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第一章 黒の主、世界に降り立つ
09:それは我慢か見栄か恥じらいか
しおりを挟む■エメリー 多肢族(四腕二足) 女
■18歳 セイヤの奴隷
私とイブキは正式にご主人様の奴隷となりました。
左手の甲にはその証である奴隷紋。
それも創世の女神ウェヌサリーゼ様が象られた美しい紋です。
やはりご主人様は神の御加護か恩恵か、何かしらを受けているのでしょう。
転生についてのお話である程度は聞いていたものの、こうしてはっきりと形になれば、その真実味、有難味が分かるというものです。
こうして私とイブキがご主人様と出会い、そして縁を結べたのもウェヌサリーゼ様の御意思があるからに違いありません。
私はこれから一層、奴隷として、そしてご主人様が望まれる侍女として努力をしなければなりません。
その夜、アフォードの街では最上級の高級宿に泊まりました。
魔物討伐や武具の売却、そして例の召喚施設にあった金銭や宝飾品など、すでにかなりの資金を有しているので、変に人種差別されない高級宿を……と思っていたのですが、どうもご主人様は【風呂付き】に拘ったらしいです。
ご主人様は非常に綺麗好きです。
街までくる間、山道を歩いている途中でもこまめに<洗浄>を使い、靴の汚れをとっています。私たちの靴も一緒に<洗浄>して下さいます。
私やイブキの感覚では「靴が汚れるのは当然」と思っていたのですが、ご主人様はそうは思わないようです。
風呂付きの宿に拘ったのも、<洗浄>で身体を綺麗にするだけでは嫌なので、お風呂に入りたかったとか。
お風呂というのは貴族が趣向の為に使うものであり、身体を清める事を主目的には使いません。
皆<洗浄>を使うか、使えなければ身体を水で拭くくらいのものです。
しかしご主人様の元々いらした世界は魔法やスキルのない所。
お風呂の意義というものが根本的に違うのでしょう。
そうした清潔というものの考え方の違い。
私はご主人様を理解し考え方を合わせるべく、日々精進していかなければなりません。
奴隷となり高級宿での初めての夜。
私はさっそくそれを痛感したのです。
「ご主人様、夜伽はいかがなさいますか。私でよろしければ――」
「わ、私も問題ありません! 是非とも――」
「ちょっ! ちょっと待て!」
今までは野営であった為に言えませんでしたが、今日は宿、しかも正式に奴隷となったのです。
ご主人様に捧げたい。少しでも恩返しを。願わくば恩寵を。
イブキもどうやら同じ気持ちだったようです。
私とイブキ、どちらかがご主人様の好みに合えば良いのですが……と思っていたらご主人様から「待った」が掛かりました。
「……俺の感覚がずれているかもしれないから確認したいんだが」
「「はい」」
「契約は性奴隷ではないよな? 義務ではないし、それこそ闇奴隷でもなければ強要も出来ない」
「「はい」」
「侍女にしても、この世界の主人は侍女を抱くのが普通なのか?」
「いえ、私がご主人様のお役に立ちたいと思っているだけです。お望みとあらば―――」
「わ、私もです!」
「…………そうか」
それからご主人様は少しの間、頭を悩ませているご様子でした。
悩ませるような言動をとってしまった事に若干後悔しましたが、気持ちは本物です。
私とイブキはご主人様が顔を上げるまで、不安な気持ちが募りました。
「……うん、お前たちの気持ちは嬉しい。ありがとう」
「「ではっ」」
「ただその前にいくつか懸念がある。それを解消した後に夜伽を頼もうと思う」
「懸念……ですか」
「ああ、俺の世界の知識を説明しないといけない。少し難しい話になるぞ」
そこからご主人様による衛生講習会が始まりました。
元の世界における性病、翻って様々な病気やウィルスという概念。
接触感染など感染経路についての説明。
それは私やイブキが聞いた事もない思想……いえ、事実なのでしょう。
ご主人様の世界では当たり前のように周知されている事なのだそうです。
目に見えない小さな生き物による害。
言われてみれば確かに魔法やポーションがあるこの世界では発見できないものなのかもしれません。
またご主人様は、ご自分がこの世界の人間ではないから、この世界にないウィルスを持ち込んでいる可能性があるとご懸念なさっています。
それを知る術はなく、対処方法もない状態で私たちと粘膜接触するわけにはいかないと。
私は女としてご主人様の好みに合わなければどうしようか、と自分本位な考えをしていました。
しかしご主人様は私たちへの健康を気遣って下さっていたのです。
なんと愚かだった事か。
後に私とイブキが自室で反省会をしたのは言うまでもありません。
やはりご主人様はお優しく、素晴らしい。
否定されているものの、神の使徒と言われても納得してしまうほどの御方です。
私は改めてご主人様への忠誠を強く持ったのです。
■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
ビ、ビビってるわけじゃねーし!
……いやね? そりゃ美人の奴隷をゲットして侍女服で迫られれば、俺だって飛びつきたいですよ。
ぶっちゃけ「よっしゃあああ!!!」って二人まとめて食べたいですよ。
しかし我慢しなければならない事もあるんですよ。
二人に言い訳っぽく説明した病気に関しても、確かに懸念している。
この世界の病気や感染症なんか、まるで知識ないからね。
ただそれ以上に、この世界における「身だしなみ」や「身体を清潔に保つこと」の感覚が未熟すぎると思うんだよ。
まぁ自分でも潔癖症だなーとか、【アイロス】に順応しなきゃなーとは思うけどね。
俺もエメリーもイブキも、風呂には入ったけど石鹸は全然泡立たないし、シャンプー・リンスなんか当然ないし、カミソリもなければ綿棒もない。
歯だってちゃんと磨きたいのに、それも出来ていない。
爪切りとか髭剃りもそうだけど、ナイフだぜ? 超怖いわ。つーか少し切ったわ。
これでどうやってお手入れしろと言うのか。
これは昔の思い出なんだが、夏場にめちゃくちゃ可愛い娘がいてな、キャミソール着ててさ、バスで俺の前の席に座ったんだよ。
座った瞬間、可愛いと思ってた気持ちが一気に冷めたね。
化粧もばっちりで髪のお手入れとか完璧な美人だったのに、背中の毛がケア出来てなかったから。
ふさふさ~ってさ、あれは引いた。
つまり何が言いたいかというと、俺の奴隷となり侍女となったからには、ちゃんとケアして欲しいっていうただの我が儘です。
俺自身ももちろんケアしたいんです。
明日、店を見て回って色々と探してみようかと思う。
最悪でもカミソリと歯ブラシとかは欲しい。ハサミとかはないだろうなぁ。鼻毛切りハサミ欲しいんだが。
石鹸とかも確保しておこう。あと綺麗な布ね。
で、ゆくゆくは自分の持ち家をゲットして風呂場とか作る。
ケアグッズや美容用品もなければ自分で作るしかない。
それで自分と彼女たちをピッカピカにして、その上で頂こうと思います。
正直、奴隷となった二人にあそこまで言わせて断るってさ、男としても主人としてもどうかと思うよ。
だから俺はこれからちゃんとした「主人」を目指そう。
ただでさえ基人族ってことで俺だけじゃなく二人にも迷惑かけてるんだし、嘗められない為にもちゃんと「ご主人様」しなきゃいけない。
どこに出しても恥ずかしくない「ご主人様」になる。
美容グッズをつくり、風呂付きの家を持つ。
二人が正式に俺の奴隷となった日。
俺はそんなアバウトな目標を持った。
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