横顔だけじゃ足りない

鈴川真白

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想いだけじゃ足りない

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 文化祭当日。結局、朝から宣伝担当から直々にお願いがあり、根負けした塩野が宣伝のために歩き回ることになってしまった。

 大変だな、と他人事でいたのに塩野のやつ「遠藤もいるならいいよ」と余計なことを抜かしたらしく、俺まで連れて行かれることになってしまった。

 1人が嫌な気ちは理解できる。けど、よりによって一緒に行く相手が俺かよ。

 担当を変わるときにクラスメイトからものすごく感謝されたのも含めて、俺は何だか納得がいってない。

 廊下はカラフルなポスターと装飾で埋め尽くされて、知らないクラスの笑い声や呼び込みの声が混ざり合っている。普段の倍は人で溢れていた。

 塩野は歩くだけで目立つ分、声をかけられることも多かった。俺が横から「1年B組でカフェやってまーす!」と大きく発した言葉なんか聞かれちゃいないだろうけど、話しかけてきた人が塩野に近づきすぎるのは阻止できたと思う。

 今日だけで俺は色んな人を敵に回したかもしれない。と、同時に塩野のおかげで色んなクラスの女子がくれたお菓子やら景品やらを俺ももらえたという面もあるのでプラスということにしよう。

「さすがに俺に宣伝効果はねーだろ」

 教室が近づいてきて、ようやく一休みできると俺はホッとした。本当なら受付で現金を受け取ってチケットを渡すだけのはずだったのに。

 俺の首から下げた紙には前も後ろもカフェの名前とクラスとイラストが描いてある。

 やりたいと思ってた人が描けたのは良かったけど、せっかくのファンシーなイラストをちゃんと見てもらえたかわからない。

 塩野が手持ち用の看板とこれを身につければ宣伝効果は十分だった。

 みんなの頼りの塩野が俺の名前を出したのだから、駆り出されたのは仕方ないとわかってる。でも、正直なところ俺が役に立てた気はしなかった。

「すげーあるよ。遠藤が隣にいてくれるから、5割増しくらいで俺が頑張れてる」
「俺にどんな効果あんだよ。つーか塩野って、なんで俺なの?」

 不思議だった。助けてくれたのは、絵が気になってたからだったけど急にぐいぐい来た理由は何だろう。

「内緒にしとこうかな」

 塩野は心底楽しそうに笑った。そう言われると余計気になってくる。

「全然わかんねーなあ。ヒントは?」
「俺、もう言ったと思うよ」
「え、嘘何て?」
「遠藤にとっては大したことじゃないと思う。仕方ないから、後で教えてあげるよ」

 教室に入ると、塩野を見つけた女子たちが囲んでそれどころじゃなくなってしまった。

 休憩してきなよ、と塩野だけに声をかける女子にそんなもんだよなと思っていたら「遠藤もありがとね」とスナック菓子をもらった。

 今日はもらってばっかりだ。塩野だけじゃなく俺にもくれるなんて、気配りのできる人が多い。

 塩野の友達を大事にしてくれてるだけかもしれない。俺自身はおまけみたいなものだろうけど、そんなもんだろう。

 別にいい。塩野の役に立てたなら、俺も満足だ。

「塩野、誰かから声かけられてなかった!?」
「すっげー、声かけられた。けど俺がガードしといたから、個人的なやりとりはゼロ」
「さすが遠藤、役に立つ! 休憩行ってきていいよ。これ、お疲れさま」
「おー、助かる。ありがとう」

 塩野が受け取ったものと俺が受け取ったものでドリンクの色味が全然違っていたが、何も言わなかった。

 ドリンクを作っているあたりを確認して、隣の塩野が飲んでいるものを見やる。どうやら塩野は無糖の紅茶らしかった。俺は甘くても問題ないと、オレンジジュースにしてくれたみたいだ。

 ありがたく一気に飲み干せば「ちょっとだけこっち来て」と手招きされた。

「休憩の前に、ちょっとだけ遠藤借りるね」
「え、何で俺?」

 女子が見る先がどう考えても塩野だ。そこの許可は、俺じゃねーんだ。

「あ、うん。いーよ」
「塩野も当たり前みたいに答えんじゃねーよ。まあいいや、先休憩しといて。どこにいるか連絡して」
「わかった。後でね」

 澄ました顔の塩野にひらひら手を振る。俺は仕方なく、女子に続いて廊下へ足を踏み出した。

 隣の教室は休憩所になっていて、椅子が並べてあるだけの教室だった。にやにやする女子に「何があんの?」と訊ねてみる。

「遠藤に似合いそうだから、試させてほしいことあるんだー」
「試させてほしいこと?」
「そう、ちょっと顔貸して」
「こわ、何それ」

 いいから、と腕を引っ張られる。何でまた俺がこんなに絡まれる羽目になってんだよ。見れば、他にもクラスの女子がいて、俺は塩野を連れてくるべきだったと後悔した。

 広げられたメイク道具らしきものを見て、これからされることをなんとなく察した。俺じゃなくて、こういうのは塩野の担当じゃねーの?

 どこまでならやっていいかと訊かれて、諦めて「落とすから何でもいいよ」と答える。

 されるがままになっていると、ポーズをとって写真を撮られたり「何でこんな肌綺麗なの腹立つ」「この肌ほしい」とうらやましがられたり、散々だった。

 :
 :

 ようやく女子たちから解放されて、急いで塩野のいる場所へ向かう。立ち入り禁止のロープを越えて、使われていない空き教室の中に入る。

 遮光カーテンの閉められた室内は隙間から漏れるわずかな光のみで、薄暗かった。教室の電気をつける。

 思いの外時間がかかって、休憩時間が削られてしまった。

「遅くなってごめん。甘味処から回るでいい?」
「お疲れ。まずは――」

 俺を見るなり、ぴたりと動きが止まった塩野。どうしたのかと塩野へ近づくと、ずっと一点を見つめているようだった。後ろを振り返っても何もない。俺の顔?

「遠藤、何か……ここ赤いのついてるけど何?」

 塩野から唇を指差されて、俺は「え?」と声を出す。塩野の目が揺れていた。

「何してたの?」
「いや、特には……女子からちょっと」

 言いかけて、はたと気づく。俺はさっきのことを思い出して「うわっ」と声を出した。まだ落ちてなかったか。

 そういえば、立ち上がったときに女子から何か言われていた気がした。きっと、このことだったんだろう。急いでたから、それどころじゃなかった。

「たぶん、リップついてるよな。結構赤っぽかったから目立ってる?」

 どこについているか自分では見えず、口元を触ろうとすると「俺が落とすよ」と塩野から言われた。

「あ、じゃあコットンもらってたからそれで。あ、クレンジングは借りてきたほうがいいのかな」

 ポケットに手を入れて、女子からもらっていたコットンを取り出す。塩野が笑ってないことに気づいて「塩野?」と俺が呼んでも、塩野は俺と目が合わないままだ。

「直接、触ってもいい?」
「え……あ、とれんならいいけど。どのへん?」
「ここ」

 ぐいっと無遠慮に押し当てられた指先は、少し力が強かった。けれども何も言えなかった。刺されたような顔をした塩野の手首をつかむ。

「ごめん、痛かった?」

 眉を下げた塩野が肩になだれ込んできて、具合でも悪いかと心配になってしまった。

「まあ、ちょっとだけ……でもへーき。塩野はどした? 大丈夫?」
「大丈夫じゃねーわ。何でこんなものつけてるの」

 塩野の声は少し震えていた。怒ってる?  じゃねーか、これは。

 顔を上げた塩野は眉を寄せて、視線を泳がせた。焦りとも不安ともつかない表情。

 電気をつけなきゃ良かった、と思うほど俺の顔に熱が集まった。何だか、塩野が嫉妬して拗ねてるみたいに思える。

「何でって、そりゃリップつけられたからだろ。他にもメイクされたんだけど、落ち着かなすぎて、全部落としてもらった。よく見たら、他にも落ちてねーとこあんのかも」
「そうなんだ」
「……まさか塩野、俺が誰かとキスしたと思って焦った?」

 冗談めかして訊ねれば、ぐっと言葉に詰まって黙ったままの塩野。思わず、声を出して笑ってしまった。

 しょうもない。そんなわけねーのは、塩野でもわかるだろ。わかってほしい。

「そんなことで焦んなよ。俺のこと何だと思ってんだ」
「じゃあ、俺がしてもいい?」
「え?」

 顔を上げれば、塩野の真っ直ぐな目にフリーズしてしまった。射抜かれて、動けない。自分の心臓の鼓動だけが、やけに響いている。

「俺、このままだと遠藤にキスするけど」
「……え?」
「嫌だったら、ちゃんと拒否して」

 余裕のない塩野の表情を目の当たりにして俺は一歩後ろに引きそうになった足を止めた。拒否するつもりはない。

 躊躇うような塩野の瞳をまっすぐ見つめ返す。耳のあたりを触られて、少しだけくすぐったさを感じた。

「え、あー……こういう言い方したら嫌かもしんねーけど、試しにしてみて。今のところお前に触られるのは嫌じゃねー気がする」

 唇に指が触れても全然嫌じゃなかった。今触れてるのだって、振り払いたいとは微塵も思わない。

 指で嫌じゃねーんだから、塩野なら嫌じゃねーってことでいいだろ。

「えっ?」

 自分からしかけてきたくせに、塩野がきょとんとする。よく見えなくても、顔が赤くなっているのだとわかった。

「後悔したとか言わないでよ、傷つくから」
「言わねーよ、いいから早くしろって」

 だんだんと近づく塩野の顔。塩野の前髪が触れるほどの距離に耐えきれず俺は目を閉じる。遠慮がちに、ふにっとした柔らかさと、少しだけかさついた感触が唇に重なった。

 唇が離れた瞬間、俺は思わず息を吸った。目を開けると、まだ塩野の顔がすぐそばにあって恥ずかしさが込み上げて来る。

 塩野は顔を見せたくなかったのか、再び俺の肩に寄りかかった。後頭部に添えられた塩野の手が強張っている気がする。

 俺は自分の心臓がうるさすぎて、うっとうしいくらいだった。

「嫌になったりしなかった? 好きだよ、遠藤。俺のこと、好きになってよ」

 塩野の頭をポンポン叩く。かわいいな、と思ってしまった。

 自分より身長が高くて、手はごつごつして大きいし、力だって強い。それでも、塩野が愛おしいって気持ちが芽生えている。確かに自分の中に塩野の存在があった。

 俺が好かれることに慣れてなくて、舞い上がってるだけと言われたらそれまでだ。それでも、自分の心臓がこんなに騒がしいのはもう答えでいいだろ。俺は観念して、口を開く。

「嫌じゃねーし、もうなってるよ、たぶん。つか脈ありのときありのほうな時点で塩野のこと好きって言ったようなもんじゃねーの?」
「えっ!?」

 よし、元気戻ったな。せっかく塩野と回れる文化祭、楽しみにしてたんだ。

 ここでタイムアップにはしたくない。さっさとしよう。余韻とかそういうのは後回しにしないと、噛み締めてるだけで文化祭が終わる。

「俺、絶対に甘味処は行くって決めてんだからな。早く行こう」
「手は繋いでもいい?」
「ここだけ、教室出るまでな! じゃねーと、今はちょっと俺の心臓もたなさそう」

 塩野からぎゅっと手を握られて、指の間に変な汗をかきそうだった。心臓は落ち着くことを忘れてしまったかのように暴れっぱなしだ。

「わかった、ありがとう」

 とびきりの笑顔の塩野が「ちょっと待って」と真剣な顔で言うから立ち止まると、隙をついてキスをされた。

「何もわかってねーだろ!」
「ははっ、わかってたまるか。俺のほうがずっと心臓がもたねーもん」

 もんって、かわいこぶんなよ。言い返そうとして、先に教室を出た塩野を追いかけると塩野の耳も赤いことに気づいた。自分のことで手一杯で、気づくのが遅れてしまった。

