思しき年配の店主に、5人と1羽で頭を下げる。

「え!? うちの青リンゴ、万引きされてたのかい!? まったく気付かなかったよ。すごい早業だねぇ」

 いや、万引き犯をめるんじゃねぇ。
 小柄なクトが猛スピードで人込みをすり抜けた結果だ。そもそも店主どころか客さえも、誰1人万引きに気付いていなかった。
 なんか一瞬風が強かったなレベルの認識だったらしい。

「それで、働いて返したいっていうのはいいんだけど……できれば全員ウチで雇ってあげたいけど、ここまでの人手はいらないし……」

 でしょうな。
 元々年配の店主1人で回していたような八百屋だ。バイトを雇うとしても、せいぜい2人だろう。
 少しうなると、店主が「よし」と小さく頷いた。

「それじゃあ、こっちで知り合いに、人手がほしいか訊いてみるよ」

 ◇

 その後、八百屋を後にしたオレ達は、急いで宿を探した。
 だが、予定外のトラブルに時間を取られた後で、都合良く2部屋確保できたわけもなく──

「大部屋に男女入り混じってんのってどうなの……?」
「ここまで男女入り混じって野宿してただろうがァ。今さら気にしても意味ねぇよォ」
「屋外と屋内はなんかちょっと違うじゃん……」

 ナッシュとそんな会話をしながら、オレはソファに寝転んだ。
 幸い、ここはペット可の宿だ。部屋の中にはクトもいる。
 そのとき、部屋のドアがノックされた。

「はーい」

 ドアに一番近かった天の声ナレーターが応じる。
 部屋の外にいた客人と1分ほど会話して戻ってくる。

「八百屋のオジサンから伝言だよー」

 てことは、バイト先の件か。
 他のメンバーも、スッと表情を引き締めた。

「働くとこは、八百屋さん含めて3つ。そこに2人ペアで行ってほしいってさ」

 続いて挙げられたのはバイト先。
 クトが万引きした八百屋と、この街で一番大きな剣術教室、そして酒場の3つだった。

「剣術教室は俺とナッシュで行こう」
「あァ、いいぜェ」

 このメンツで剣を扱えるのはドルーオとナッシュの2人しかいないが、間違いなくどっちも普通の講師より強いし、問題はないだろう。
 ……元魔王と現役勇者に剣術教わる子供達か……将来が楽しみだ。

「酒場にはわたしが行きます。昔から実家を手伝ってたので、ウェイトレスならできます」
「じゃあ私も行こうかな! 女の子の方が客足増えそうだし!」

 実家の酒場を手伝っていた経験のあるリフレは──ウェイトレスに限って言えば──酒場でのバイトにうってつけだ。
 天の声ナレーターは知らんけど、多分オレやクトよりは向いてると思う。

「んじゃ、八百屋はオレとクトだな」

 消去法だが、これがベストな割り振りだろう。
 オレ達が納得しているのを確認し、天の声ナレーターが伝達を続けた。

「最低半年は働いてほしいってことで、期間は明日から半年間だって」

 ……え、ちょい待ち、半年間……?

「嫌だぁぁぁあああああ!! オレはぁっ、お家に帰るぅぅぅううぁぁぁああああああああっっ!!!!」

 絶叫が宿部屋の窓を揺らした。
 一斉に両手で耳を塞いだパーティーメンバー達が、オレに非難の目を向けてくる。

「……っ、急に叫んでんじゃねぇぞクソがァ」
「ナッシュ! 今すぐオレを殺せ!!」
「あァ?」
「ドルーオでもリフレでも天の声ナレーターでもクトでもいい!」
「残念だが、今の俺は魔王魔法は使えないぞ」
「と言うか、人殺しとかしたくないですし……」
「急にどうしたの?」
「カイト、うるせぇぞ!」

 口々に言ってくる4人と1羽に、オレはひざをつきそうになった。
 こいつら……事の重大さを分かってない!

「半年も足止め喰らってたらマオマホに間に合うか分かんないだろうが!! 一刻も早く殺してほしいのに!! 放送以前に、キャストインタビュー掲載したアニメ雑誌とか放送前特番とかあるかも知れないだろ!!」
「知るかアホがァ、文句はそこの万引き犯に言えやァ」
「フザけんなクトこの野郎!」
「野郎じゃねぇ! おれはメスだぞ!」
「お前もそれ昨日まで知らなかっただろ!」

 ボケとツッコミが入り乱れる、生産性ゼロのレスバに、天の声ナレーターとドルーオが呆れたようにため息を吐いた。
 そのとき、フワリと何かが香った。
 同時にリフレが、オレにティーカップを差し出した。

「カイトさん。とりあえずこれでも飲んで、落ち着いてください」
「ありがと……何これ?」
「リラックス効果のあるハーブティーです。お部屋にポットとかカップとかが置いてあったので」

 そう言って、リフレがにっこり笑う。
 白いティーカップの中で、熱い液体が湯気と香気をのぼらせている。
 しかし、リフレがれたお茶かぁ……

「草の味しかしなさそうだな……」
「ハーブティーは草の風味がするもんだろうがァ」

 料理のときのリフレはどこか自信なさげだったけど、このお茶は普通に渡してきたんだから大丈夫……と、自分に言い聞かせてから、オレはハーブティーを飲んだ。
 熱い液体が喉を通り、体を置くから温めてくれる。
 柔らかいハーブの香気が、心を落ち着かせてくれる。

「なんか落ち着くな……そんで美味いな……」
「料理は苦手ですけど、ハーブティーを淹れるのは得意なんです。薬草や毒草から成分を抽出するのと、同じ要領ですから」
「例え怖いなオイ」

 思わずツッコむが、気分は落ち着いてきた。
 そこから数分間の記憶は曖昧あいまいで。
 さらに数分後からの記憶は、まったくない。

 ◇

「あれ? カイト、急にパタッて寝たぞ?」
「おーい、カイトくーん?」
「……熟睡じゅくすいしてるようだが……」
「おいィ、何飲ませたんだァ?」
「ただのハーブティーですよ……何の薬草使ったかは内緒ですけど。フフ、静かになって良かったです」
「「「「…………コワ……」」」」


(つづく)
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