王宮魔術師オメガは、魔力暴走した王子殿下を救いたい

こたま

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「リンさん、おはよう」
「マリーさん、おはよう」
「とても顔色が悪いわ。もしかして昨晩もまた徹夜で魔道具を作っていたんじゃないの?」
「うん。キリが悪かったから、つい集中しちゃった。でも頑張ったかいがあって凄いのが出来たんだ。後で見てくれない?」
「良いわよ。でも、今日は終わりにして帰って食事を取ってゆっくり寝なさい。発情期も近いはずよね?」
「うん。気を遣ってくれてありがとう。わかった。今日はもう帰ることにするよ」
「それが良いわ。お疲れ様。所長には伝えておくわね」
「ありがとう。お願いするね」

 カタリーナ王国は、魔法のある国だ。国民は皆何らかの種類の魔力を持っている。そして、男女の性とアルファ、ベータ、オメガの性別に分けられ、王族、貴族や国の中枢を担うものにはアルファが多く、その伴侶にはオメガが求められた。

 王宮には様々な職種の人が働いている。王宮魔術研究所もまた王宮の外れにある塔に存在する王宮管轄の組織であり、魔力の強大な貴族の子息令嬢や教会に推薦された平民が働いていた。

 魔術師は、アルファ、オメガ、ベータ共に魔力の強いものは採用されるため、王宮内では最も性差別のない部署であった。

 オメガのリンは、伯爵家の次男として産まれた。伯爵ではあるが広大な領地を持ち、経営に成功している家である。
 アルファの父とオメガ男性の母はおしどり夫婦で、アルファの兄にも可愛がられて育った。

 この国の王太子殿下と宰相子息とは同じ年で、学園で共に学んだ幼馴染である。

 リンは生後間もない魔力鑑定では魔力が多いものの、種がはっきりしないまま育った。
 子供の頃は金髪、碧眼、色白でふくふくとしたかわいらしいピンクの頬をして、女の子と間違われる事が多かった。

 そして学園入学の歳、オメガと診断されると共に、やはり魔力の種が確定せず、その事で自己肯定感を弱めるようになった。

(アルファで、攻撃魔力が強く体も強いお兄様に比べてオメガで魔力もわからないなんて。僕なんて何にも家の役に立たない)

 学園に入学すると、せめてもと学業に邁進したが、剣や乗馬がままならず、魔法の授業でも魔種が未定では、何の魔法に力を入れて学ぶか決められなかった。

 皆がそれぞれの魔法を身につけていくのを苦しい気持ちで追いかける。色んな魔法が使えるのだが、どれも突出して上達しているとは言えなかった。

「リンは、自分らしくすれば良いよ。きっと君に向いていることがある」
「クリス殿下。ありがとうございます」
「君が頑張っていることは良くわかるよ。知識も深く、魔力も多いんだ。自信を持って良い」
「殿下…」
「そうだ。色んな魔法の力があるならそれを融合して何か魔道具を作ってみたらどうかな?魔力の少ない人でも使えたら皆の生活がとても助かると思う」
「はい。やってみます。ご助言ありがとうございました」

 クリス王子殿下とは学園で特別に親しくしているほどでは無かった。しかし、子供の頃から王宮に貴族子息が招かれるお茶会では何度も会っていた。そんなときには一緒に遊んだり、共に植物や昆虫、宇宙や科学に興味を持ち、本の趣味が合って良く話していた。
 ある日、魔法について悩んでいたリンを見かねてクリスが学園内の王子専用サロンに招いてくれ、二人だけで話をしたのだった。

 クリスの助言でリンは魔法の習得と共に魔道具の開発を始めた。すると、他の誰も思い付かなかった魔法理論や魔法の足し算、引き算を使って道具を作ることに成功した。

 学生時代に開発した魔道具のいくつかは実用化され、市井の人びとの生活を豊かにすることが出来ている。

 しかしクリスがリンに話しかけたり何かと構えば、周囲の貴族子息令嬢達から嫉妬される。男性オメガである事や魔種未定をからかわれたり、本や持ち物を隠されたり、足を引っ掻けて転ばされるなどの意地悪をされることがあった。

