25 / 29
現在、そして
2、そしての彼ら
しおりを挟む
そうして、彼らは屋敷へと案内された。
「……こ、ここなのか?」
足を踏みいれた屋敷にて、デグは呆然と視線をさまよわせた。
彼はかなりのところ楽観していたのだ。
蟄居を命じられたところで、自らは王族なのだ。
しかるべき待遇が用意されると思い込んでいた。
そして、そこでゆるりと心労を癒やしている内に王位に復することが出来るとも思っていた。
なにせメアリなのだ。
悪女に王位が勤まるはずが無い。
その内に、貴族たちが戻ってくれと泣きついてくる。
それが自然の流れであると確信していた。
だが、違った。
まずだが、しかるべき待遇などどこにも無い。
見渡すところでは、そこは王家が暮らしても良い場所ではなかった。
玄関なのだが、彼にはそれが玄関だとは思えなかった。
2人がすれ違うのがやっとの狭さなのだ。
彼の常識では、これは玄関では無い。
通路ですらありえず、形容の言葉が思い浮かばないほどだった。
(こ、ここに暮らす……暮らす? 暮らせるのか?)
デグは呆然とするしかなかったが、彼女は違った。
彼の妻は、悲鳴に似た声を上げる。
「な、なんなのですか、これは!? 違いますよね? ここは間違いですよね!?」
その疑問に答える者があった。
開け放たれた扉の外。
衛兵を連れたキシオンが苦笑で首をすくめた。
「いえ? 間違いはありませんな。ここです。ここが貴方たちがこれから暮らすお屋敷です。どうです? なかなか居心地が良さそうでしょう?」
これにデグの息子だった。
ロイが顔を真っ赤にしての怒声を上げる。
「ふ、ふざけるなっ!! こんな馬小屋にも劣るような狭さで暮らせるかっ!! それになんだ? ボロボロではないか!? 一体どういうことだ!?」
彼の言うとおりだった。
ボロボロなのだ。
手入れをされていた気配は欠片も無い。
床は黒ずんでおり、沈んでしまっている場所もある。
匂いも最悪だった。
ホコリ臭く、カビ臭さも濃厚にある。
キシオンはニコリとほほ笑みを見せてきた。
「でしょうな。10年はそのままにされていた屋敷ですから。まぁ、直せば十分に生活にはこと足りるでしょう。もちろん、材料程度は用意させてもらいます」
は? と声が上がる。
それはデグの娘のものだ。
エミルがいぶかしげに首をかしげる。
「ざ、材料を用意する……? 何それ? まさか、修繕を私たちにやれって言ってるの?」
キシオンは引き続きの笑みだった。
「それ以外の意味に聞こえましたかな?」
「な、何よそれ!? 私たちは王家よ!? なんでそんなことをしなきゃいけないのよ!!」
「ははは、ご不満のようですな。ただ、この程度で怒っていては先がもたないかと思いますが。なにせ、これからの貴方たちは自分の身の回りのことは全て自らでこなさなければならないのですから」
家族と同様だ。
デグもまた、すぐにはその言葉の意味を理解出来なかった。
「……ど、どういうことだ? それは一体?」
率直に疑問を口にする。
キシオンは「ふん」と鼻を鳴らした上で答えてきた。
「そのままの意味です。この屋敷には使用人はおりませんから」
これはデグとその家族にとって衝撃的だった。
服を着替えるのにだって、人の手が必要。
そんな彼らにとって、使用人がいない生活など考えられなかった。
「……もういい」
ロイだった。
彼は荒々しい足取りで扉へと向かっていく。
「まったく、もういいっ! 付き合っていられるかっ! なんで俺がこんな目に会わなきゃいけないんだっ!」
当然のこと、その行動はキシオンに止められる。
そうデグは思った。
だが、現実は違う。
キシオンは不敵な笑みと共に道を開けた。
「では、ご自由にどうぞ」
そんな許しの言葉もあった。
不思議であり不気味だった。
気圧されたようにロイが立ち止まる。
次いで、デグは思わず声を上げた。
「な、なんだ? なんだその妙なふるまいは?」
キシオンは残念そうに目を細めた。
「おや? 立ち去られませんか? それは残念です。せっかく、厳罰を処す機会だったのですが」
ビクリとしてロイが後退る。
「げ、厳罰だと……?」
「えぇ。蟄居先を脱走するとなればです。それはもちろん厳罰に値すると思いませんか? 十分な前科もあるのです。城下の広場で吊らされるぐらいのことにはなるでしょうね」
そうして、キシオンだった。
執務室におけるものと同じだ。
彼は冷え冷えとした憎悪の視線を向けてきた。
「……女王陛下は貴方たちに死罪までは望まないでしょうがな。ですが、私は違います。貴方たちに相応の罰を与えてくてウズウズしている」
彼は笑みに戻った。
そして、ひらりと頭を下げてくる。
「それでは失礼いたします。ご期待に沿っていただければ幸いです」
扉が締まれば彼の姿は見えなくなった。
だが、それでも残るのだった。
絶望感が残った。
しかるべき待遇など期待出来ない。
王位に復する未来など、きっとあの男が許さない。
「……う、うぅ……」
すすり泣く声が響く。
デグの妻のものだった。
その場にしゃがみ込めば、両手で顔を覆っている。
エミルも同じだった。
泣いている。
ロイもまた歯ぎしりをもらしながらに涙をこぼしていた。
(……一体何が悪かったのだ?)
