青空とエプロン

アオ

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惚れた欲目を差し引いても

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 今日も今日とて朝が来る。

 ああ、昨日飲みすぎたかも。

 ちょっとだけね。ちょっと。

 たしかに途中から記憶がないけど。

 ちょっとだけだからね。

 なんだか心地よい夢を見たような気がしたけど思い出せない。

 うーんとベッドの中で背伸びをして踵まで伸ばす。

 はぁっと息を吐いてエイッと起き上がろうとした瞬間、リョウが部屋の前で声をかける。

 「もえ~。おきなさーいっ」

 ガンガンとドアを叩く。ドアの前で多分仁王立ちしてるんだろうな。

 そして片手にお玉なんか持ってたら、間違いなく「オカン」の出来上がり。

 なんて思いながらクスクス笑った。

 「なに?起きてるの?起きてるんなら返事しなさい」

 その口調、まさしくオカンだから。

 「はーい。今起きます」

 背中をかきながらドアを開けた。

 ドアの前にはエプロンをしたリョウがお玉を持って立っていた。

 「ぶはっ」

 予想どうりの格好で思わず座り込んでバンバンと床を叩いて大爆笑してしまった。

 「何よ、失礼ね」

 上から腕組をしたリョウが睨みつける。

 お玉持ったままじゃ怖くないから。

 「いやぁ。リョウがあまりにも私の想像を裏切らないからさ」

 涙を拭きながら立ち上がってリョウの肩をポンポンと叩く。

 まったく、せっかくのいい男が台無しだよ。

 なんとなく納得していないリョウは私をまだ睨んでいる。

 「ま、いいわ。それよりも支度してきなさい」

 はいは~いっと軽く返事をし背中をかきながら私は洗面所に向った。リョウは私の後をついていく。

 後ろの方でなんだかもっと女らしくしなさいなんて声が聞えるけど気にしない。

 バシャバシャと顔を洗っている私を後ろから見ていた。

 タオルでガシガシと顔を拭きながら鏡越しにリョウを睨む。

 「なぁに?ちゃんと、顔あらってるってば」

 「ちがうの。もえは今日、なにか予定あるの?」

 今日は、土曜日。会社は休みだからゆっくりと過ごそうかと思ってた。

 「うーん。特にないけど・・・」

 「そか。私、ちょっと出かけるから。夕方には帰ってくるからね」

 また、出かけるのか。最近のリョウはとても忙しそうに見える。

 保育士ってそんなに忙しい仕事なのかしら。

 せっかく、二人でゆっくりできると思ったのに。

 思わず下を向いた私の頭をポンポンと叩きながら微笑む。

 む。その微笑には騙されないから。

 タオルで鼻まで隠しながらまた睨みつける。

 「お土産買ってくるから。晩御飯までには帰るし。ね?」

 なんだか、ダダをこねている子供みたいな自分が恥ずかしくなってきた。

 「いいわよ。一人で映画でも見に行くから」

 大丈夫、大丈夫と手を振りながらリビングに向った。

 ほんとは、一緒に行こうと思っていた映画。しょうがない。一人で見に行くか。

 帰りには洋服でも見に行こうかな。

 一日の行動を頭の中で計画を立てながらご飯を食べた。






 お目当ての映画は、サイコーだった。

 うーん。やっぱり、あの映画評論家の話を聞かなくてよかった。

 好みが合わないのよね。よかったじゃん。

 近くのコーヒーショップに入ってうんうんとうなずきながらパンフレットを眺める。

 あー、この俳優さん。見たことあると思ったらあの映画に出てたのか。

 ブツブツ言いながらページをめくると、

 「あら?リョウの奥様じゃなくって?」

 見上げると見たくない顔が。この女性、名前は知らないのにどうしてこうも何度も会ってしまうんだろう。

 先日、私とバトルした女性がにこやかに立っていた。

 行動範囲が一緒なのかな?あ~、いやだいやだ。

 「こんにちは」

 一応挨拶はしておこうじゃないの。私の行動が悪くてリョウに影響したらいやだし。

 「今日もお一人?」

 カチーン。

 また、喧嘩売ってくるのかしら。

 こめかみに怒りマークを出しつつも大人の態度をとる私。

 「ええ。映画を見に。あなたも?」

 ほんとは会話なんか続けたくないけど、しょうがないから話をふった。

 「私は今日もリョウと食事をしますの。聞いてませんでした?」

 また?

 なんでこの人とこんなに会うの?

