2 / 8
始まりの日
しおりを挟む
春の朝。
新品の制服は、まだ身体に馴染まない。
鏡の前で、朔はゆっくり息を吐いた。
右脚に装着された長下肢装具。
膝関節を固定する金属支柱が、制服のズボン越しにわずかに浮き出ている。
クラッチのカフに前腕を通し握る手に汗が滲んだ。
「……行くか」
玄関を出るだけで、心拍が上がる。
病院じゃない。
リハビリ室でもない。
今日から高校生だ。
校門前に集まる。
人、人、人…。
沢山の笑い声が響く中、写真を撮る家族。
走り回る新入生。
その中で
朔だけが、歩く速度を計算していた。
段差まで三歩。
人の流れが途切れるタイミング。
杖の先端の角度。
ガツ…。
小さく音が鳴る。
その途端、周囲の視線が集まる。
(……見んなよ)
分かってる。
悪意じゃない。
でも。
“普通じゃない存在”として、多少の好奇心が入り交じった目で見られているのが分かる。
…喉が乾く。
腹部がじわりと痛んだ。
緊張すると、腸が反応する。
最悪の組み合わせだった。
体育館の入口。
スロープはある。
でも長い。
腕に負担がかかる。
途中で呼吸が乱れてくる。
「大丈夫?」
横から声がして、振り向くと背の高い男子が、立っていた。
「背中押そうか?」
「……いや、自分で行ける」
即答した。
反射だった。
男子は少し笑った。
「そっか。じゃあ隣歩くね」
押さない。
触らない。
ただ歩調を合わせてくれる。
それが妙に楽だった。
「俺、貝塚聖」
「……瀬咲 朔」
「よろしく、瀬咲」
名前を聞いても、表情が変わらない。
装具も杖も見ないで、極々普通に会話してくれる。
それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。
席に着く頃には汗だくだった。
長時間の座位は腸に響く。
腸の違和感に身を屈める。
上手く機能しない腸が、膨張するような強い圧迫感…。
(やばいかも…)
式はまだ始まらない。
今すぐここから逃げたかった。
でも初日。
立てば目立つ。
動けば音がする。
焦りで呼吸が浅くなった。
その時、
前の席からくるっと振り返った顔。
良く似た二人の青年。
「装具、大変そうだね」
「……ぇ…ぁ……ぅん…」
二人の視線に戸惑う。
「俺、真白朝陽」
「僕は、真白夕陽」
朔が瞬きをする。
「……双子?」
「うん」
「ちなみに」
朝陽が少し声を潜める。
「うちの父さん、望月診療所で働いてる医者なんだ」
ドクンッ…心臓が跳ねた。
「……え?」
夕陽が笑う。
「望月先生とこ通ってる?」
沈黙…。
数秒後、観念したように頷いた。
「……主治医」
「やっぱり!」
朝陽が小さくガッツポーズしていた。
「父さん、瀬咲くんの話してた」
逃げ場が消えた気がした。
でも…不思議と嫌じゃなかった。
入学式が始まる。
長い校長の挨拶。
座位保持の苦しさに腹部の鈍痛が襲ってくる。
額に汗が滲んだ。
腸が動く感覚に息が詰まる。
(頼む…今じゃない)
指先が震えた。
もしここで失敗したら。
高校生活は終わる。
同年代の奴らと同じ
普通の生活を送るために必死で受験勉強して受かったんだ。
歯を食いしばり、この時間をやり過ごそうと覚悟を決めた。
その時、隣から小声で聖に話しかけられた。
「途中で出てもいいと思うぞ…顔色ヤバいよ」
さっき会ったばかりの彼に見抜かれていた。
否定できない。
前から夕陽が振り返る。
「保健室場所、さっき確認した…着いて来て」
朝陽が続ける。
「俺が先生に言っとくよ」
自然過ぎる連携。
特別扱いじゃない。
“逃げ道を用意する”だけ。
朔の喉が詰まる。
病院以外で、こんなふうに支えられたのは初めてだった。
式の途中で、朔は静かに立ち上がった。
杖の音が体育館に小さく響く。
数人の生徒が振り向く気配を感じたが、
もう足は止まらない。
出口までの道を聖がさりげなく人を避け誘導してくれる。
朝陽と夕陽が、教師に説明してくれている。
体育館を出た瞬間に緊張の糸が切れ
朔は壁に手をついた。
荒い呼吸に肩が上下する。
冷や汗が全身から吹き出していた。
ギリギリ…本当にギリギリだった。
「……助かった」
小さく呟いた。
その言葉を三人は、あえて聞こえないふりをした。
その日の夕方。
朔は、かかりつけ医である望月診療所の診察室にいた。
「入学式どうだった?」
診察椅子越しに聞く暁彦先生。
朔は少し考えて。
「……疲れた」
その一言。
「でも…」
珍しく続けた。
「友達できた」
カルテを書く手が止まる。
後ろで聞いていた
織悠先生が小さく笑った。
「それは大進歩だね」
朔は気づいていなかった。
今日…“普通の高校生”で居られたことに。
新品の制服は、まだ身体に馴染まない。
鏡の前で、朔はゆっくり息を吐いた。
右脚に装着された長下肢装具。
膝関節を固定する金属支柱が、制服のズボン越しにわずかに浮き出ている。
クラッチのカフに前腕を通し握る手に汗が滲んだ。
「……行くか」
玄関を出るだけで、心拍が上がる。
病院じゃない。
リハビリ室でもない。
今日から高校生だ。
校門前に集まる。
人、人、人…。
沢山の笑い声が響く中、写真を撮る家族。
走り回る新入生。
その中で
朔だけが、歩く速度を計算していた。
段差まで三歩。
人の流れが途切れるタイミング。
杖の先端の角度。
ガツ…。
小さく音が鳴る。
その途端、周囲の視線が集まる。
(……見んなよ)
分かってる。
悪意じゃない。
でも。
“普通じゃない存在”として、多少の好奇心が入り交じった目で見られているのが分かる。
…喉が乾く。
腹部がじわりと痛んだ。
緊張すると、腸が反応する。