 低位貴族のアルファ子息からちょっかいをかけられたり襲われそうになることも増えた。
 高位の貴族アルファやクリスの取り巻きはリンを助けることもあったが、リンは次第に人付き合いを控えて、クリスともなるべく接しないようになった。

 そして、魔術師として認められるようになってからは、魔術師用の黒いローブを纏い、無骨な黒のネックガードのうえに口元まで隠す黒のスカーフを巻いて、黒い三角の帽子を深く被るようになった。そこにメガネを掛けておけば、表情を気取られることもない。

 嫌なことを言われても、傷ついた顔を見せず、美しい顔貌を隠してひたすらに魔道具の作成にあたった。

「リン、話したい事があるんだ。人目が気になるようなら王宮に遊びにおいで」
「クリス殿下。すみません。お気遣いありがとうございます。お伺いさせて頂きます」
「学園の休みの日に迎えの馬車を手配するね。お父上にも手紙をしたためてご了解を得ておくから」
「はい。ありがとうございます」

 その週末には、宮殿から迎えの馬車が伯爵家にやってきた。リンを乗せて王宮のクリスの私室に向かう。魔術師としてではないのでいつもと違って普通の貴族の服装をして、顔も出していた。

 美しいバラ園の中にバラを楽しめるようにテーブルと椅子を配した茶席が用意されていた。

「リン、ようこそ。来てくれて嬉しいよ」
「こちらこそ、お招き頂いてありがとうございます」
「ふふふ。顔が見えてうれしい。リンは変わらず可愛いね」
「そんな風におっしゃってくださるのは殿下だけです。あ、あと家族もですが」
「リンは顔を隠してしまっているから。でもその方が私は安心だよ」
「そうですか?」
「余計な目に合う機会が減るだろうからね」
「はい。意地悪されたりすることは減りました」
「そう。良かった」

「今日はね、君を王宮魔術師に推薦したいと思って呼んだんだ。実力はもちろん確かだが、オメガでの就職はお父上が心配されている。だから所長と会ってみたらどうかと思って。魔術師にはオメガで働いている人も数人いるから、リンも安心して働けるんじゃないかと思う」
「え?王宮で働かせて頂けるんですか?僕は卒業したら、伯爵家で一人で魔道具作りを続けるくらいしか出来ないと思っていました」
「お父上もそのようにお考えだがリンの魔術師としての能力がもったいない。リンはまだ働きたいんだよね?」
「はい。魔道具を作るのはとても楽しいです。是非もっと作りたいです」
「うん。私はリンが王宮で働いてくれると嬉しいよ。卒業しても近くに居られるし会えるのが楽しみだな」

 殿下に紹介された魔法研究所所長は、お年を召した白髪の女性だった。ベータの男爵令嬢であるが結婚されず仕事をしたいと希望し、働き続けていたら所長になったという。
 所属している魔術師は、男性、女性、バースも様々で、休みは取りやすく、皆自分のペースで魔術を極めている。
 産休や育休も積極的にとれるから大丈夫ですよ、お待ちしていますね。と歓迎されたリンだった。

「殿下、所長さん。僕は婚約者もいませんし、結婚するかどうかもまだわかりませんが?」
「まあ、いずれはそういう必要もあるかも知れないよ?気長にね」
「?はい。卒業しましたら、どうぞ宜しくお願いいたします」
「はい。お待ちしています」
「決まったね。良かった。お父上にも説明しておくから心配要らないよ」
「ありがとうございます。殿下は、父と良くお会いになる機会があるのですか?」
「うん。そうだね。有力貴族であるし、王宮の会議はもちろん、その、色々と話すことがあるんだ」
「そうでしたか。父も大変お世話になりありがとうございます」
「いやいや…」
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