100日後に〇〇する〇〇

Zazilia

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3 出張

16日目 休暇の終わり

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11時1分


 違和感を抱いたのは、通りを進み、角を3回曲がったときのこと。
 尾行に気がついたのは、5つ目の角を曲がったときのことだった。
 ぼくは、窓ガラスに目を向けた。
 後方10m。
 男が2人。
 地元の人か、イタリア人であることは間違いない。
「ジェニオさん」ぼくは、曲がり角の壁面に彫られている矢印を指さした。「なんか尾行されてますよ」
 矢印を見上げるジェニオさんは、驚いたように目を見開いた。「目当てはきみかと」
 ぼくは少し考えて、頷いた。言われてみればそうかもしれない。「巻き込んだかもしれませんね。すみません」ぼくたちは、左右に伸びる道を、右へ進んだ。「今は、ジョージアで仕事をされているんでしたっけ」
「ああ。コーカサスにも新しく学園が出来ただろ。それ関連だ」
 ぼくは頷いた。
 細い路地を進み、角を曲がるごとに、人気は少なくなっていく。
「きみは?」
「フランスで、仕事を与えられたときだけ」
「聞いたよ。今回のこれはご褒美なんだってね」
「まあ。あんまりくつろげなかったけれど。どうしましょうか」ぼくが、1人を好むのは、対立があまり好きではないからだ。誰かと一緒になにかをするときは、相手の意見を聞く。それがマナーだからだ。そして、たとえステーキを食べたい気分でも、相手が寿司が良いと言えば、じゃあそっちにしよっかと、話し合いもせずに話を進めてしまう。どうでも良いときはそれで話が済むのだけれど、どうでも良くないときは、ついつい熱くなってしまって、相手を引かせてしまう。これが気の知れた仲なら良いのだけれど、そうでなかった場合は、後々面倒になってしまうことを、ぼくはよく知っていた。
 ジェニオさんは、ぼくを見た。「きみはどうしたい?」
「面倒だし、連行で良いんじゃ?」
 ジェニオさんは笑った。「そうしようか。念の為に、きみたちはすぐにベネチアを離れたほうが良い」
「友人と一緒なので、そうもいかないと思うけど、そうですね」
「友人?」
「フランスで出来た子です。2週間くらい前に」
「そうか」ジェニオさんは、暖かな眼差しで微笑んだ。
 3年前まで、ぼくは1人で本ばかり読んでいた。そんなぼくをジェニオさんたち先輩は尊重してくれていたけれど、ほとんどの先輩方は、1人っきりでいるぼくを心配もしていた。
「ぼくも成長したでしょ」
 ジェニオさんは小さく笑った。「今度紹介してくれ」
「機会があれば」
 ぼくたちは、半径3mほどの、小さな広場にたどりついた。
 周囲はアパートで囲まれており、中央には井戸が1つ。
 それだけの、小さな広場。
 ぼくは、蓋をされた井戸の縁に腰掛けた。
 ジェニオさんは、白い霧になり、宙に溶けていった。
 10秒ほど待つと、男2人がやってきた。
 男たちは、冷たい目で、ぼくを見て、イタリア語を口にした。「もうひとりはどこに行った」
「消えたか」男の1人が、ぼくに笑顔を向けた。「やあ、迷ったのかい?」
 ぼくは、笑顔を浮かべ、男を見上げた。「ごめんなさい、イタリア語わからなくて」ぼくは、日本語で言った。
「Kawaii desune」
 ぼくは口笛を吹いた。わかってんじゃん。そうさ、ぼくは世界一可愛いのだ。スーパーハイパー可愛いのだ。こんな時だって言うのに、なんだか嬉しくなっちまったぜ。「わ~、日本語喋れるんですねぇ~」ぼくは、感心した様子で高い声を出した。
 男たちは、はっはっは、と笑って、ぼくを見た。男たちは、突然笑顔を引っ込めると、ぼくを睨みつけた。「とぼけなくて良い。お前らが連れているガキどもだがな、ありゃ俺等のもんだ」男は、イタリア訛りの英語で言った。
 怖い目で睨みつけられると心臓がバクバクしてしまうのは生理現象のようなものだけれど、なんだか自分が弱くなった気がして、嫌になる。「なんですか?」ぼくは、興奮で震える声を口にした。
「奴らは使えるのさ。財布を盗むことに関しちゃ誰よりも上手い」
 ぼくは眉をひそめた。「じゃあ、あの子達を悪いことに利用しているの?」
「代わりに金と食べ物をくれてやってる」
「そっか」ぼくは頷いた。「じゃあ、逮捕する」
 男たちは、眉をひそめた。
 次の瞬間、男たちの背後に白い霧が集まった。
 霧は、一瞬のうちに人の形になり、そこに、拳を振り上げるジェニオさんが現れた。
 ジェニオさんの拳が、男の後頭部を殴った。
 男が地面に崩れ落ちるのと同時に、もう一人の男が、音もなく背後に現れたジェニオさんに向けて腕を振り回した。しかし、その腕は白い霧を散らしただけだった。
 再び男の背後に姿を表したジェニオさんは、男の後頭部をつかみ、その鼻柱を壁に叩きつけた。
 ジェニオさんは手の平に手錠を作り出すと、男たちの手首を背中に回し、拘束した。彼は、携帯電話を取り出すと、現在地を告げ、通話を終えた。「こいつらだけだと思うか?」
「どうでしょう」
 ジェニオさんは、手を精神体の白い霧に変えると、それを男たちの耳に突っ込んだ。「全部で8人。ジュデッカ島だ。小さな組織だな」
 ジュデッカ島、先日訪れた島だ。なにか誤解を招くような立ちふるまいをしただろうか。記憶にない。イリーナちゃんから声をかけられたのは、ジュデッカ島から戻ってすぐのことだった。イリーナちゃんは、ぼくたちを調べるために、男たちから寄越されたのだろうか。もしかすると、この数日のことが、男たちの組織にバレているかも。そうなれば、ぼくたちがこれからパリに向かうこともバレているのかも。念の為に、電車でミラノ辺りまで向かい、そこで一泊しよう。そこで彼女とは、1度話をした方が良いかもしれない。いや、ここでその組織とやらを潰しておけば、そんなに急ぐ必要もないか。「じゃあ、せっかくだし、潰していきましょうか」
 ジェニオさんは首を横に振った。「曲がりなりにも組織だからな。きりがないぞ。あとはぼくに任せろ。きみたちは早いところベネチアを出るんだ」
 ぼくは頷いた。「ありがとうございます。パスタ食べたかった。身分証のお礼はそのうち」
 ジェニオさんは優しく微笑んだ。「ああ」
「すみません、こいつらと7人は、関係がないっていう体で進めていただけますか?」
「わかってる。可能な限りそうするよ。パリか?」
「はい」
「良い街だ。芸術の都。最近行ってないな……」
「ぜひ来てください」
「そうだ、書いてるんだってな」 
「脚本ですけどね」ぼくは、幼馴染のヤコの動画チャンネルを教えた。「じゃあ、また会いましょう」
「ああ、またな」
 ぼくは、足に力を込めて、アパートの屋根に飛び乗った。そのままアパートへ向かい、事情を話したぼくは、アナちゃんから少しだけ怒られた。
「だから言ったのに」
「うん、ごめん」
 7人の子どもたちは、少しだけバツが悪そうな顔をしたり、不安そうな顔をしたりしていた。
「大丈夫、上手くやっといた」
 ぼくがそう言うと、子どもたちは、少しだけ緊張を解いたようだった。
 ぼくは、吸血鬼であるイリーナちゃんとゲイリーくんに、厚手のコートとサングラス、帽子を作った。
 もともと荷物の少ない7人。
 荷造りはすぐに終わった。
 9人でホテルに戻り、受付の男性とハリエットさんに事情を話せば、ハリエットさんは現地警察と協力をして、ジェニオさんの加勢に向かうとのことだった。
 ぼくたちは、荷物をまとめて、急いで電車に飛び乗り、ベネチアを後にしたのだった。
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