最悪の組み合わせだった。
体育館の入口。
スロープはある。
でも長い。
腕に負担がかかる。
途中で呼吸が乱れてくる。
「大丈夫?」
横から声がして、振り向くと背の高い男子が、立っていた。
「背中押そうか?」
「……いや、自分で行ける」
即答した。
反射だった。
男子は少し笑った。
「そっか。じゃあ隣歩くね」
押さない。
触らない。
ただ歩調を合わせてくれる。
それが妙に楽だった。
「俺、貝塚聖」
「……瀬咲 朔」
「よろしく、瀬咲」
名前を聞いても、表情が変わらない。
装具も杖も見ないで、極々普通に会話してくれる。
それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。
席に着く頃には汗だくだった。
長時間の座位は腸に響く。
腸の違和感に身を屈める。
上手く機能しない腸が、膨張するような強い圧迫感…。
(やばいかも…)
式はまだ始まらない。
今すぐここから逃げたかった。
でも初日。
立てば目立つ。
動けば音がする。
焦りで呼吸が浅くなった。
その時、
前の席からくるっと振り返った顔。
良く似た二人の青年。
「装具、大変そうだね」
「……ぇ…ぁ……ぅん…」
二人の視線に戸惑う。
「俺、真白朝陽」
「僕は、真白夕陽」
朔が瞬きをする。
「……双子?」
「うん」
「ちなみに」
朝陽が少し声を潜める。
「うちの父さん、望月診療所で働いてる医者なんだ」
ドクンッ…心臓が跳ねた。
「……え?」
夕陽が笑う。
「望月先生とこ通ってる?」
沈黙…。
数秒後、観念したように頷いた。
「……主治医」
「やっぱり!」
朝陽が小さくガッツポーズしていた。
「父さん、瀬咲くんの話してた」
逃げ場が消えた気がした。
でも…不思議と嫌じゃなかった。
入学式が始まる。
長い校長の挨拶。
座位保持の苦しさに腹部の鈍痛が襲ってくる。
額に汗が滲んだ。
腸が動く感覚に息が詰まる。
(頼む…今じゃない)
指先が震えた。
もしここで失敗したら。
高校生活は終わる。
同年代の奴らと同じ
普通の生活を送るために必死で受験勉強して受かったんだ。
歯を食いしばり、この時間をやり過ごそうと覚悟を決めた。
その時、隣から小声で聖に話しかけられた。
「途中で出てもいいと思うぞ…顔色ヤバいよ」
さっき会ったばかりの彼に見抜かれていた。
否定できない。
前から夕陽が振り返る。
「保健室場所、さっき確認した…着いて来て」
朝陽が続ける。
「俺が先生に言っとくよ」
自然過ぎる連携。
特別扱いじゃない。
“逃げ道を用意する”だけ。
朔の喉が詰まる。
病院以外で、こんなふうに支えられたのは初めてだった。
式の途中で、朔は静かに立ち上がった。
杖の音が体育館に小さく響く。
数人の生徒が振り向く気配を感じたが、
もう足は止まらない。
出口までの道を聖がさりげなく人を避け誘導してくれる。
朝陽と夕陽が、教師に説明してくれている。
体育館を出た瞬間に緊張の糸が切れ
朔は壁に手をついた。
荒い呼吸に肩が上下する。
冷や汗が全身から吹き出していた。
ギリギリ…本当にギリギリだった。
「……助かった」
小さく呟いた。
その言葉を三人は、あえて聞こえないふりをした。
その日の夕方。
朔は、かかりつけ医である望月診療所の診察室にいた。
「入学式どうだった?」
診察椅子越しに聞く暁彦先生。
朔は少し考えて。
「……疲れた」
その一言。
「でも…」
珍しく続けた。
「友達できた」
カルテを書く手が止まる。
後ろで聞いていた
織悠先生が小さく笑った。
「それは大進歩だね」
朔は気づいていなかった。
今日…“普通の高校生”で居られたことに。
45
あなたにおすすめの小説
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ファントムペイン
粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。
理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。
主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。
手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった……
手足を失った恋人との生活。鬱系BL。
※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
朔の生きる道
ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より
主人公は瀬咲 朔。
おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。
特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。
悪夢の先に
紫月ゆえ
BL
人に頼ることを知らない大学生(受)が体調不良に陥ってしまう。そんな彼に手を差し伸べる恋人(攻)にも、悪夢を見たことで拒絶をしてしまうが…。
※体調不良表現あり。嘔吐表現あるので苦手な方はご注意ください。
『孤毒の解毒薬』の続編です!
西条雪(受):ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。
白銀奏斗(攻):勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる