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困らせてみる
しおりを挟むコトンと私の前にマグカップが置かれる。
結婚準備の時にどうしても欲しがったペアのカップ。
私は緑系の色とりどりの水玉で、リョウがピンク系の水玉。
お互いにすぐにこれだって決めた。
そのマグカップにはロイヤルミルクティーが入っていて、
湯気がとても温かそうに立っていた。
「ありがと」
両手で包み込むように持ってカップの中を覗き込む。
「熱いから気をつけなさいよ」
猫舌である私を気遣う。やさしいね。
リョウは、私が座っているソファーの横に自分のカップを片手に座る。
こうやって並んで座るのが当たり前になっていた。
二人での過ごし方がちょっとずつ当たり前といえる形となることが今の私にとって
うれしいけど自分の独りよがりとわかっている部分もあってちょっとだけ切ない。
ふぅっとミルクティーを冷ますふりをして溜息をついた。
「最初に謝っておくわ。あの女のこと、野放しにしてごめんなさい」
あの女。ああ、あの人のことね。
「あの人、私の幼馴染でね。私より5つ上だったんだけど、
親同士が仲良かったものだからよく一緒に遊んでいたの。
最初はあまり気付かなかったんだけど、大きくなるにつれて異常なほど
私に固執してることに気付いてね。
煩わしいから距離を置いたり、追っ払ったりしたのよ。
ほら、小学生とかになると女の子と遊ばないじゃない?
そしたら、ある日私を襲ってきたの」
「襲う?」
襲うって、襲うって・・・。ありえないでしょ。
あまりにも驚いてリョウをじっと見てしまった。
リョウはカップを見つめたまま話を続けた。
「前に一度話したでしょ?近所のお姉さんに襲われたって。あれって、あの人のことなの。
しかも何度も何度もね。私に彼女ができようとすると嫌がらせすることもあってね。
正直、女嫌いになったのはあの人が原因なのよ」
あの人が、原因。
それほど、リョウを追い詰めてたんだ。
「さすがに向こうの親もそれじゃあ捕まっちゃうと
思ったらしくて高校卒業したら無理やり結婚させて
しばらくは大人しくしてたのよね。
それに私がオカマになったから誰のものにもならないって思ったんでしょうね」
クスッと笑いながら話しているけど、とても笑える内容じゃないんですけど。
私がどんなに見つめていてもリョウはこっちを見ようとしない。
「まあ、私もとても女と付き合いたいって思わなかったわ。
怖いところばっかり見てたし。
だけど、葵にあってそれが少しずつ変わってきてね。
女とか、男とかじゃないよねって」
それ、なんとなくわかる。葵は男とか女とかじゃなくて一人の人間として向き合ってくれる。
「でも、そうやって付き合ってくれるのは周りには葵ぐらいだったから
私の人間関係が変わったわけじゃないけど。
だから、しばらくはあの女も大人しくしていたみたい。
私の前にも姿を出さなかった。
それなのに・・・・」
グッとリョウの両手に力が入るのがわかった。
「結婚式に姿を現した。結婚式は身内だけでやったからあの女の耳には入らないようにしていたのに、
どこから聞きつけたのかあの女は私の前に現れた。
昔なら逃げていただけだったけど、今は守るべき人がいるから
あの女と戦うことにしたの」
守るべきって、私のこと?それは自意識過剰かな。
聞こうかどうしようか考えているとリョウはクスッと笑って、
「もちろんもえのことよ。そう私が勝手に思ってるだけだから、
困らせちゃうつもりはないの。ごめんね」
私が黙っていたから迷惑と思ってると勘違いしたのだろう、
リョウは謝った。
ちがう、ちがうのに・・・・。
そう言いたいのになんだか、声が出なくて首を振ることしかできなかった。
「それにあの女、私がやろうとしていた仕事を餌に何度も二人きりで合おうとしては
私に迫ってきた。
あーもー、思い出すだけでも鳥膚立っちゃうわ」
ぶぶ。笑っちゃいけないけど、笑いそうになる。
鳥膚立つほど嫌いなのはよくわかる。
一緒にいたときのリョウの顔って、
ほんと汚いものを見るように接してたからね。
「やろうとしていた仕事って?」
リョウが緊張をほぐしてくれたおかげでどうにか声が出た。
やりたい仕事は保育士だと思っていたから、
その先どうしたいのか今まで話したこともなかったし、
考えているなんて知りもしなかった自分がちょっと情けない。
「んー、成功して話そうかと思ってたけどもう全部話すわ。
実は、今の保育園を少し変えようとしていてね。
自閉症の子とか、身体障害がある子とかも、分け隔てなく預かることができるように
施設を大きくしようとしてね。
半分、障害児の子がメインの施設で、半分健康児の施設で、
真ん中にみんなが一緒に遊べるように大きく遊ぶところを作ってね。
小さい頃から、心のバリアフリーを目指す保育園にしたいなって
園長とよく話してたし、そのための勉強とかちょっとずつしてたのよ。
だから最近は担任を持たなかったの。
そしてそれを本格的に本物にするために動いてたらどうしても欲しかった土地の権利書を
なぜかあの女が持っていたのよね」
権利書って、そのことだったのか。
「あの女の旦那が不動産関係の仕事をしてたのは知ってたけど
まさかそこから手を打ってくるとは
思わなかったわ。やられたって感じで。
取り合えず、その権利書を手に入れるために会いたくもないあの女に何度も会って
商談を成立させるつもりだったのよ。
ちょっとでも早く施設を作りたかったから」
「どうしてそんなに急いでたの?」
私の質問に答えにくそうにはにかんだリョウ。
それにさっきから一度もこっちを見てくれないんだけど。
それがなんだかさみしい。
しばらく沈黙が続き、リョウが溜息をついた。
「男として一つの仕事をちゃんと仕上げたかったのね」
リョウの口から出たのは意外なものだった。
「今の仕事はもちろん満足してるわよ。子供大好きだし、楽しいし。
だけど、どうしてもやりたかった夢なの。それにあなたのお父様と約束したのよね。
大きな仕事をやってみせるって。それが、男と男の約束だったのね。
もえのお父様には、認められたかったのよ。
もえの旦那としてもだし、一人の人間として」
リョウが、そんなにも考えていてくれてことを知らなかった。
わからないようにきっと手を回して、私を大事に大事にしてくれていたんだろうな。
そう思うと涙がぽろぽろと出てきてミルクティーの中にポタポタと入っていく。
「あーもー。どうして泣くのよ。何も悲しいことないでしょ?
ほら、しょうがないわね」
そういって二人のカップをテーブルに置くと私を抱き寄せた。
そしてよしよしと頭を撫でてくれた。
まるで、子供をあやすみたいに。
「ま、あんなことあったけど、今日すべて解決したの。
あの女が持っている権利書手に入れたし」
「え?どうやって?だって手に持ってたんじゃぁ・・・・」
思わずリョウから離れて顔を見上げた。
リョウは、いつものあたたかい笑顔じゃなくて、意地悪な笑顔になった。
「私を誰だと思ってるのよ。ただのオカマじゃないんだから」
うちの旦那様、最高です。
私はリョウに抱きついた。
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