朔の生きる道

中等部へ進級

浬と風呂

浬side

小学生組が風呂から出て、交代で朔と風呂に向かった。

「服脱いだら声かけて。」

洗面所に置いてある椅子に座り、拙い動きで服を脱いでいる朔に声をかけ、先に浴室に入って洗う。

「…浬、脱げた。」

「ぉーう…ちょい待ち。」

朔が滑らないように床の泡を綺麗に流し、椅子から立ち上がるのを脇に腕を入れて介助する。

「朔、足。」

「わかってる…｡」

装具がないとどうしてもつま先がだらーんと伸びてしまい。
足の甲が床に接して上手く歩けなくなる。
手より麻痺が強く残っている足は扱いずらそうに感じる。

朔を椅子に座らせて、洗っている様子を見ながら湯船に浸かる。

基本的に入浴介助は、俺がする事が多い。 
母さんは、幾ら母親でも思春期の朔にとっては見られたくない人だろうし…。
弟達だと朔の体を支えるのは難しい。
蒼は社会人になってからは、休日以外時間が合わないから、消去法で俺になる。

「胃ろうの所赤くなってね？」

「ぅん。風呂から出たら軟膏塗って、胃ろうカバー着ける。」

「あのドラえもんの？」

「……それはもう着けない。」

胃ろうカバーの多くは、婆ちゃんが作って送ってくれた物だ。
その中でも朔が気に入ってたのが、中国っぽい奇抜なドラえもんのイラストが入った物だった。

1番最初に胃ろうの周りを泡で綺麗に洗い。
頭を濡らすとゆるーい手つきで洗い始めた。
頭を撫でつけているだけで、上手く洗えてないけど…｡

「指曲げて。表面しか泡立ってない。」

「…今やってんだよ。」

浴槽の縁に腰掛け朔の手に手を重ねてしっかり洗う。

「流すよ。」

「…ん。耳…ぃや！」

「はいはい…｡」

自分で耳を塞いでるけど、上手く塞げてなかったようで、お湯がかかり嫌だと頭を振ってシャワーから逃げるのを押さえながらすすぐ。

体とか自分で洗える所は自分でさせてるけど、何にせよ時間がかかる。
風呂好きな朔は、毎日お湯に浸からないと出たがらないし、付き合ってる俺はのぼせてしまう為、後半は強制的に俺が洗っていた。

「お湯浸かるよ。」

「手離さないでよ？」

「離した事ないだろ…｡」

「あるよ！…浬は油断ならねぇし。」

「…そんな事言ってると知らねぇぞ？」

「ぁあ…！ごめ…なさぃ。」

「よろしい。」

こんな茶番を繰り広げながら、浴槽の縁に座らせた朔の脇を抱えゆっくりと湯船に入れてやる。
不意にお湯の浮力で体が傾いた朔に声を掛けようとして気づいた。

「おい…朔？」

かくんと頭が垂れ下がり意識を失った朔は、体から完全に力が抜けている。
このままだと危険な為、強引に湯船から引っ張り上げた。
浴室の扉を開けバスタオルを取ろうとした時には、朔の体は痙攣を始めていた。

「母さん！てんかん！」

なんとか朔が怪我をしないように脱衣場に寝かせて母さんを呼んだ。
お風呂でてんかん発作を起こしたのは久しぶりでテンパる俺を他所に母さんは、いつも通り冷静だった。

「珍しいね。…久しぶりの学校で疲れが出たかな。」

温もって血流が一気に良くなり、脳圧が上がったのもてんかんの原因かなと母さんは言った。
朔は日中にも良くてんかん発作を起こすが、入眠時に起こる事の方が多い。

未だに痙攣を続ける朔は、普段は力の入りにくい手を握り腕を胸元に引きつけ、足ががくんがくんと跳ね上がる。

「…ぅ…ゔ…っゔ…」

苦しいのか痙攣の合間に唸るように漏れる朔の声に早く治まれと願うしかできない。
歯を食いしばり顔を真っ赤にして発作に耐える朔は、少しずつだが痙攣が小さくなってきた。

「…ぅ…げぽ……」

痙攣が治まり母さんがそっと顔を横に向けると、小さくえづき口から少量の嘔吐物が零れた。

「よしよし…。よく頑張った。朔、このままリビングに連れて行くから、着替えておいで。」

母さんは、発作の治まった朔をバスタオルで巻いて洗面所を出て行き
俺は真っ裸でしゃがんでいた事にようやく気づいた。
俺、どんだけテンパってたんだよ…。