横顔だけじゃ足りない

鈴川真白

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視線だけじゃ足りない

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 教室は机をほとんど片付けて、いつもと違う空間に感じられた。

 黒板は俺も含めた数人で描いたイラストでいっぱいになり、あちこちで段ボールや画用紙と向き合う人がいる。絵の具の匂いも漂っていた。

 俺と塩野で買ってきたものや届いた荷物を分けて、それぞれの数を数えてメモに記帳していく。

 文化祭まであとわずかだ。順調に来ていたはずが、途中で気が緩んだのか現時点では遅れが生じていた。

 塩野を女子が囲んでどこかへ連れて行っても俺は気にせず作業を続ける。

 あ、このプラスチックコップは端に寄せておこう。まとめといたほうがいいかな。

 ダンボールの中を整理しつつ、塩野が行った方に耳を傾ける。教室の奥からは、絵の具が足りないと言う声や、チラシの枚数を確認する声が聞こえてきた。忙しない空気の中で、塩野と女子たちの笑い声がひときわ響いている。

「シオ、当日一緒に回ってくれないの!?」
「うん、やだって断ったじゃん」
「えー、何でよ」
「もう回る人いるから」

 冷たくあしらう塩野にめげず「誰よそれ」と投げかける女子を、素直にすごいと思った。

「教えなーい」
「もう……じゃあ、看板持ってお客さん呼んでくれない?」
「いや、俺は受付やるって決まってるし変えたくねーわ」
「シオがやってくれたら話題になるから! 他のクラスに負けたくないじゃん」

 一瞥すると、困ったように眉を下げた表情をする塩野。断れなさそうだった。人気者は大変だな。無理してねーといいけど。

 その点、俺は気楽でいい。当日の担当は塩野も俺も受付だから、塩野が宣伝に回るなら他に誰かが受付をやってくれるんだろうか。

 いない場合、俺の休憩ってどうなるんだろう。

 てか、1人で受付担当するのも他の人とやるのも急に変えられたら困る。塩野とだから、話せる相手で良かったと思ってたのに。

 休憩のときに他のクラスで友達がやってる甘味処は、行けんのかな。初日で様子見て、もし行けなさそうなら次の日になりそうって連絡しとくか。

 塩野から一緒に回ろうって誘われてたから、1日目は塩野で2日目はその友達と回る予定だったのに。まあ、塩野が忙しかったら初日は1人で回るのもありか。

「とにかくパスで! 遠藤、ちょっとは助けに来てよ」

 逃げてきたらしい塩野が隣に立って、がっくり項垂れた。

「俺に助けられるわけねーだろ。断ったの意外だった」
「えー、だって引き受けて遠藤と回れなくなったら困る」

 塩野はずるずると持ってきた椅子に座って机になだれ込んだ。拗ねたようにこっちを向く塩野に「そんなに重要じゃねーだろ」と俺はクスクス笑った。

「それで断ったのかよ」
「だってすげー楽しみだから。大事でしょ」
「そんなに? 塩野って俺のこと好きなんだなー」

 お疲れ、と塩野の背中を叩いてから、近くのマドラーをケースにしまう。しおれた塩野には冗談が届かなかったのか、今のは外したのか、どちらにせよ返事がなかった。

「俺、これあっちに運んどくから。ちゃんと休めよ」

 さっきの発言をなかったことにして塩野に声をかける。ゆっくり起き上がった塩野が真剣な表情で「そうだよ」と言った。

 どっと心臓が脈を打って、息が止まった。そうだよって?

「あ、うん。そうだよな、休んどけよ」

 逃げるようにダンボールを持って、俺は教室の前に下ろした。そうだよ、の一言が耳に残っている。びっくりした。鼓動が速くなった自分にも。

 一瞬、好きって言葉を肯定されたのかと思ってしまった。

 文化祭の買い出し担当になってからというもの、塩野の存在がすっかり身近になった。だからって、さすがにそんなわけねーだろ。

 冗談に乗っかってくれただけかもしれない。きっと、そうだ。もしくは休んどくよって言った聞き間違えとか。

「遠藤、今って暇? ってか顔赤くない?」
「ヒマじゃねーし、赤くもねーよ」
「あ、そー。暇ならお願いしたいことあるんだよね」

 ヒマじゃねーって言ったのを思いっきりスルーされた。女子3人から囲まれてしまい、戻るに戻れない。どうせこの熱が冷めるまでは戻れないからいいか。

 塩野に宣伝を頼んでいた女子たちだ。ろくなお願いじゃないことはわかる。

 塩野と仲良くなって、多少こうした煩わしいことは増えたものの、浮きもせず輪から外れすぎずでちょうどよかった。

「ねぇ、これつけてよ!」
「うわー、今度は俺に来たってこと!?」

 塩野がだめで何でこれが俺に回ってくるんだ。ネタにしたって俺がやったところでかわいくねーのに。

「俺は絶対やんねーから、塩野を説得して」
「シオはだめなの! だからね、遠藤だけでもいいよ。宣伝のために頑張ってよ」

 猫耳のカチューシャを持った女子から「これつけていい?」と訊ねられてしまった。顔をそむけつつ答える。

「やだって言っていいならやだ」と断った瞬間、両脇からがっちり押さえ込まれた。

「やだ禁止。はい、屈んで」

 許可とった意味何なんだよ。俺は観念して頭を下げた。つけられたカチューシャは小さめできつくて、頭が締め付けられる。

 何で塩野は断れるのに、俺だと押し切られるのか。

「さすがにこれはお客さん減るんじゃねーの?」

 俺はため息まじりに呟いた。どんな恥晒してんだこれ。

 押さえが緩んだ隙に外そうとカチューシャに手をかけると「取らないで」とピシャリと言われた。

「意外と遠藤かわいいよ! ありあり」

 きゃっきゃとはしゃぐ女子3人たちは満面の笑みだ。褒められたところで何も嬉しくない。

「一緒に写真撮ろ」と、スマホまで触りだした。こうなったらもう止められないだろう。諦めて俺は早く終わるように口を閉ざした。

「俺も入れて」

 復活したらしい塩野が現れたかと思えば、すかさず女子たちの目が光った。

「えー、どうしようかな。シオはカチューシャつけてくれるの?」

 まったく抜かりがない。そういうのはやめてやれよと言おうとして、塩野と目が合った。塩野は優しく微笑んで「わかった」とうなずく。

「塩野、断ったんじゃねーの?」
「まあ、当日じゃないならいいよ。あ、遠藤の借りようかな」

 俺からそっとカチューシャを外して、自分につける塩野。外した後に俺の髪を撫でて整えるまでしてくれた。

 助けてくれたのだと理解して、俺は隣に並んだ塩野に「ありがとう」と耳打ちする。

「はい、撮るからカメラ見てねー!」

 こちらを向こうとしていた塩野が前を見る。きれいな横顔がすぐそこだった。絵を描いていたときよりもずっと近い。

 これでお客さんを呼びたいと思う気持ちは、ものすごく理解できる。俺がお客さんの立場なら、塩野がいるなら行こうって思うだろう。

 スマホのシャッター音より、自分の心臓の音が大きく聞こえるような気がした。

「ちょっと遠藤!? どこ見てんの。カメラここだから、隣は見ない!」
「ごめん、ぼけっとしてた」

 せーの、の声に合わせてカメラに顔を向ける。俺の失敗のせいか、ものすごい数のシャッター音が聞こえた。

「はいおっけー。あとで全部送るね」
「失敗したのも全部送っといて」
「はいはい、シオには撮ったの全部送ってあげる」

 ふふん、と満足げに笑った女子が「感謝してよね」と塩野の腕を叩く。塩野は「痛いから」と言いつつ、なぜか顔をほころばせていた。

「あ、遠藤にも送ってあげるよ。失敗したやつ」
