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番外編・スピンオフ集

(番外編)王様のお暇ー焼き肉食べ放題

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 ーー朝霧の中、二人の男は立っていた。

「いつも悪いな。ユハ」

 初老の男はユハに向かって小さく笑っている。

「いいえ~?今日は食堂の仕事も休みだし~バイト代くれるなら全然いいよ~」

 ユハはニコニコ笑いながら初老の男の手を取った。
 そして呪文を唱えると二人から白い光が放たれる。

 初老の男の足元に居た幻狼コボルトは人の姿へを変化し、ユハの背後へと移動した。

「さあ、行こうか、レイメイ」

 コボルトは初老の男の名を呼んだ。
 レイメイーークライシア大国の王の名だ。

「コボルト、“この姿”の時は“ユハ”と呼べと言ってるだろう」

「行ってらっしゃい☆」

「行ってくる」

 レイメイとユハ、伯父と甥の関係にあるこの二人は昔からこうして魔法で互いの身体を交換することがあった。
 主に街を見回りたい王のためにユハが身体を貸すのだが……。
 高位魔法を扱える者同士であれば容易な魔法だ。

 クライシア王の身体へと入ったユハはくるっと踵を返し、本殿月守の屋内へと入った。
 ユハの姿をした王はコボルトと共に第一騎士団の詰め所へ立ち寄る。

 そこには第一騎士団と第二騎士団の団長メリーとコハンが私服姿、それもかなりラフな平民が纏うような衣服を着て待機していた。

「おはようございます、陛下」

 二人は深々と頭を下げた。

「今はユハだ、畏まらなくて良い。護衛を頼んだぞ」

「は、はい、はあ……」

 違和感にうろたえるコハン、メリーも動揺していたが平静を装い、一行は馬に乗り城門へ向かう。

「ユハ?どこかへお出掛けするの?」

 馬小屋から城門へ続く長いレンガ道の途中でシャルロットとポメラニアンのグレイにばったり遭遇した。

「…………、姫様、は食堂の仕事か?」

 “ユハ”として王は自然に返答する。
 シャルロットは突然真顔になったーーそれから不思議そうに横にいるコボルトを見ながらコクリと頷く。

「朝の仕込みが終わって帰るところよ、ユハは今日お休みだったわね」

「姫様もこれから暇なら城下町へ一緒に行くか?」

「え?……行きたいわ、でも外出する時は宰相と騎士団の許可が……」

「シャルルさん、俺たちが護衛するから大丈夫だ。一緒に遊びに行こうぜ」

「コハンさん、メリーさんも、今日はお休みなんですか?」

「ええ、今日はプライベートなの。宰相には私から報告するわ。姫様もどう?ずっと城の中だから窮屈でしょう」

「お……お願いします!着替えてくるわね!」

 シャルロットは嬉しそうに笑顔を見せるとバタバタと本殿へ向かって走っていった。
 微笑ましそうに一行はシャルロットの後ろ姿を見つめていた。

「陛……ユハ、良いんですか?」

「ああ、たまにはいいだろう。シャルロット姫とは一度ゆっくり話してみたかったんだ」

 *

「わぁ~」

 メリーの馬にシャルロットは乗せられて、城下の街を練り歩く。
 少し肌寒い秋の朝ーー街は活気に溢れていた。獣人がみんな動物になってしまう羽化日が近いので動物の仮面を売る店があちらこちらにある。

「この辺りの地域は公爵家が管理してるんだ」

 ユハが言った。

「へえ」

 シャルロットは楽しげにキョロキョロと街の中を見渡す。
 以前グレース皇子と共に来た青空市場が賑わっていた。
 同じ大陸にある国なのに、やはり故郷のオリヴィア小国とは食文化も全然違う。

「姫様はやっぱり宝石店よりも市場を見るのが好きなのか」

 ユハは笑う。
 シャルロットは少し照れたように苦笑する。

「宝石を品定めするよりもーー市井の食生活を垣間見た方が、その国の歴史や文化や社会情勢を知ることができるから勉強にもなって有意義でしょう?グレース様と結婚するんだもの。ちゃんとクライシア大国の事を知っておきたいの」