 この女の勝ち誇った顔。

 私が座ってるせいもあるけど、上から見下ろした感じはさぞかし気持ちがいいのだろう。

 真っ赤な口紅の端が上がっている。

 その口紅の色、ダサいから。それに人一人ぐらい食べてるの?って感じなんですけど。

 でも似合ってよ、あなたには。

 なんてことぼーっと眺めながらしばし見つめ合う。

 「うちの妻をいじめないでくれませんか?」

 声のほうを振り向くとスーツを着たリョウが立っていた。

 スーツ姿なんて初めて見るけど、か、かっこいい・・・・。

 スリムなスーツをここまで着こなしてるなんて知らなかったわよ。

 どうしてモデルとかやってないのかしらって

 くらいに目がいってしまう。

 多分ここにいる誰もがそうだろう。ちらちらとこちらを見る女性が多い。

 中には頬を染めてぼーっと見つめてる人もいるんですけど。

 それよりもなんでここにいるの?

 「リョウ。どうしたの?」

 ようやく言葉が出た私。

 にっこりと微笑みながらさりげなく指を絡めてきた。

 何気ない動作だろうけど、ドキドキしてるのですが。

 「仕事だよ、仕事。そうですよね、渡辺さん」

 仕事?だからスーツなの?

 ああ、でもリョウの口調が普段と違って男言葉になってる。

 という事は仕事関係と言ってもあまり親しい仲じゃないみたいね。

 私の予想が当たってなんとなくほっとした。

 渡辺と呼ばれたその女性はやや引きつってる。

 「そんな、リョウ。他人行儀に苗字で呼ばなくても」

 「いえ、何度も言っているはずです。あなたとは馴れ合うつもりはないと。
 
 ただ、仕事上のことであなたがどうしても食事をしながらじゃないと対応してくださらないので

 しかたなく食事をしただけです」

 冷ややかに淡々と語るリョウは今までになく無表情だった。

 でも、つないだ指は温かい。ちょっと興奮してるのかな。

 こんなリョウを見たことないけど、多分すごく怒っていることがなんとなくわかる。
 
 あー。怒らせてるなんてわかってないみたいだけど。

 「だって、それは・・・」

 女性は、おろおろとして甘えるようにリョウにさわる。

 まるで汚いものを見るかのように触られていたところを見て、さっと振りほどく。

 とっても嫌いなんだね。見ててよくわかるよ。

 二人のやり取りをただ観察することに徹底している私の事はどうも忘れられてるみたい。

 なんてこと考えながらリョウの出方を待つ。

 「申しわけないが、あなたの望む関係は取れません。僕には愛する妻がいますので」

 「な・・・・」

 さすがに声もでなかった。私も彼女も。

 あ、私はさっきからしゃべってないけどね。

 下から二人を眺めていた私なんか、口があんぐりと開いてたぶんかなり間抜けな顔になっていたと思う。

 「あなたが気を引きたくて僕に何度も権利書のことをひらつかせ呼び出していたのは知っています。
 
 園長のためだと我慢していましたが、妻を攻撃するなんて許せない。
 
 もう、あなたの権利なんかいらない」

 そういうとリョウは私の手と荷物を持った。

 「これで失礼します。もう二度と貴方とは会いたくないですね。

 あなたとのことは、抹消したいくらいですから。」

 言うだけ言ってリョウはグィッと手を引いて店を出た。

 外は、心地よい風が吹いていた。

 グングンと手を引いて歩くリョウはなんだかとてもかっこよかった。

 惚れた欲目を差し引いてもかっこいい。

 だって、ほら、みんなが振り向いていく。目がハートになっていく。

 そんな人の奥さんなんだぁ。私って。

 しみじみと見つめながらリョウについて行くと急に立ち止まった。

 そしてゆっくりと振り向いて私をじっと見る。

 見られたら見つめ返す。

 うう、やっぱり綺麗な顔だなぁ。どうして女の私よりもまつげが長いのさ。

 年も変わらないのに肌がつやつやなのさ。

 うーん・・・。と考えながら見ていたらリョウがポツリとつぶやいた。
 
 「ごめんなさいね」

 とっても申し訳ないような顔してるのは初めて見た。
 
 「もえには迷惑かけないようにあの女から離してたのに会った事があったみたいね」

 ため息をつきながらリョウはつぶやく。

 私には合わせたくなかったのかな?
 
 まだ私には話せないことなのかな?

 私的には夫婦の間には秘密を作りたくない。だから彼女とあったことから話した内容をリョウに話した。

 話を聞いていた間、難しい表情になってしまい、何かまずいことでもしたかと思ってしまった。

 思い当たるところは多々ある。嘘までついちゃったし。

 すべて話し終わって二人とも黙り込んだまま、下を向いた。道の真ん中で。
 
 どうしよう・・・。リョウを怒らせてしまったのかな?

 でも、正当防衛だし・・・。

 怖くってリョウの顔を見れない私は、下を向いたままだった。

 大きなため息が頭の上から聞えたかと思うと、リョウは両手を強く握った。

 思わず顔を上げると困った顔だったのが意外だった。

 「仕方ないわ。ほんとはもう少ししてから話そうと思ってたけど・・・・。

 ここで話すような内容じゃないから家に帰りましょ?」

 そう言ってリョウはいつもの笑顔に戻った。

 

 
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