デグはそこから分からなかった。
しかし、実感はある。
自分は、このボロ屋敷で死ぬまで過ごさなければならないのだ。
デグは泣いた。
家族と共に泣き続けた。
「……こ、ここなのか?」
足を踏みいれた屋敷にて、デグは呆然と視線をさまよわせた。
彼はかなりのところ楽観していたのだ。
蟄居を命じられたところで、自らは王族なのだ。
しかるべき待遇が用意されると思い込んでいた。
そして、そこでゆるりと心労を癒やしている内に王位に復することが出来るとも思っていた。
なにせメアリなのだ。
悪女に王位が勤まるはずが無い。
その内に、貴族たちが戻ってくれと泣きついてくる。
それが自然の流れであると確信していた。
だが、違った。
まずだが、しかるべき待遇などどこにも無い。
見渡すところでは、そこは王家が暮らしても良い場所ではなかった。
玄関なのだが、彼にはそれが玄関だとは思えなかった。
2人がすれ違うのがやっとの狭さなのだ。
彼の常識では、これは玄関では無い。
通路ですらありえず、形容の言葉が思い浮かばないほどだった。
(こ、ここに暮らす……暮らす? 暮らせるのか?)
デグは呆然とするしかなかったが、彼女は違った。
彼の妻は、悲鳴に似た声を上げる。
「な、なんなのですか、これは!? 違いますよね? ここは間違いですよね!?」
その疑問に答える者があった。
開け放たれた扉の外。
衛兵を連れたキシオンが苦笑で首をすくめた。
「いえ? 間違いはありませんな。ここです。ここが貴方たちがこれから暮らすお屋敷です。どうです? なかなか居心地が良さそうでしょう?」
これにデグの息子だった。
ロイが顔を真っ赤にしての怒声を上げる。
「ふ、ふざけるなっ!! こんな馬小屋にも劣るような狭さで暮らせるかっ!! それになんだ? ボロボロではないか!? 一体どういうことだ!?」
彼の言うとおりだった。
ボロボロなのだ。
手入れをされていた気配は欠片も無い。
床は黒ずんでおり、沈んでしまっている場所もある。
匂いも最悪だった。
ホコリ臭く、カビ臭さも濃厚にある。
キシオンはニコリとほほ笑みを見せてきた。
「でしょうな。10年はそのままにされていた屋敷ですから。まぁ、直せば十分に生活にはこと足りるでしょう。もちろん、材料程度は用意させてもらいます」
は? と声が上がる。
それはデグの娘のものだ。
エミルがいぶかしげに首をかしげる。
「ざ、材料を用意する……? 何それ? まさか、修繕を私たちにやれって言ってるの?」
キシオンは引き続きの笑みだった。
「それ以外の意味に聞こえましたかな?」
「な、何よそれ!? 私たちは王家よ!? なんでそんなことをしなきゃいけないのよ!!」
「ははは、ご不満のようですな。ただ、この程度で怒っていては先がもたないかと思いますが。なにせ、これからの貴方たちは自分の身の回りのことは全て自らでこなさなければならないのですから」
家族と同様だ。
デグもまた、すぐにはその言葉の意味を理解出来なかった。
「……ど、どういうことだ? それは一体?」
率直に疑問を口にする。
キシオンは「ふん」と鼻を鳴らした上で答えてきた。
「そのままの意味です。この屋敷には使用人はおりませんから」
これはデグとその家族にとって衝撃的だった。
服を着替えるのにだって、人の手が必要。
そんな彼らにとって、使用人がいない生活など考えられなかった。
「……もういい」
ロイだった。
彼は荒々しい足取りで扉へと向かっていく。
「まったく、もういいっ! 付き合っていられるかっ! なんで俺がこんな目に会わなきゃいけないんだっ!」
当然のこと、その行動はキシオンに止められる。
そうデグは思った。
だが、現実は違う。
キシオンは不敵な笑みと共に道を開けた。
「では、ご自由にどうぞ」
そんな許しの言葉もあった。
不思議であり不気味だった。
気圧されたようにロイが立ち止まる。
次いで、デグは思わず声を上げた。
「な、なんだ? なんだその妙なふるまいは?」
キシオンは残念そうに目を細めた。
「おや? 立ち去られませんか? それは残念です。せっかく、厳罰を処す機会だったのですが」
ビクリとしてロイが後退る。