 シャルロットは笑った。

「そうか。姫様は食べ物を通してクライシア大国の事をどう把握した?」

 ユハの問いにシャルロットは考え込んだ。
 そしてゆっくりと口を開いた。

「ううん……。貴族にとっては食事って財力を誇示するためだけのものって感じなのかしらってまず思ったわ。 味や栄養よりも、いくらお金を掛けたのかが重要なんですもの。それに、食卓でも身分の差を露骨にするところとかね」

「……貴族とは原来そう言うものだろう」

「けれど偏食は良くないわ。肥満や病気の元になるわ。現に食べ過ぎと偏食で、肥満や胃腸の疾患を抱えてる貴族の方が多いでしょう?」

「そういえばお城の晩餐会のメニューも最近は変わってたな。シャルルさんのおかげか」

 コハンは思い出したかのように呟く。

「今までのメニューってお肉や酒やお砂糖や塩が過剰だったから、胃もたれを和らげるために葉野菜のサラダを追加したりハーブを使ったり……。後は塩分や脂を控えめにして、甘味には砂糖じゃなくてハチミツを代用したり林檎の果汁を加えてみたり。ユハと一緒に料理を考えたのよ。ね?ユハ」

「え?……ああ」

 突然シャルロットから話を振られてユハは固まったが、すぐに笑って頷いた。

「ユハ?どうかしたの?」

「いや……」

「ユハ……やっぱり今日なんか変ね」

 ジロリと何かを疑うような目でシャルロットはユハの顔を凝視していた。
 メリーが慌ててシャルロットの手を引っ張り、馬に乗せた。

「さ、さあ、行きましょう!姫様!ユハ、今度は孤児院の視察だったわよね!」

「ああ……」

 *
 郊外には黒い外壁をした大きな屋敷があった。
 使われなくなった貴族の館を、この土地の領主が買い取り孤児院にしたそうだ。
 ユハは馬車を降りると、すぐに中へと入った。
 突然の来訪者に、管理者であろう中年の女性二人は驚いていた。

「こんにちは、私は陛下の遣いで参ったーーレイター公爵家のユハだ。中を見学したいのだが、よろしいか?」

「まあ!公爵の家の方が……」

「ええっと……あまりに唐突で、ええっと……外部の方の立ち入りはゴルソン様の許可がーー」

 中年の女性二人は激しく動揺している、いや怯えているような様子だった。
 シャルロットは不思議そうに彼女たちを見る。

「お前達はこの国の陛下のご命令よりゴルソン侯爵の言い付けが大事だと?」

 ユハが凄むと、管理者の女性二人はさらに顔面蒼白し萎縮した。
 肯定しか許さない雰囲気に、早々に折れてしまった。
 渋々、と言った感じに中へと通された。

 シャルロットも一緒に中へと立ち入ってギョッとした。

 広い庭は手入れがほぼされておらず壊れた家具類がそのまま放置され、かなり荒れている。
 屋敷の窓は破れていて壁に穴が開いてる箇所もあるが、そこに薄い木の板や布を当てて雑な応急処置をしていた。
 古いドアはギイギイと嫌な音を立てながら開閉する。
 床は腐って歩くたびに軋むし、一部穴が開いてる。昨夜降っていた雨のせいで雨漏りをしていたらしい、あちらこちらに水が溜まったバケツや樽を置いていた。
 最低限度の清潔さは保たれていたが、かなりの悪環境だ。

 ここで暮らす孤児は四十人ほど、皆痩せ細っていて覇気がない。大きな広間に点在して、ぼうっとしていたり大人しくボロボロになった本を読んでいた。

 気まずそうな空気の管理者の女達に背を向けて、ユハは中へ入ると子供達にニコニコと笑い掛ける。

「こんにちは、君の名前は?」

 ユハは屈んで四、五歳くらいの幼い男の子に話しかける。

「ビタ……こんにちは、お兄ちゃんはだあれ?きぞくのひと?」

「ああ、ユハだ。はじめまして、ビタ。ちょっとビッグママ達を借りるよ」

 ビッグママとは入り口でブルブルと身を震わせている管理者の女性達の呼称だ。
 ユハは立ち上がると険しい顔をしてこちらに向かって歩いてきた。

 一行は別室へ移り、そこで話し合いが始まった。

「これはどう言うことだ?直近も屋敷の修繕費として国から多額の金を引き出しているーー、毎月国庫金から出る孤児院の管理費は一体何に使っているんだ?屋敷を管理し、管理人を雇い、子供らを養うには十分すぎる金額だろう」

 ユハが問い詰めても彼女らは顔を青くして押し黙っている。
 ユハは厳しい目で彼女らを睨んでいた。

 シャルロットは冷や冷やしながらポメラニアンをギュッと抱きしめて、固唾を飲んで見守る。

「国へ提出した支出書を書いたのは誰だ?」

「…ゴルソン侯爵でございます」

「ゴルソン侯爵はこの屋敷へ、どの程度訪れている?」

「……年に一度……年始の挨拶にはやってきます。こちらへ配当される管理費は本当に少なくて、一日の子供達の食事もジャガイモをすりおろして薄めたスープがやっと。私達の分の食糧を子供達へ回しても不十分ですわ。今の状況では、とても管理できません」

 女達は泣いて訴えた。

「やはり、ゴルソン侯爵が資金を横領していたのか……」

 ユハは呆れたように大きなため息を吐いた。
 そして後ろに姿勢良く黙って立っていたコボルトにボソボソと何か指示をする。

「この件は私から陛下へ報告しよう。取り急ぎ、一時金をお前らに直接手渡しておく。受け取ってくれ。今後 管理費は公爵家を経由してお前達に渡るように手配しよう。今まで苦労をかけて申し訳なかった」

 コボルトが魔法で卓上に木箱に入った沢山の硬貨を出現させた。
 管理者の女性達は声を上げて驚き、泣きながら感謝した。
 ユハは満足そうに笑った。

 シャルロットもなんだか嬉しくなった。

 *

「プリンセス・シャルロット……!」

 孤児院の屋敷を出ると一人の小さな女の子と男の子が笑顔で駆け寄ってきた。
 プリンセスなんて呼ばれるのは慣れていなくて気恥ずかしかった。

「あら、はじめまして、あなた達は?」

 屈んで、にっこりとシャルロットが微笑むと、男の子は元気に笑って一輪の花を差し出した。

 犬薔薇の花だ。

「ぼくはノエルっていうの。もうすぐ犬薔薇祭りでしょ!だからあげる!どうぞ、プリンセス」

「わぁ、ありがとう!嬉しいわ!」

「あたしはネネよノエルはあたしの弟なの。ソレイユ国からきたの。だからオリヴィア小国のシャルロットお姫様のことはよく知ってるわ!会えて嬉しい!」

 さっき管理者の女性達が話していた。
 ここ数年ソレイユ国からの移民してくる平民が多く、ソレイユ国出身の孤児も多いんだとか。
 シャルロットのことをプリンセスなんて呼ぶのもソレイユ国民くらいだ。

「ノエル、ネネ、会えて嬉しいわ。素敵なお花を本当にありがとう。ねえ、また遊びに来てもいいかしら?」

「うんっ!」

 笑顔が素敵な姉弟だ。
 シャルロットは二人に手を振ると屋敷を出た。

 *

「これであの子達が不自由なく暮らせるようになるといいわね」

「そうだな……」

 馬に乗り、一行はまた城下町へ続く道を進む。
 真上にあった太陽もやや傾き、日差しも柔く、少し冷え込んだ。

「コハン、ついでに西マインに寄ってくれ」

「了解」

 西マイン、城下町の西側のエリアだ。
 すぐ隣に工業地帯、またすぐ側に鉱山村があり、クライシア大国で人口がもっとも多い場所。

 ユハとその地域を巡回し、先ほどのように施設見学を済ませた。
 空が真っ暗になった頃、一同は西マインの中心にある平民達が集う飲食街へと入った。

「姫様、ヤキニクでもいいか?」

「やっ焼き肉!?」

「ああ、この店だ」

 ユハに連れて来られた飲食店。
 外観はお洒落な西洋風、だけど中は何故かお座敷風。ローテーブルが床の上に並べられてあり、そこに座って飲み食いをするスタイルらしい。

(日本の……居酒屋みたいね)

 ローテーブルの上には大きな円盤状の石があって、店の人が簡単に操作すると熱を発した。
 どうやら魔道具のようだ。
 この焼け石の上に羊や鶏や鹿などの肉、輪切りの玉ねぎやブロッコリー、ニンジンなどの野菜などを乗せて焼いて食べるらしい。

(や……焼き肉だわ!)

