32 / 47
3 出張
15日目 イネスのお菓子作り
しおりを挟む
14時10分
7人の中で、お菓子作りに興味があるのは、イネスちゃんだった。
黒いショートカットに、脂肪のない薄いまぶた、くりくりとした琥珀色の瞳、豊かな黒まつ毛。
イネスちゃんは、ぼくが作ってあげたデニムと黒のTシャツ、黒のローファを着て、その格好のまま、キッチンに立った。
今作っているのは、イタリア菓子のカンノーリと、ただのクッキーだ。
スペインからやってきた彼女は、ほんのりと灰色っぽい肌をしていて、一見するとポルトガル人っぽかった。
ぼくを見る彼女の目は、どこか冷めているようで、たまに9歳の子どものようにキラキラと光ったりとして、いまいち掴みどころがなかった。
ちなみに、イネスちゃんが目をキラキラさせるのがどういうときかと言うと、ぼくが片手で卵を割って、中身をボウルに落とした時とか、アナちゃんがトランプでマジックを披露したり、投げたトランプでスイカを切り裂いたりしたときのことだった。
なんとなくだけれど、イネスちゃんはどこか男の子っぽいところがある。
ぼくは、好奇心で探りを入れてみることにした。「イネスちゃんって、お化け屋敷好き?」
「うん」
「ぼくも。怖くない?」
「怖くないよ」イネスちゃんは、少し強がるような声色で言った。
この反応……。
「彼氏と彼女どっちが欲しい?」
「彼女」
「女の子なのに?」
イネスちゃんは、少しムッとした感じで、ぼくを見た。「別に良いじゃん」
ぼくは頷いた。「ぼくも女が好き」
イネスちゃんは、きょとんとした目でぼくを見た。「なんで」
「変な話なんだけど、ぼくって自分が女って気がしないんだ」
イネスちゃんは、手元に視線を落とした。小さな手でクッキーの生地をこねこねしながら、チラチラとぼくを見ている。「わたしもなの」
「生まれたときから、なんでぼくには生えてないのかな、大きくなったら生えてくるかなって思ってた」
イネスちゃんは、楽しそうに笑った。「きもちわるい」
「んね」ぼくも笑った。ぼくは、ワインを啜った。「なんか、イネスちゃんも一緒かなって気がして」
「でも、ムキムキになるのはやだ」
「わかる」
「スラッとしてかっこいい感じの人になりたい」
「カーラ・デルヴィーニュとかどう?」
「どんな人?」
ぼくは、ブラックベリーで検索をかけて、写真を見せた。
「おぉー」イネスちゃんは、声を上げて、キラキラとした目でぼくを見た。「こんな感じ」
「良いよね」
「わたしね、大人になったら結婚しなくちゃいけない人がいるの」
「許嫁だね」
イネスちゃんは頷いた。「同い年でね、パパの友達の子」
「イケメン?」
「気持ち悪い。なんかね、ベタベタ触ってくるし、バラとかプレゼントしてくるし、やなんだよね」
「触られるのはやだよね。ぼくは花は好きだけど、男からもらうのはなんか気持ち悪い」
「だよね。やだって言ったら、パパ頭おかしい感じで怒るの」
「パパなにしてる人?」
「わかんない。でもお金持ち」
「偉い人が家に来たりする? 市長さんとか」
「うん」
「家に帰ったら、勉強とかする? ピアノとかヴァイオリンとか」
「なんでわかったの?」
「なんとなく。でも、どうしてここでホームレスしてるの?」
「家出したの」
ぼくは頷いた。イネスちゃんの意思は尊重したいけれど、そうなると、学園にイネスちゃんを預けるときは、どうしたら良いだろう。たぶん、イネスちゃんは良いところのお嬢様だ。家出したのなら、当然失踪届も出ているだろう。学園に入れば、当然、イネスちゃんの境遇についても調査が入る。ぼくは正直イネスちゃんとイネスちゃんのご両親なら、イネスちゃん派なのだけれど、それでも、イネスちゃんのご両親にだって家出した9歳の娘の安否を知る権利はある。ぼくは、少し考えて、学園の先輩のフランス人が、フランスで教師をやっていることを思い出した。彼にその辺のことを相談しても良いかも知れない。
「今のほうが楽しい。毎日お風呂に入れないのはやだけど」
「そっか。ぼくキャンプ好き」
「わたしも。いつもね、あのアパートで、焚き火して、寒いときはみんなで集まって毛布に包まったりして、拾った新聞とか読んだりしてた」イネスちゃんは、楽しそうな様子で、そう言った。
「そういうの楽しいよね」
「うん。いつも釣りしてるおじさんが魚とパスタとトマトくれたりして、焚き火で焼いて食べたりするの」
「優しい人?」
「うん。お古の釣り竿と、ポケットナイフくれて、釣り教えてくれたの」
この子達にも、この子達の繋がりがあるようだ。
ぼくは、ぼくの考えだけで、イネスちゃんたちを保護しようとしているけれど、それには色々な別れも伴うことになるのか。
お世話になった人たちにはご挨拶をして周ったほうが良いだろう。
学園で一心地ついたら、休みの日にベネチアに来たりすることも出来るだろうし。「学園に行くのどう?」
イネスちゃんは、考えるように首を傾げて、宙を見た。「スペインの学園にいたんだけど、学校は楽しかった」
「そっか」
「ずっと学園に住みたいって思ってたよ。シャワーもあるし、談話室のソファで寝るの好きだし」
クッキーを焼き終えたぼくたちは、屋上でおやつタイムに入った。
お日様の下でクッキーとカンノーリ、コーヒーと紅茶とホットチョコレートを味わいながら、ぼくは、iPod classicの中に入れてある、ローマの休日を、イネスちゃんに見せてあげた。
