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第五章 毒娘たち、注目の的になる
111:内陸民ですがイカ刺しが食べたくなりました
しおりを挟むエビルクラーケンの墨は広範囲にデバフと酸によるダメージを与える恐ろしいもの。
大盾を構えた所で防ぎきれるものでもなく、ましてやポロリンのトンファーで守り切る事など不可能。
出来る手立てはネルトの<念力>盾……いやそれでも範囲的に心許ない。
もしくは<ショートジャンプ>で緊急回避する事くらいしか――
――そうした私の心配を余所に、ポロリンたちは守られた。
――瞬く間に広がった白い壁によって。
私には一瞬それが何か分からなかった。白い布のように見えた。
その布も、一瞬にして織られたようにも見えたのだ。
何が起きたのが理解するまでに時間を要した。
真っ黒い墨の液が白い布にかかり、不発に終わると同時に布はバラけ、その向こうが見える。
ポロリンの前に立つのは見覚えのある男の姿。
無精ひげでまるで変質者のような――
「おっさん!」
「おっさんじゃねえよ! さすがに見過ごせねえから出しゃばらせて貰うぞ! アレは任せろ!」
私たちを監視し保護する事が仕事である職管理局・固有職担当員。
やっと仕事らしい仕事をしに来たアロークのおっさんの両手からは、長く伸びる糸の束が見える。
どうやらあれを編み込むようにして布のような防壁を作り上げたらしい。
とんでもない速度。固有職の能力を完全に使いこなしていると同時に、その熟練っぷりがよく分かる。
前に出るのが嫌なおっさんがこうして出てきたって事は、ちゃんと参戦してくれるって事かな?
あの糸すごそうだから、もしそうなら助かるんだけど。
「足の攻撃は防げないの!?」
「そんな強度ねえよ!」
「攻撃は!? その糸で巻き切るとかは!?」
「出来るか!」
使えねー。出来そうだけどなー。スパ〇イダーマンならそれくらいやってるぞ?
でもまぁこれで墨攻撃から守る事は出来そうだ。私とリーナとサフィーは口の正面に立たなきゃいいだけだし。
騎士団とか他の冒険者に向けて撃たれたら……おっさんは守るんだろうか?
おっさんの仕事は担当である私たちの保護だから、それしかしなさそうな気がするけど……。
ともかく助かったのは確か。この機に攻勢に転じたい。
そして、好機の巡り合わせと言うべきか、どうやら良い事とは重なるものらしい。
「<毒感知>……よしっ! 毒った!」
<衰弱毒>の<毒弾>、多分百発くらいは撃ちこんだと思う。
回避しながらMPポーションも飲んだし、スタミナ回復剤もポリポリした。
墨は毒じゃないけどデバフ効果があるっぽかったから、こいつは毒らないんじゃないかという懸念もあった。
しかし! ようやく実った! これで勝てる!
「リーナ! サフィー! 毒ったから私が仕掛けるよ! こいつ暴れるかもしれないから少し下がってて!」
「了解です!」「了解ですわっ!」
今まで散々カウンターで斬りつけたから大体の感触は分かる。
ソプラノさんのバフも効いている。
これに【魔鉈ミュルグレス】の<状態異常特攻>が乗れば――
――スパァァァァン!!!
「コオオォォォォオオオォォオオオ!!!」
ヒュー! 太い触手のような足を根元からバッサリ斬り落とした。
口が見える状況だからか、ダメージが蓄積した結果なのか、さすがにエビルクラーケンから苦痛と思える咆哮が出る。
やはり手応えあり。デカイし重いけど、これならちゃんと斬れる。
この一発でエビルクラーケンのヘイトは完全に私だけに向いた。
次々に襲い掛かる足は、まるで包み込んで来る闇のよう。
それを回避し、跳ね、そして斬り捨てる。
あ~~、これこれぇ! この触手に囲まれて無茶して接近戦してる感じ! やっぱ爽快だわー! リアル『クリハン』最高ぅー!
と、若干ハイになって剣舞のように攻撃していたわけだが、下がって『見』に入ったのはリーナとサフィーだけではなかったようで。
「これは……っ! 全く何度驚かせるつもりだ、君は……」
「ピーゾン……! これは何と言う……っ!」
両サイドのストレイオさんたち【誇りの剣】とミルローゼさんたち【唯一絶対】も手を止めてこっちを見ている。
おい、攻撃しろよ。
私にヘイト向いてるんだからチャンスだろうが。
と、調子に乗ってそんな事を考えていたが、事態は良い方向ばかりに動かないものらしい。
後ろからおっさんの声が響く。
「おい! ダンジョンから魔物が出てきた! 氾濫が始まるぞ!」
エビルクラーケンが壊したダンジョンの入口、そして騎士団の魔法攻撃によって崩された洞穴。
これを抜けていよいよダンジョンの魔物が地表に出てきたらしい。
フラッドボスであるエビルクラーケンを抑えるのが優先だけど、だからと言って放置出来るものでは断じてない。
今の『禁域』に出て来る魔物は最低でもDランクかCランクなのだ。
それが群れ、いや波となって襲い掛かる。
王都近郊に現れる魔物が元々EかFランク相当だと言うのに野放しになんか出来ない。
崩れた小砦に居座るエビルクラーケン。
そのすぐ背後、脇から一階層の魔物であるアラクネ数体の姿が私にも視認出来た。
逡巡の末、私は指示を出す。
「エビルクラーケンの相手は私たちがやります! ストレイオさん、ミルローゼさん! そっちはお願いします!」
「あ、ああ、分かった! 全員聞いたか! 背面に回れ! 布陣し直すぞ!」
「すまんピーゾン! そっちは任せる! よし、我々も再度立て直しだ! 絶対に逃がすなよ!」
『了解!』『おお!』
良かった、従ってくれた。超格上の先輩に指示するの嫌だったけど。
氾濫がどの程度の規模で溢れて来るのか分からないけど、完全に防ぐには人数が必要だろうし、それこそ私たち五人だけじゃ荷が重い。
だったら毒ったコイツは私たちだけで請け負った方がマシだ。
「【輝く礁域】は戦闘継続! ネルトは魔石狙い! ポロリンはネルトを守って! サフィーは遠距離から本体狙い! リーナは足狙いだけど暴れてるから注意して!」
『了解!』
「ソプラノさん! バフ継続出来そうならお願いします! 攻撃だけでもいいから!」
「分かりましたっ!」
よーし、これで後は、私が斬り刻んでやるだけだからね!