「俺は失敗したやつだけなのかよ」
「ちゃんと全部あげるけど、失敗したのもよく撮れてるから見ときなよ」

 その場で見せてもらおうとしたが、見せてもらえなかった。どう考えても俺がカメラを見損ねただけだろう。大した失敗ではないはず。

「見せてくれねーのかよ」
「いいから、あとで見て」

 女子だけで盛り上がって嵐のように去って行ってしまった。

 ポケットのスマホが震えて、自分のスマホを確認する。早速画像を送ってくれたらしい。

「遠藤、何で俺のこと見てんの?」
「偶然、タイミングでそうなってただけだよ」

 みんなきちんとカメラ目線なのに、俺だけが塩野を見上げていた。かと思えば、今度は塩野が俺の方を見ているのもあって「何で塩野もこっち見てんの?」と訊ねる。

「だって、見られてたら気になるじゃん」
「気づいてたなら今さら言ってくんなよ」
「そのとき言ったら、遠藤はごまかして目を逸らすでしょ?」

 ぼっと火がついたみたいに体温が上がる。何で塩野見てたんだ、俺は。先に見てしまったばかりに言い訳が思いつかない。図星なので言い返す言葉もない。

「誰か手伝ってー」の声がして、俺は「今行く!」と声を張り上げた。よし、来た。ここは一旦逃げよう。

 風船がたくさん入った箱を抱えるクラスメイトを手伝いに行くと、当たり前のように塩野がついてきた。お前についてこられたら意味ねーだろうが!

「これ廊下に飾ってもらっていい? 上の部分だから、身長高い2人助かるよー」
「まあ、遠藤は俺より小さいけどね」
「それ今必要な情報か?」

 結局、2人でやることになってしまった。俺は1人になりたかったのに。

 椅子の上に立って、塩野と反対側から風船を壁に貼り付けていく。色とりどりの風船をどう並べるかは俺のセンスにかかっている。

 普段に比べて人通りも多く、にぎやかな廊下。あちらこちら楽しげだ。ここだけ妙な緊張感が走っている気がした。

「ね、遠藤」

 静かでよく通る塩野の声が響いて、ぴたっと俺の手が止まる。またすぐに動かして、風船を貼り付けてから口を開いた。

「……何?」

 視線を合わせられずにいると、椅子をずらした塩野が隣に立った。嫌じゃない胸の苦しさで息を吐く。

「んー、俺にありそうか訊いておきたいなって」
「何が」
「脈、俺にありそう?」

 わかりづらい言い方をする塩野。俺には伝わると思ってんだろう。大正解だ。顔を隠すように片手を当てて「イケメン怖くてやだ」と声を絞り出した。

 そんなわけあった。塩野、俺のことが好きなのか。

「何でだよ、怖くねーだろ。遠藤的にどう思う?」

 指の隙間から見える塩野の笑みは、冗談なのか本気なのかわからなかった。答えをはぐらかすのは許してくれないらしい。

「まあ、そうだな。なくはない」
「それってどっち?」
「ありのほう、だと思う」

 風船を持つ手のひらに汗をかいてきた。貼り付けようとする手が、わずかに震える。

 まだ自分の気持ちがはっきりあるわけじゃねーけど、塩野のことは好きに入っていると思う。

 塩野は「そっか」とだけ答えて、微笑んだ。どういう反応なのか、よくわからない。

 それ貸して、と俺の持っている箱から塩野が風船を取る。最後の1つを真ん中のあたりに貼り付けて「終わり」と塩野は満足げに言った。

「遠藤、行こ」

 先に椅子から下りた塩野の指先が俺の指先にちょんと触れて、無意識に肩が跳ねた。

「なっ、なん……」

 うまく言葉が紡げない上に自分でも意外なほど掠れてしまっていた。指先からあっという間に熱が回って、顔まで熱くなる。

「ん? 教室戻ろーってだけ」
「普通に口で言え」
「言ったじゃん。危ないから、下りるとき気をつけなよ」

 誰のせいで危ねーと思ってんだよ。睨み付ければ目を合わせることになるため、俺は床に目を落とした。

 今の塩野が俺を面白がっていることだけは、顔を見なくても明らかだった。
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