弱気な男爵令嬢は麗しの宰相様の凍った心を溶かしたい

灰兎

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11、捨て身だった宰相様がどうしても生きたい理由を見つけたようです

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シェリルの両親が王都に着いたのは、ヴィンセントの両親と会ったちょうど一週間後の日曜日の午後だった。

両親が到着してヴィンセントとの挨拶を済ませると、長旅で疲れているだろうからと夕飯まで荷ほどきと休憩の時間となった。

早速両親の部屋に赴いたシェリル。

母はメイドと共にトランクからドレスを取り出している所だった。

「シェリル、元気そうで良かったわ」

再会を喜ぶ母は、シェリルに明るい笑顔を向ける。
一ヶ月半会わなかっただけなのに髄分久し振りな感じがした。

「はい、ヴィンセント様のお陰で元気に過ごせてます。お母様達もお元気そうで何よりです。わざわざこちらまでいらして下さってどうもありがとうございます」

「アーノルドが活躍するところも見ておきたかったし、ちょうど良い機会だったわ。ねぇ、お父さん」

「あぁ、そうだな。あいつは忙しくて滅多に家に帰って来られないし、シェリルもこちらに住むのなら、これからはもう少し王都へ来ないとな」

「そうですね……」

二人に悪気が無いのに、会って早々に兄の話ばかりになって、シェリルの心は少ししぼんでしまう。

それからしばらく母達と少し遅めのお茶をしてから、着替える為に自室へ戻った。



(二人は悪くない。私のつまらない嫉妬心のせい。)

両親の事も、兄の事も大好きなのに、何でこんな気持ちになるのか分からなかった。

シェリルは鮮やかなブルーのドレスを選ぶと、栗色の長い髪を結い上げて、サファイアのチョーカーを着けた。

(うん、大丈夫。ちゃんと笑えてる。)

鏡の中の表情を確認してから化粧台を離れた。

タイミングを見計らったようにヴィンセントがドアをノックする。

「どうぞ」

ヴィンセントはドアを少し開けたまま部屋に入ってくると、シェリルを見るなり少し表情が曇る。

「シェリル、どうしたのですか? 気分がすぐれませんか?」

刹那、心配してくれるヴィンセントにすがり付いて泣きたい衝動に駆られる。

けれどどうにか我慢して、少し呼吸を整えてからヴィンセントの瞳を見ると、不思議と心がすっと落ち着いた。

「少し緊張しているだけです。でもヴィンセント様が一緒に居て下さるだけで、元気が湧いてきます」

「そうだと良いのですが……」

ヴィンセントはふとシェリルのチョーカーに目をやる。

「そう言えば、一つお伝えしそびれていた事がありまして、いえ、重要な事ではないのですが……」

「はい、何でしょうか?」

「実はそのチョーカー、陛下は我が家の家宝だとおっしゃいましたが、厳密には私にとっては少し違うのです」

「そうだったのですか?」

「はい、その宝石は以前はブローチで、父方の曾祖母が所有していた物でした。ですが私が生まれた時に、ペンダントに作り変えたそうです。そして私が婚約する2年程前に、父から、私が将来添い遂げたいと思う女性に差し上げなさいと渡されました」

「ではこれは元々婚約者様の物……」

「いえ、違います。ニーナのことは確かに好きだったと思います。ですが、彼女に会った時、このチョーカーの存在を思い出さなかったのです。見知らぬ貴方に出会ったあの時は、すぐに思い出したのに……今思うと、それが全てを表していたと思います。貴方と人生を共に歩みたいと、あの瞬間から思っていたのかもしれません」

ヴィンセントは元気の無い自分を慰めようとしてくれているのだろうか。
少し困ったような、照れているようにも見える顔で微笑んでいる。

「ありがとうございます、ヴィンセント様……」

シェリルは褒め慣れていないので、ついぎこちなくなってしまう。

色んな感情がない交ぜになったシェリルに気付いてか、特に何を言うでもなく、ヴィンセントは少しの間、優しい眼差しで見守ってくれていた。




今日の晩餐にはシェリルの家族とヴィンセントが集まることになっている。

アーノルドが着くまで、四人で食前酒を飲みながら雑談をした。

「すみません、遅くなりました」

黒い短髪がまだ少し濡れたまま現れたアーノルド。
それが何ともさまになっている。

妹から見てもカリスマ性のある兄だ。

「訓練が終わってすぐにシャワーを浴びてこちらへうかがったので、こんな髪で申し訳ないです」

「日曜日もいつもと変わらず鍛練をなさって、騎士団の皆さんには頭の下がる思いです」

ヴィンセントの言葉にアーノルドは少し赤くなる。

(もしかしてアーノルドって本当にヴィンセント様のことが好きなのかな……)

父も母も久しぶりに息子に会えて嬉しそうにしている。

アーノルドも揃ったので、ヴィンセントは食事の前に話があると切り出した。

「大切なお嬢さんを一ヶ月以上お引き留めしてしまいすみませんでした。本来ならば御両親の了承を得てからシェリルさんに改めてこちらへいらして頂くべきでした」

「いえ、その件は息子から伺っています。本当は娘の方がこちらに留まりたいと言ったことも。ご迷惑をお掛けしました」

母も父の後に続いて謝罪を述べる。

「謝罪するのは私の方です。シェリルさんをお引き留めした上に、私の不手際で御両親様に婚約のお許しをお伺いする前に、まず御子息から承諾を頂いてしまいました。順番が前後してしまいすみません。
この様に行き届かぬ若輩者ですが、シェリルさんとの婚約をお許し頂けますでしょうか?」

ヴィンセントが頭を深々と下げる。

「そ、そんな、お顔をお挙げください、宰相様」

父の方が年上とは言え、ヴィンセント程に位の高い人が自分に頭を下げるなど想像もしていなかったのか、慌てふためいた父だったが、やがて少しずつ落ち着きを取り戻した。

やっと顔を上げたヴィンセントに、父は一つだけ尋ねた。

「──娘と一緒に幸せになって下さいますか? この子は呑気で大雑把に見えますが、とても優しい所もありまして……ですから、娘だけが幸せでも、彼女は幸せになれないのです。貴方と一緒に、二人共が幸せでないと……」

「はい、必ずお約束を守れる様、日々精進し最善を尽くします。
……これ迄、主君の為にいつでも命を差し出す心積もりで生きて参りました。それは今も変わりません。ですがシェリルさんと出逢えて、それと同じくらいに、どんな事があっても生きたいと思うことが出来るようになりました。彼女が私の人生の希望と幸せの源です」

ヴィンセントの言葉に一瞬その場が静まり返る。


「──どうか娘を、宜しくお願い致します」

目に涙を浮かべた父と母はヴィンセントに祈るようにお辞儀をした。





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