イカ刺しにしてやんよ!
■アローク 【???】 32歳
さすがに出張らないといけないと判断しての参戦だったわけだが……別に出る必要なかったか?
いや、俺担当の固有職が万一でも殺されたら困るから出るしかないと思ったわけよ。
エビルクラーケンの墨攻撃を防ぐ術なんてこいつら持ってねーし。
ネルトの盾じゃポロリンも含めて無傷は無理だし、転移で逃げてもそれを見られると誤魔化すのが辛いし。
ホント極端な能力ばっかり集まりやがって……まぁ固有職の俺が言えた台詞じゃないが。
ともかく墨を防いでからは、運良くピーゾンの<衰弱毒>が入ったらしく、そこからはヤツの独擅場だ。
それまでだって回避からのカウンターで地道にダメージを与えていたはずだが、一撃で足を難なく斬り落とせるまでになった。
ヤツの魔剣の<状態異常特攻>ってのは攻撃力何倍になるんだ?
限られた条件下だったら最高峰の威力かもしんねえ。
ま、サイズや技量も含めてそれを扱えるピーゾンがおかしいんだけどな。
あいつがおかしいのは今に始まった事じゃないし。
ともかくエビルクラーケンに関してはピーゾン一人でも問題ないだろうと。
念の為パーティーメンバー全員が参戦し、尚且つ聖女の支援も受けているが。
早めに倒すに越したことはないから英断だと思う。
それが功を奏したのか、しばらく優位な戦いを演じていたかと思ったら、エビルクラーケンは断末魔を上げて、急に倒れた。
ピーゾンは足を斬りまくり、本体にも斬撃を加えていた。
殿下やお嬢も、攻撃がピーゾンに集中しているのをいい事に、的確な攻撃を与えていたと思う。
じゃあなんで急に倒れたか――犯人はネルトだ。
「ん! ……やった」
その声に振り返ると、無表情ながら歓喜の握り拳をしていた。珍しい。
どうやらエビルクラーケンの巨体の中にある、手のひらほどのサイズの魔石を見つけ出し、それを<ルールシュレッド>で破壊したらしい。
よくまぁ、あの真っ黒スライムみたいな中から見つけられたもんだ。
「よーし! よくやったネルト!」
「ネルトさんさすが! お疲れさま!」
「ネルト様! 頼りになります!」
「美味しい所を持って行かれましたわね! でも許して差し上げますわ!」
「ん!」
ピーゾンたちもネルトに駆け寄り、褒めて喜び合っている。
モフモフの動物がわちゃわちゃしている。こうして見ると年齢相応なんだがなぁ。
エビルクラーケンはダンジョンの魔物だ。だから倒せば消える。
しかしボスである以上、ドロップ品が残るわけだ。
今回は素材が数点と、ネルトに破壊されたはずの魔石。ドロップ品だから当然完品だ。
俺はピーゾンたちに回収しておくように告げた。
「さて、あとは氾濫をどうにかしないとね。ストレイオさんたちとミルローゼさんたちに参戦しようか」
「数時間は続くはずだから騎士団で戦える連中も含めて、ローテーションで戦ったほうがいいぞ」
「ん? 数時間ってどういう事?」
どうやらピーゾンは氾濫の詳しい仕組みを分かっていないらしい。
氾濫はフラッドボスがダンジョンを破壊する事で魔物を溢れさせる現象だ。
そしてフラッドボスを倒せば、ダンジョンは自己修復を始める。
フラッドボスが壊した壁や天井、入口も徐々に修復されていく。
入口さえ修復されてしまえば、ダンジョンの魔物が地表に出る事はない。
だから優先してフラッドボスを倒す必要があるし、入口が修復されるまで数時間ばかし地表で陣を布いておけば、氾濫は抑え込めるってわけだ。
もっとも氾濫を抑えた所で、下層の魔物が上層に上がって来ている状況だろうし、それを一掃する仕事もある。
今回の場合は、他に『瘴気水晶』が残ってないか、再度深層を調査探索する必要だってあるだろう。
もし『瘴気水晶』が残っていれば短いスパンで第二の″氾濫″が起きても不思議じゃない。
「うわぁ……」
「ま、とりあえずは入口を塞ぐ事だな。お前ら働き過ぎだから、大手クランに任せてもいいと思うけどな」
「いや疲れたしそうしたい気持ちは山々なんだけどさ……」
「ピーゾン様、アローク様、我々もお手伝いに参りましょう! 皆様が身を挺して守っておられるのです! すぐにでもお助けしなければ!」
「……ね?」
「……ああ、そうだな」
殿下のやる気が半端ない。今日は特にな。
つーか、何で俺まで数に入れられてんの? 俺いらなくね?
仕事したきゃそっちで勝手にやってくれよ。
あー、帰って酒飲みてー。明日は絶対休むぞー。
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