7人の中で、お菓子作りに興味があるのは、イネスちゃんだった。
黒いショートカットに、脂肪のない薄いまぶた、くりくりとした琥珀色の瞳、豊かな黒まつ毛。
イネスちゃんは、ぼくが作ってあげたデニムと黒のTシャツ、黒のローファを着て、その格好のまま、キッチンに立った。
今作っているのは、イタリア菓子のカンノーリと、ただのクッキーだ。
スペインからやってきた彼女は、ほんのりと灰色っぽい肌をしていて、一見するとポルトガル人っぽかった。
ぼくを見る彼女の目は、どこか冷めているようで、たまに9歳の子どものようにキラキラと光ったりとして、いまいち掴みどころがなかった。
ちなみに、イネスちゃんが目をキラキラさせるのがどういうときかと言うと、ぼくが片手で卵を割って、中身をボウルに落とした時とか、アナちゃんがトランプでマジックを披露したり、投げたトランプでスイカを切り裂いたりしたときのことだった。
なんとなくだけれど、イネスちゃんはどこか男の子っぽいところがある。
ぼくは、好奇心で探りを入れてみることにした。「イネスちゃんって、お化け屋敷好き?」
「うん」
「ぼくも。怖くない?」
「怖くないよ」イネスちゃんは、少し強がるような声色で言った。
この反応……。
「彼氏と彼女どっちが欲しい?」
「彼女」
「女の子なのに?」
イネスちゃんは、少しムッとした感じで、ぼくを見た。「別に良いじゃん」
ぼくは頷いた。「ぼくも女が好き」
イネスちゃんは、きょとんとした目でぼくを見た。「なんで」
「変な話なんだけど、ぼくって自分が女って気がしないんだ」
イネスちゃんは、手元に視線を落とした。小さな手でクッキーの生地をこねこねしながら、チラチラとぼくを見ている。「わたしもなの」
「生まれたときから、なんでぼくには生えてないのかな、大きくなったら生えてくるかなって思ってた」
イネスちゃんは、楽しそうに笑った。「きもちわるい」
「んね」ぼくも笑った。ぼくは、ワインを啜った。「なんか、イネスちゃんも一緒かなって気がして」
「でも、ムキムキになるのはやだ」
「わかる」
「スラッとしてかっこいい感じの人になりたい」
「カーラ・デルヴィーニュとかどう?」
「どんな人?」
ぼくは、ブラックベリーで検索をかけて、写真を見せた。
「おぉー」イネスちゃんは、声を上げて、キラキラとした目でぼくを見た。「こんな感じ」
「良いよね」
「わたしね、大人になったら結婚しなくちゃいけない人がいるの」
「許嫁だね」
イネスちゃんは頷いた。「同い年でね、パパの友達の子」
「イケメン?」
「気持ち悪い。なんかね、ベタベタ触ってくるし、バラとかプレゼントしてくるし、やなんだよね」
「触られるのはやだよね。ぼくは花は好きだけど、男からもらうのはなんか気持ち悪い」
「だよね。やだって言ったら、パパ頭おかしい感じで怒るの」
「パパなにしてる人?」
「わかんない。でもお金持ち」
「偉い人が家に来たりする? 市長さんとか」
「うん」
「家に帰ったら、勉強とかする? ピアノとかヴァイオリンとか」
「なんでわかったの?」
「なんとなく。でも、どうしてここでホームレスしてるの?」
「家出したの」
ぼくは頷いた。イネスちゃんの意思は尊重したいけれど、そうなると、学園にイネスちゃんを預けるときは、どうしたら良いだろう。たぶん、イネスちゃんは良いところのお嬢様だ。家出したのなら、当然失踪届も出ているだろう。学園に入れば、当然、イネスちゃんの境遇についても調査が入る。ぼくは正直イネスちゃんとイネスちゃんのご両親なら、イネスちゃん派なのだけれど、それでも、イネスちゃんのご両親にだって家出した9歳の娘の安否を知る権利はある。ぼくは、少し考えて、学園の先輩のフランス人が、フランスで教師をやっていることを思い出した。彼にその辺のことを相談しても良いかも知れない。
「今のほうが楽しい。毎日お風呂に入れないのはやだけど」
「そっか。ぼくキャンプ好き」
「わたしも。いつもね、あのアパートで、焚き火して、寒いときはみんなで集まって毛布に包まったりして、拾った新聞とか読んだりしてた」イネスちゃんは、楽しそうな様子で、そう言った。
「そういうの楽しいよね」
「うん。いつも釣りしてるおじさんが魚とパスタとトマトくれたりして、焚き火で焼いて食べたりするの」
「優しい人?」
「うん。お古の釣り竿と、ポケットナイフくれて、釣り教えてくれたの」
この子達にも、この子達の繋がりがあるようだ。
ぼくは、ぼくの考えだけで、イネスちゃんたちを保護しようとしているけれど、それには色々な別れも伴うことになるのか。
お世話になった人たちにはご挨拶をして周ったほうが良いだろう。
学園で一心地ついたら、休みの日にベネチアに来たりすることも出来るだろうし。「学園に行くのどう?」
イネスちゃんは、考えるように首を傾げて、宙を見た。「スペインの学園にいたんだけど、学校は楽しかった」
「そっか」
「ずっと学園に住みたいって思ってたよ。シャワーもあるし、談話室のソファで寝るの好きだし」
クッキーを焼き終えたぼくたちは、屋上でおやつタイムに入った。
お日様の下でクッキーとカンノーリ、コーヒーと紅茶とホットチョコレートを味わいながら、ぼくは、iPod classicの中に入れてある、ローマの休日を、イネスちゃんに見せてあげた。
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる