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第一章

11.後輩と二人で ②

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「今、行きます。あっ、嘉村先生も一緒に食事どうですか?」

 遠野が嘉村に誘いを掛けると、矢神の方をちらっと視線を移してきた。その為、目が合ってしまう。
 何か言われるかと身構えていれば、すぐに遠野の方に視線を戻した。

「予定があるんで」

 嘉村はそう一言呟いて、職員室から出て行った。
 矢神は、密かに安堵の溜め息を吐いていた。

 自分の中では終わったことだと処理していたが、最近は用事がない限り、ずっと嘉村のことを避け続けている。
 憎んでいることはなかった。これでも割り切っているつもりだった。

 だが、喋りが得意な方ではなかったから、何を話せばいいのかわからずにいた。
 今までは普通に話していたこと全てが、自分たちの地雷になるような気がして頭の中が混乱するのだ。

「最近、嘉村先生、忙しそうですよね」
「そうだな……」

 矢神が嘉村と距離を置いてからは、三人で食事に行くこともなくなった。遠野は不思議に感じているのかもしれない。

 食事に行く時は、決まって嘉村が矢神を誘う。滅多なことがない限り、矢神から誘うことはなかった。
 遠野と食事に行くようになったのは、誘わないのは悪いような気がした矢神が、何となく声を掛けたのがきっかけだ。
 それからはずっと、時間が合えば三人で食事に行くのがお決まりのパターンになっていた。

「あ、矢神先生」

 更に話を続けようとしたので、矢神は自分の腕時計をトントンと指差しながら言った。

「行かないとまずいんじゃないの?」
「そうなんですけど、今日の夜、二人じゃダメですか?」
「え?」
「嫌ですか?」

 遠野が困ったような表情を浮かべた。

「嫌では……」

 本音を言うと、遠野と二人で話をするのは疲れるから苦手だった。
 嘉村と三人なら遠野の相手を全て自分が受けなくていいのだが。

 しかし、前回も遠野の誘いを断っている。そのことが脳裏を過った。
 あの時は精神的にまいっていたから仕方がないとして、あまりにも何度も誘いを断るのも悪い気がした。
 遠野のことは苦手だが、嫌いではないのだ。

「いいよ、どうせ予定ないし……」

 矢神の答えに、遠野の表情は一気に明るくなる。

「良かった。じゃあ、楽しみにしてます」

 嬉しそうに笑った遠野は、まるでスキップするかのように軽やかに職員室を出て行った。
 男と食事するのを楽しみにされても困る。
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