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25話:危機と調査④

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 そうである。
 箱。
 そうとしか言えないものがそこにはあった。

 一抱えほどもあるが物入れだろうか。 
 この部屋の物にしてはキレイであり、割れ目から中身が覗いているようなことも無い。

「皆で開けた方が面白いかと思いまして。触れずにとっておきました」

 とのことだったが、気遣いというよりは彼女なりの茶目っ気だろう。
 実際、楽しそうではあった。
 フォレスは笑顔で頷く。

「それはありがたい。俺が開けてもいいのか?」

「もちろんどうぞ。金銀財宝でも入っていたらどうしましょうね?」

「ははは。その時には悪いが、団長として強権を振るわせてもらおうか」

 実際のところ、現状で必要なのは黄金の塊よりも塩の塊であるが、いずれも期待は出来ないだろう。
 ただ、中身へのワクワク感は確かにある。

「……ふーむ。まぐちゃんのおめがねにかなうかな?」

 マグヴァルガもまた、興味津々で見つめている。
 フォレスは箱のふたに手をかけ、壊さないよう慎重に持ち上げた。

「……なるほど」

 苦笑がもれる。
 現実は、なかなかに面白みの無いものだった。
 ここにいた兵士たちの仕事の名残といったところか。
 朽ちかけた紙の束や、紐でくくられた巻物があるだけだ。

 持ち帰るに足るものは何も無い。
 フォレスは肩をすくめた上で2人で呼びかける。

「じゃ、マグちゃんにルイーゼ。そろそろ拠点の方に戻……ルイーゼ?」

 思わず呼び直す。
 マグヴァルガと共に見つめる。
 ルイーゼの表情だ。
 彼女の双眸そうぼうは細められ、そこには鋭い光が宿っている。

「……ちょっと待って下さい」

 彼女は箱の中に細い腕を入れた。
 そして、慎重な手付きで紐でくくられた巻物を取り出す。
 
 この行為には、きっと重要な意味がある。
 そう信じるフォレスは黙ってルイーゼの行動を見守る。
 彼女はボロボロの机の上に、その巻物を広げた。
 中身が露わになる。
 彼女は「なるほど」と小さくつぶやいた。

「そんな予感はしていましたが、地図ですね」

 彼女の言葉通りである。
 それは地図だった。
 かなり劣化しており判別が難しいところはある。
 ただ、ある程度の地形らしきものが描かれ、地名らしき文字の羅列られつが確かに存在する。

 フォレスは引き続きルイーゼを見守る。
 これから先の開拓に役立つかもしれない。
 咄嗟に得た感想はそれだったが、彼女にあるのはその程度の関心では無かった。
 彼女はきっと、もっと深い意味をこの地図に見いだしている。

 ルイーゼは細い指で、山の近くにある地名らしきものを追っていく。
 不意にであった。
 彼女の口から、痛烈な舌打ちがもれる。

「ちっ。案の定ですが読めませんね。これでは……」

 そろそろ意図が知りたいところだった。
 フォレスもまた、地図を覗き込みながらに尋ねる。

「ルイーゼ。地名が読めたのなら、どうなんだ? 何か大きな意味があるのか?」

 彼女は口惜くちおしげな表情をしながらも、動きとしては首を左右にしてきた。

「いえ、ただの希望的観測ですので。もしかしたらと思ったのです。付近に塩鉱山があれば。それが地図から分かればと」

 フォレスは目を見張ることになった。

「さすがルイーゼだな。なるほど。それを地図から見つけられれば……」

「現在の問題が解決します。ただ、ダメですね。分かりませんし、数も多い。現地を総当りしようものならば、探し当てる前に私たちは残らず息絶えているでしょう」

 フォレスは地図に目を凝らす。
 読めやしないかと一縷いちるの希望にすがったのだ。
 しかし、ルイーゼと同じだった。
 どことなく東西両国の文字と似ているが、意味などはさっぱり分からない。

 フォレスは思わず「はぁ」と漏らしてしまった。
 一瞬であっても希望が浮かんだ分だけ落胆も大きかった。
 ルイーゼはと言えばフォレス以上らしい。
 彼女にしては珍しく、「はぁぁぁ」と机に両手を突いての激しい感情の吐露とろだった。

 どうにも、彼女の方にこそ気分転換が必要そうである。
 この場にとどまっていても辛いだけに違いなく、
フォレスは彼女に帰還を勧めようとし……

「よっと」

 そんな声を耳にすることになった。

「すた」

 次いで、そんな声も耳にしたが、その原因は何か?
 フォレスはルイーゼと共に机を見つめる。
 そこにいたのはマグヴァルガだ。
 肩から飛び降りての今に違いないが、思わず首をかしげることになる。
 果たして、彼女は何をしようとしているのか?
 古の地図に、知的好奇心でも刺激されたのか?
 
 なんとも分からなかった。
 マグヴァルガは「ふむふむ」などと口にしながらに地図を眺めている。
 そして、不意にだ。
 彼女はフォレスを真顔で見上げてきた。

「ふぉれす」

「な、なにかな?」

「うれしい?」

「へ?」

「これ、よめたら。ふぉれす、うれしい? はっぴー?」

 フォレスはルイーゼと顔を見合わせた。
 そんなもの、嬉しい以外の何物でも無い。だが、

「よ、読めるのか?」

 そこが大問題である。
 彼女はビシッ! だった。
 すました表情で親指を立ててきた。

「できる! よーな! きがする!」

「……気かぁ」

 ガクッと期待値が下がったが、しかし、不思議な不思議な『開拓神』殿なのである。
 おそらくは、彼女とこの地との縁は深いものがある。
 発言に対する不安は否めないが、期待は出来る。

 2人して注視する。
 マグヴァルガはなんとも賑やかだった。
 「んー」だとか「えー」だとか「ぬおー」だとか。
 うなり声をもらしたり、首を回したり、果てにはクルクルと全身で回り出し。

(ダメか?)

 そんな気配しかしなかったが、しかし突如だ。

「あ」

 思い出したと、そんな雰囲気の呟きだった。
 マグヴァルガは地図に目を下ろす。

「……えみぬとりで」

 現実の理解に時間がかかった。
 彼女は一体何を口にしたのか?
 えみぬとりで。
 エミヌ砦。
 そうである。
 彼女はおそらく地名を読み上げてくれたのであり……
 
「こ、ここ! この辺りです! 読み上げて下さい!」

 唖然とするばかりのフォレスと違い、ルイーゼは俊敏だった。
 地図を指差し、マグヴァルガに迫る。
 マグヴァルガはこくりと頷いて、早速声を上げる。

「せしえむら。らとにえむら。ぐらにけいこく……こうざん? ぐらにえんこうざん」

 えんこうざん。
 塩鉱山。

「「…………」」

 とりあえず、フォレスはルイーゼと一緒に沈黙する。
 顔を見合わせる。
 軽くハイタッチをする。
 マグヴァルガを見下ろす。
 
「愛してる」

「愛してます」

 そして、思いの丈をそれぞれにぶつけた。
 マグヴァルガは「にへへー」だった。
 だらしなく笑って、得意げに胸を張った。

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