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最終章 毒娘、故郷の為に戦う
145:パーティーとは守り守られるものらしいです
しおりを挟むフェンリルという魔物を過大評価しているのは認める。
私だって前世で小説とか読んだ事あるし、その八割以上が「テイマー系主人公にとっての強すぎる仲間」みたいに描かれていた。
そしてこの世界においても有名なAランクの魔物として存在し、それが「敵の従魔」として私の前に居る。
つまり私は転生者でありながら主人公ではないという事だ。はんっ、上等!
実際に目にするフェンリルは2mを超える体高と、4mを超える体長。白銀の体毛は纏う冷気によって輝いている。
私の剣を躱した身のこなしは舞うようで、体格を無視した狼としての敏捷性をそのまま体現していた。
過大評価でも何でもなく、普通に強い。
フェンリルってすごい! 納得のAランク! と、こういうわけだ。
「ガルルルルルゥゥゥ!!!」
私に接近戦を挑まれたフェンリルは、反復横跳びのようなステップと細かいジャンプを繰り返し、翻弄するように襲い掛かる。
爪と牙、そして頭からの突進。尻尾を薙ぐように使う場合もある。
どうやら近接で吹雪のブレスは使わないようだが油断は出来ん。
幸いブレスを吐く時には口元に冷気が集まるような予備動作があるから、それを見逃さなければ問題ない。
あとはブレスを撃つ時の位置取りだけ気を付ければ、みんなにも被害は行かないだろう。
とは言え、こいつを相手にしながら全体を見て、適宜指示出しするというのはほぼ不可能。
せいぜいチラ見するくらいしか余裕はない。
私が今までタイマンした強敵と言うとワイバーン、オークキング、ロックリザード、あとエビルクラーケンとかグラトニースライムとかユグドレントを入れていいのか分からないが、ともかくそいつらより強いと感じる。
もちろんSランクのエビルクラーケンの方が強いのは確かだが、私にとってエビルクラーケンは『クリハンで散々戦った触手の敵』という印象が強く、非常に戦いやすい敵だったのだ。誰も同意してくれないと思うけど。
しかしフェンリルは『クリハン』に居ないタイプの『縦横無尽の動きから鋭い強撃を繰り出す敵』であり、尚且つ冷気まで纏っているという魔物。
『クリハン』の触手は確かに縦横無尽で強烈な連撃を食らわせてくるが、本体の動きはそれほどでもないのだ。
フェンリルはそれ自身がよく動くし、こちらの攻撃を避けようともする。
そういった動きは『クリハン』にはない。触手は攻撃してナンボだし、本体は食らってでも前へって感じだから。
あのゲームは結局『いかに触手で嫌がらせするか』という事に重きを置いた変態ゲーなのだ。
とにもかくにもフェンリルは非常に厄介で、非常に強い相手には違いない。
攻撃を回避しつつカウンターを入れ、距離をとられれば突貫。
そんないつもの攻撃を繰り返しても時間ばかり掛かってしまうし、何かの拍子で事故りかねない。
というわけで――
「(枯病毒の)<毒霧>!」
少し距離が離れれば<枯病毒>を入れる。
本当は<衰弱毒>で毒らせてから<状態異常特攻>で斬りたいが、時間が掛かりすぎる。
かと言って接近戦で<枯病毒>なんか使いたくないし、離れる時だけ。
<毒弾>じゃなくて<毒霧>なのも、フェンリルの動きが速いからだ。
<毒霧>なら殺虫剤みたいに薙いで攻撃出来るし、<毒雨>みたいに五秒も降りっぱなしというわけではない。
私が自分で出した霧に触れないように注意すればいいだけだ。
「ガルルルルルゥゥゥ!!!」
うん、そりゃ効くだろう。狼の身体の含水率なんて知らないけど人間と大差ないだろうし、下手すると冷気を使う分、余計に水っぽくなってる可能性すらある。
<毒弾>のようにまとめてビシャンと掛かるわけではないから急にミイラ化するという事もないが、すでに左足の動きは覚束なくなってるし、右目も見えているか分からない。
美しかった白銀の毛並みもストレスハゲのようで見るも無残な姿に……。
よもや卑怯とは言うまい。
フェンリルよ、お前が強いのがいけないのだ。
■ソプラノ 【泡姫】 25歳
<泡姫の舞>を終えた私は、呼吸を荒げながらスタミナ回復剤を飲み、続けてMPポーションを飲みます。
<MPドレイン>をしてチマチマ回復させている暇などありません。
あと五秒も踊り続けていればMPは底をついていたでしょう。もう一本飲んでおきます。
出来れば<泡姫の舞>は使いたくない、と事前に言われていました。
敵に見せたくない手として、一位がネルトちゃんの転移であり、二位が私の<泡姫の舞>であると。
強力すぎる手は見せないに越したことはない、との事です。
それを見せざるを得なかった、それほどの状況だったと言えます。
実際あそこで使っていなければ大ダメージは確実でしたし、今まで頑張って戦ってきた事が無駄になってしまいます。
アロークさんの仕事もやり直しでしょうしね。
あの場面で即座に指示出来たピーゾンちゃんの判断力が本当にすごい。
さすが我らがリーダー、と簡単に済ませられないほどの判断だったかと。
さて、私の回復も終わった事ですし――
「<ヒールバブル>! <ヒールバブル>! <キュアバブル>!」
周囲には大きなAランクの魔物が四体。ある意味、エビルクラーケン以上に衝撃的な光景です。
本来ならば一体のAランクに対して、Aランクパーティーが総出で戦うものでしょう。
それを少女たちは一対一で押さえようとしている。
無茶、無謀、無慈悲。私が神殿に居た頃のままであれば身体を張ってでも止めたでしょう。
しかし今となっては、それが彼女たちにとっての枷になると分かります。
全力で信じ、全力で補助する事が最善。私はただただアーツを紡ぐのみ。
ユグドレントに向かったサフィーちゃんは、ネルトちゃんの補助もあって、<火遁>を的確に当てています。
距離をとりながらなので、こちらに回復は必要ありません。
ピーゾンちゃんは……フェンリルと共に動きすぎでよく分かりませんが、とにかく回復は大丈夫そうです。
問題はここから。
リーナちゃんは<流水の心得>で回避しながらケルベロスに接近戦を挑んでいますが、やはりあの三つ首が厄介なようです。
少なからず炎ダメージも受けているようですので、こちらは回復必須。
ポロリンちゃんに至ってはマンティコアの正面で攻撃を受け続けています。
トンファーで防いでいますが獅子の爪などによる攻撃は多少なりとも通るようで、さらに尻尾の蛇が吐いてくる毒のブレスは完全に無視。
ポロリンちゃんは装備補正もありますが基本的に【抵抗】が低い。状態異常には掛かりやすいのです。
しかし「毒なんて効かない」とばかりに立ち続ける。
さすが男の子。それでこそ【輝く礁域】の盾役。
そう言って褒めてあげたくなりますが、今は回復を飛ばすだけしか出来ません。
いずれにせよ、回復は第一がポロリンちゃん、第二にリーナちゃんという感じでしょうか。
あとは戦況を見ながら、適宜回復させるとして……バフも行きますか。
「<マジックバブル>! <マジックバブル>! <マジックバブル>! <ディフェンスバブル>! <ディフェンスバブル>! <ディフェンスバブル>! <レジストバブル>! <レジストバブル>! <アタックバブル>! <アタックバブル>! <アタックバブル>! <リジェネバブル>! <リジェネバブル>! <キュアバブル>!」
ふぅ……もう一本飲んでおきましょう。
■ネルト 【ニートの魔女】 10歳
ピーゾンから言われたのは、ユグドレントをいじめつつ<念力>を上手い事使えと。
<ロングジャンプ>を用意しておくのは基本だから言われなくても準備はしておく。
で、ソプラノのバリアに殴ったり蹴ったりしてるユグドレントを、どうにかして倒さないといけないんだけど……。
さっきはこっちに向かって来る所を足首掴んで転ばすだけだった。
今回は最初から近づいてるからなー。どうやって転ばすべきか。
と、考えているうちにバリアが切れる。
ユグドレントとの距離は10mしかない。前に倒しちゃったら私たちにぶつかっちゃうかもしれない。
後ろに倒す……<念力>じゃあ後ろに引っ張るの無理そうだ。
じゃあ横に倒す。うん、それがいい。
バリアがなくなった事に気付いたユグドレントは意気揚々、「うおー」とか言いながら、こちらへと一歩近づこうとして――
「<念力>」
上げた右足に即座に足払いをかけた。<念力>の手で全力チョップするように。
スパァンと右足が左足の方へと流れ、そのまま大きな音を立てつつ巨人が横倒しになる。
よし。これ多分、左足首にピーゾンのダメージ残ってるね。
それもあって転びやすくなってるのかもしれない。
あとは立ち上がりそうになったらまた転ばすだけでいい。攻撃はサフィーにお任せ。
で、もう一つの仕事が……うわ、早速ケルベロスが炎吐いてる。
リーナは避けてるけど、確かにあれは熱そうだ。
って言うか、三つの首から炎を吐かれるとさすがにリーナも食らうだろう。
<念力>盾で炎を防ぐのは出来る。それが出来ればリーナの手助けになる。
でも……リーナの動きが速いし、ぐるぐる回るから<念力>盾をリーナの前に出すってのが難しそう。
どうしよう……あ、ケルベロスの顔の前に出せばいいかな?
炎を吐きそうなヤツの真ん前に<念力>盾出せば……ケルベロスも動くけど、リーナよりマシな気がする。
ちょっとやってみよ……ああ、またユグドレントが起きちゃった。先に転ばせないと。そぉい!