「塩野、かわいいやつだな」
「でしょ。描いてもいいよ」
「そうだな、2人のときなら描くか」

 え、と期待するような眼差しを向ける塩野を小さく笑った。

 隣に並んで甘味処へ向かう。どこからともなく漂う、美味しそうな香り。

 塩野を連れてったら友達に驚かれそうだ。意外な組み合わせだってことは理解している。

 遠くにいると思ってた塩野が俺のこと好きなんだって。しかも、ずっと気にしてたなんて。

 ちょっとだけ友達に話してしまいたい気持ちがある。そのくらいには浮かれてる。まだ実感も湧いてないのに言わねーけど。

「描いてるときの遠藤を前から見てもいい?」
「……それ、真正面から塩野を描けってこと?」
「違う。何でもいいけど、描いてるときの遠藤を見たいだけ」

 ずっと横顔だったから、と塩野が付け加える。

「まあ、俺も横顔だけじゃ足りねーしな」
「うん、俺もそう。遠藤の顔、もっとちゃんと見たい」
「……見てもいいよ」

 許してやろう、と上から目線な発言をすると、塩野が「やった」とはにかんだ。その顔に心臓がぎゅっと苦しくなった。ほんとイケメンってやだ。

 甘味処に到着して、並びながら黒板に書かれているメニューを眺める。添えられたイラストがリアルだった。

「あ、ってか何で俺なんだっけ?」

 さっき後でと言われていたのを思い出して、訊ねてみた。塩野みたいなタイプが俺を気にしていた理由は気になる。

「みんなかたまってる中でひとり静かに描いてた遠藤のこと、いいなと思ってたから。どっかでチャンスねーかなって狙ってた」
「え、あー、それは前にも言われたやつか。買い出しで声かけてくれたときには、もうそうだったの?」

 人のいる廊下では好きだと明言するのは避けておいた。

「そうだよ。俺にはうらやましかったんだよ。自分だけの世界を持ってる感じで、かっこいいなって思ってた」

 俺はハッとした。塩野の周りは、塩野が自分からいかなくても人が集う。俺からすれば1人は当たり前でも、塩野はそうじゃないのかもしれない。

 俺が1人て絵を描いてるだけのことを、そんな風に思ってくれてたのか。俺には、まだうまく消化できない。

 きっと俺の知らない塩野の中で、色んな積み重ねがあったんだろう。自分のことだから考えるのも照れてくる。

「俺はずっと塩野がまぶしかったけどな。塩野って太陽っぽいじゃん」
「遠藤って意外とはっきり言ってくれるよね」
「そう? 普通じゃね?」

 何かずるい、と唇を尖らせる塩野を見て、俺は「どういうことだよ」と笑った。

「遠藤のほうが太陽っぽいよ」
「それは他に思う人いねーよ。太陽要素ねーだろ」
「あるでしょ。きらきらしてるよ」

 どこが。それは好きのフィルターかかりすぎだろ、と苦笑する。

「きらきらは、塩野だけで十分だから」
「えー、俺ってきらきらなの?」

 わざとらしく瞬きをしながら見つめてくる塩野。ほら、ムカつくくらいにまぶしい。ずっと見てると焼かれそうだ。

「やっぱ、描くのまだやめとくか」

 真正面から描く約束をしたけど、先延ばしにしてもいいかなとぼんやり思った。

「何でよ。じゃあ、俺が遠藤のことずっと見てるのはいい?」
「それも困るな」
「いいじゃん、そのくらい」

 口をとがらせて拗ねる塩野を見て、俺はクスクス笑ってしまった。

 俺を真っすぐ見る塩野に慣れるのは、たぶんもう少し先になりそうだから。というのを教えたら調子に乗って面倒そうだから、今は秘密にしておこうと思った。
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