 シャルロットは驚いていた。

「どうだ?姫様。私が最近作らせた飲食店だ。肉を食べながら酒も飲めるんだ。時間制限付き定額で飲み食いできるんだ。価格もリーズナブルに抑えたんだぞ。この辺は鉱夫や工場勤めの者が多い、これは流行るだろう」

(時間制限、飲み放題制度……)

 ちゃんと、お通しまであって席に着いてすぐにオレンジ芋のフライが出てきた。

 庶民的なハチミツ酒を飲みながら自慢げに話すユハ。
 前世は日本で暮らしていたシャルロットには馴染み深いジャパニーズスタイルの飲食店だ。

 店内は満席で各テーブルが賑わっている。

「私の奢りだ、コハンやメリーも気兼ねせずに飲み食いしろ」

「ありがとうございます……」

 慣れない店で落ち着かなそうなメリーに、酒が飲めて気分が上がっているコハン。
 コボルトは幻狼姿に戻りユハの身体にぴったり寄り添ってうたた寝していた。

 ポメラニアンのグレイはシャルロットの膝の上に座り、生肉をもしゃもしゃ食べている。

 シャルロットは隣のユハの様子を凝視していた。

 焼け石の上の野菜をフォークで雑に避けながら、お肉ばかりを選んで食べているユハに違和感を覚えた。
 余ったブロッコリーは無理やりコボルトの口に突っ込み食べさせている。

「あなた……本当にユハなの?」

 シャルロットはユハの目を見て突拍子もなく言った。
 ユハは驚いたような顔をしている。

「姫様?何を言ってるんだ?私はユハだ」

「最初に会った時から変だと思ってたの。ユハは私のこと『姫様』なんて呼ばないわ」

 シャルロットはマジマジとユハの顔を見る。
 ブロッコリー嫌い、寄り添うコボルト……もしかして、もしや、…考えて検討がついた。

「……陛下?」

 ユハは困ったような顔で笑った。
 シャルロットは驚愕した。

「シャルルさん、黙っててごめんね、一応お忍びだから……内緒ね?」

 コハンが苦笑してる。

「シャルロット姫は鋭いな」

「女性の勘は鋭いんですよ」

 メリーがユハに向かって笑う。

 びっくりしたがーー焼き肉はとても美味しかった。
 シャルロットは前世ぶりの焼き肉を楽しんでいた。

 すっかり満腹になって、また馬に乗って城へ続く道を進む。
 クライシア王は普段の厳格そうな雰囲気はなく、とても親しみやすくて気さくな人だった。
 幻狼のコボルトと時折子供染みた口喧嘩したり、食べ物の好き嫌いが激しかったり、目新しいものに興味津々で意外とマイペースだったり。
 これがきっと素の性格なんだろう。

「うん、久しぶりに息抜きができた。今日はありがとう、コハン、メリー、それにシャルロット姫」

 城門の前で改めてユハは礼を言った。
 シャルロットは笑って返す。

「私もすごく楽しかったわ。また焼き肉に連れてってください」

「ああ」

「それから……あの孤児院の管理を、私がしても良いかしら?」

 シャルロットはユハに尋ねたら。

「姫が?」

「ええ、あの孤児院って今後はゴルソン侯爵の管理から外れるのよね?後任で私が管理することはできないかしら?子供たちが心配ですもの」

「理由を聞いても良いか?」

「『子供は社会の宝』だからです。この投資はいずれこの国に大きな繁栄をもたらすでしょう。大事にしなくては」

「…姫の好きなように」

 ユハは優しい顔で笑う。
 許しを得たシャルロットはホッとしたような顔をした。
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