■サフィー・フォン・ストライド 【スタイリッシュ忍者】 11歳
「(バババッ)<火遁>! (バババッ)<火遁>! (バババッ)<火遁>!」
スタイリッシュに印を結びつつ<スタイリッシュ忍術>を連発するのにもさすがに慣れてきました。
これが以前のように華麗なターンを決めてから放つようですと……この戦いではとても使えません。
ユグドレントどころかフレスベルグを倒す事さえ出来なかったでしょう。
もっと言えば『禁域』の時点で戦えなかったでしょうし、そうなるとワタクシはお払い箱になっていたのではないでしょうか。
周りの皆さんの足を引っ張るだけですものね。
スタイリッシュの何たるかを教え、”印”を教えて下さったピーゾンさんには本当に感謝ですわ。
そのおかげで今もワタクシは戦えております。
Aランクの魔物四体に囲まれるという絶望的状況下においても尚、ワタクシは戦う事が出来るのです。
しかしワタクシ一人でAランクの魔物と戦うというのはさすがに無謀というもの。
「<念力>」
ネルトさんがユグドレントを転ばせて下さっていますので、その間に速攻で仕留めなければなりません。
ネルトさんとてリーナさんのフォローもしつつですからお忙しいのです。
ワタクシの方ばかり気にかけている暇などないのですから。
転んだユグドレントに<火遁>を連発するだけの作業。こんな事に時間を掛けていられません。
激しくぶつかり合う周りの戦場では、いつ誰が危機に瀕してもおかしくはないのです。
ピーゾンさんはお一人でフェンリルと戦っています。
規格外の動きをしながらあのフェンリルでさえ蹂躙するようなその戦いは、この決戦の地に入る前とは別人のよう。
それまでもワタクシにとっては異次元の動きに思えましたが、ひょっとするとこれがピーゾンさんの本気なのかもしれません。
今までが本気ではなかった、とは言いませんが、思考速度と反応速度が一段階上がったように思えます。
本格的に人間をおやめになりましたわね。
【幻影の闇に潜む者】に入って下されば今からエースを名乗れますのに……残念ですわぁ。
ともかくワタクシ如きがピーゾンさんの心配などするだけ無駄。
しかし他の二か所が本当に厳しいのは確かです。
マンティコアの攻撃をひたすら受け続けるポロリンさん。
爪撃はトンファーで受けられるようですが、突進や噛み付きなどは厳しい。
敏捷の低いポロリンさんは受け流しの要領で無理矢理回避しているようですが、体勢も崩れ、ダメージも当然受けるでしょう。
さらに獅子の放つ風のブレスと、蛇の放つ毒のブレス、これをやられるとひたすら耐えるのみです。
ソプラノさんの回復やバフが引っ切り無しに掛けられているので、それだけでもいかに厳しい戦いなのかが分かります。
さらに言えば、全くマンティコアに攻撃出来ていない。
ピーゾンさんからの指示にもありましたが、ともかく守り抜き、マンティコアを抑え続けると、それだけの為にポロリンさんは戦っています。
ワタクシやリーナさんは幼少期から戦う訓練をして参りました。意思を持って強くなろうと努力してきた自負があります。
しかしポロリンさんやネルトさんは戦いとは無縁の十年間を過ごし、戦う術を知ってその数月後にはもうこのような戦いを強いられている。
普通の子供でしたら泣き喚いてもおかしくはないと思います。
それがなぜああまでも戦えるのか。痛みに耐え続け、踏ん張り続け、立ち向かい続けるのか。
ピーゾンさんの影響、それも確かにあるのでしょう。
しかしご本人の資質があり、だからこそ導かれるようにピーゾンさんと巡り合った。
共に戦う、戦えるという”縁”がそこに生まれたのだと思います。
ポロリンさんが窮地に立ち続けている今、逸早く駆け付けるのはピーゾンさんでしょう。
だからこそフェンリルを意地でも早く倒そうと奮闘している。
ポロリンさんを助ける為にピーゾンさんは無茶をしている――そう思うのです。
だからこそワタクシも――。
チラリと横目にすれば、Aランクのケルベロスと正面から戦うリーナさんの姿。
ワタクシが第一に守らなくてはならない対象のはずが、ワタクシより危険な戦いを続けているのです。
ネルトさんの補助やソプラノさんの回復やバフを受けながらではありますが、ほとんど一対一と言える状況。
いかに”天才”と称されるリーナさんと言えども厳しすぎます。
だからこそワタクシが早くユグドレントを倒さなければ。
早くリーナさんの元に行き、共に戦わねばなりません。
ダンデリーナ・フォン・ジオボルトを守るのはサフィー・フォン・ストライドの役目。
待っていて下さいまし! 貴女の幼馴染にして親友のワタクシが助けに参りますわよ!
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