「げ、厳罰だと……?」
「えぇ。蟄居先を脱走するとなればです。それはもちろん厳罰に値すると思いませんか? 十分な前科もあるのです。城下の広場で吊らされるぐらいのことにはなるでしょうね」
そうして、キシオンだった。
執務室におけるものと同じだ。
彼は冷え冷えとした憎悪の視線を向けてきた。
「……女王陛下は貴方たちに死罪までは望まないでしょうがな。ですが、私は違います。貴方たちに相応の罰を与えてくてウズウズしている」
彼は笑みに戻った。
そして、ひらりと頭を下げてくる。
「それでは失礼いたします。ご期待に沿っていただければ幸いです」
扉が締まれば彼の姿は見えなくなった。
だが、それでも残るのだった。
絶望感が残った。
しかるべき待遇など期待出来ない。
王位に復する未来など、きっとあの男が許さない。
「……う、うぅ……」
すすり泣く声が響く。
デグの妻のものだった。
その場にしゃがみ込めば、両手で顔を覆っている。
エミルも同じだった。
泣いている。
ロイもまた歯ぎしりをもらしながらに涙をこぼしていた。
(……一体何が悪かったのだ?)
デグはそこから分からなかった。
しかし、実感はある。
自分は、このボロ屋敷で死ぬまで過ごさなければならないのだ。
デグは泣いた。
家族と共に泣き続けた。
89
あなたにおすすめの小説
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さくら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』
鍛高譚
恋愛
王都の華と称されながら、婚約者である第二王子から一方的に婚約破棄された公爵令嬢エリシア。
理由は――「君は完璧すぎて可愛げがない」。
失意……かと思いきや。
「……これで、やっと毎日お昼まで寝られますわ!」
即日荷造りし、誰も寄りつかない“氷霧の辺境”へ隠居を決める。
ところが、その地を治める“氷の公爵”アークライトは、王都では冷酷無比と恐れられる人物だった。
---
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!
柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」
『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。
セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。
しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。
だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
「価値がない」と言われた私、隣国では国宝扱いです
ゆっこ
恋愛
「――リディア・フェンリル。お前との婚約は、今日をもって破棄する」
高らかに響いた声は、私の心を一瞬で凍らせた。
王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに頭を垂れていた。
婚約者である王太子エドモンド殿下が、冷たい眼差しで私を見下ろしている。
「……理由を、お聞かせいただけますか」
「理由など、簡単なことだ。お前には“何の価値もない”からだ」
お母様!その方はわたくしの婚約者です
バオバブの実
恋愛
マーガレット・フリーマン侯爵夫人は齢42歳にして初めて恋をした。それはなんと一人娘ダリアの婚約者ロベルト・グリーンウッド侯爵令息
その事で平和だったフリーマン侯爵家はたいへんな騒ぎとなるが…
すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~
水川サキ
恋愛
家族にも婚約者にも捨てられた。
心のよりどころは絵だけ。
それなのに、利き手を壊され描けなくなった。
すべてを失った私は――
※他サイトに掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる