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第一章

26.避けたくても避けられず ①

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「今日も一日、何とか乗り越えた……」

 矢神は辺りを見渡しながら、こそこそと隠れるように校内の廊下を歩いていた。
 あれから遠野を避けている。どんな顔をして話せばいいのか、わからなくなっていた。

 告白された直後よりも、その状況は悪化している。
 遠野が普段通りでいればいるほど、矢神の方が意識してしまうからだ。気にしないというのは、端から無理だったのだ。

 今では一番仲が良かった嘉村だけじゃなく、遠野とも気まずくなり、あまりの居心地の悪さに職場を変えた方がいいんじゃないかと本気で考えるようになっていた。
 心機一転すれば、全てが上手くいくような気がしていたのだ。
 それは甘い考えだということはわかっていたが、思うようにいかないこの状況も、自分のどんよりとした暗い気持ちもどうにかしたかった。

 やっと職員室の前まで辿り着くと、派手なジャージが目に入ってくる。

「やばい、遠野だ……」

 慌てて回れ右しようかと思ったその時、聞き捨てならない言葉を耳にした。

「大ちゃん、さよなら」
「さよなら、また明日」

 振り返れば、遠野は柔らかい笑顔を浮かべたまま、帰っていく生徒に手を振っていた。
 矢神は、さっきまで避けていた遠野の元に自ら歩み寄った。

「遠野……先生」
「あ、矢神先生、どうしました?」
「どうしました、じゃない! 今、生徒に大ちゃんって呼ばれてなかったか?」
「はい。生徒が二年になってからそう呼ばれることが多くなりました」

 少しはにかみながら遠野は答える。

「なぜ、注意しないんだ!」
「え? フレンドリーでいいかなって。矢神先生もあーやって生徒に呼ばれてますよね?」
「他でどう呼んでるか知らないが、オレの前ではそんな風には呼ばせねーよ!」
「そうなんですか? あーやって可愛いのに。オレも呼びたいです」
「そういう問題じゃない! なめられてるってわからないのか?」
「なめられてますかね……」
「そうだろ! 教師が生徒を導くんだ。フレンドリーじゃダメなんだよ。目上の人にはきちんと……」

 そこまで言って、矢神は急に黙ってしまった。不思議そうに遠野が顔を覗き込んでくる。

「矢神先生?」
「いや……オレがここまで言うことじゃないな。遠野先生のやり方があるだろうし……」

 矢神は、自分のやり方は間違っていないとは思っている。だけど、それが正しいかどうかというのはわからないのだ。
 遠野の言うように生徒と友達感覚でいたら、生徒の気持ちをもっと理解できたのかもしれない。

 ある一人の生徒を思い浮かべた。卒業させることができなかった生徒。未だに悔やんでも悔やみきれない。
 担任が遠野みたいだったら、あの生徒は自分の将来の夢を話してくれただろうか。

 長年教師をしている人からは、生徒が退学することはよくあることだから気にするな、と言われたこともあった。それでも矢神は、誰一人退学させたくなかったのだ。
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