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第一章 黒の主、世界に降り立つ
18:貴様の罪を数えろ!(どっちもどっち)
しおりを挟む■チューノ 猫人族 女
■25歳 迷宮組合イーリス支部 受付嬢
最近の迷宮組合は何かと話題が絶えません。
その話題の中心は新たに組合員となった基人族の男性とそのメイド軍団です。
基人族が街中に居る、そして組合員になるという事にまず驚きですが、彼が引き連れているメイドさんたちがこれまた美人・美少女の多種族揃い。
それも戦えないはずの多肢族や、真っ白な狼人族、罪人の樹人族など一癖ある人たちばかりで、普通に戦えそうなのは鬼人族の人くらいです。
まぁその人も含めて防具がメイド服なので、違和感がものすごいですが……。
本当にあれで迷宮に潜っているのでしょうか。
実は着替えて挑んでいるのではないかと思ってしまいます。
そんな人たちが組合に居れば他の組合員が絡んでくるのは自明の理。
案の定、登録初日から次々に絡まれましたが、その全てがメイドさんの手により入口に投げ飛ばされました。
戦えないはずの多肢族のメイドさんに巨躯の獣人系種族の男性が投げ飛ばされる。
そして投げられた人は気絶したようでピクリともしない。
そんな光景に私たちも組合内にいた他の組合員の人たちも唖然としました。
それから彼らに絡む人は急激に減りました。
一夜にして噂が広まるほど強烈なインパクトだったのです。
もともとボロウリッツ獣帝国は魔物討伐組合も含め、粗暴で力自慢バカな組合員が多く喧嘩などもしょっちゅうなのですが、逆に組合内が大人しくなる有様です。
触らぬ神に祟りなし、とでも言うように遠目でヒソヒソ陰口を言うくらいです。
こちらとしては騒がれる事が減ったので嬉しい限りです。
なんなら【黒の主】さんには組合に常駐してもらいたいくらいです。
あ、【黒の主】さんというのは基人族の彼の二つ名ですね。組合員の皆さんが噂してました。
本当はセイヤさんというらしいですが、誰もそう呼ばずに【黒の主】と呼んでいます。
まぁそう聞けばすぐに誰の事か分かりますからね。
真っ黒なのも、″主″なのも他にいませんし。
その【黒の主】とメイド軍団ですが、登録の翌日から連日、迷宮に潜っているようです。
組合は迷宮で倒した魔物が落とす魔石の買い取りが主な業務。
他にも魔法陣から出るアイテムや、レアドロップと呼ばれる魔物素材やアイテムも買い取ったりします。
なので、迷宮に潜った組合員の人たちはその日の成果を組合に持ってくるわけですが、彼らの持ってくる魔石の量が多いのです。
いえ、多いというか、異常な数というか、どれも低層の魔石だったりするのですが普通のパーティーの何日分もの量を一日で稼いできます。
これだけの量を一日で狩ることができるのか、どうすれば狩れるのか、全く分かりません。
影では「種族詐欺だ」とか「あのメイド服で戦えるわけがない」とか「別の組合員からがめてるんじゃないか」とか言われてますけど、組合的にはウハウハなので助かります。
そんなある日、【黒の主】とその一行が普段よりも早くに戻ってきました。
なにかと思えば、一人の少女を連れています。
私はすぐにそれが闇朧族のネネさんだと分かりました。
まぁ闇朧族は見た目が特徴的ですし、他に闇朧族など見ないので彼女しかありえませんが。
彼女はある意味、組合の問題児でもあります。
どのパーティーに加入しても喧嘩別れする。
闇朧族と言えば凄腕の斥候職の集まりという印象ですが、どうも話を聞く限り、ネネさんは能力が低いらしいのです。
なのに彼女も説明しないままパーティーを組むので、期待を持ったまま迷宮に入ると、その力のなさに不満を持たれるというのがいつもの事です。
個人的にはどちらも悪いとは思いますけどね。
ネネさんは説明不足ですし、パーティーは確認不足。
それでよく命を懸けて迷宮に潜れるものだなあと思います。
で、なんでそのネネさんが【黒の主】と一緒なのかと思いましたが……
「一緒に組んでいたパーティーのやつに足を斬られ、囮にされたらしい」
と言うのです。
セイヤさんたち【黒の主】一行は寸での所で助けに入り、ケイブアントの群れから救ったそうです。
これが真実であれば問題です。
勝てない魔物から逃げる際に、逃げ遅れて亡くなる組合員はそれなりに居ます。
奴隷を囮にして逃げる人もいます。
しかしパーティーメンバーに怪我を負わせ囮にするというのは許されません。
それはただの『仲間殺し』ですから。
そんな事が知られれば、もうその人たちとパーティーを組もうという人など出てこないでしょう。
パーティーを組む事を推奨している組合として許すことは出来ません。
そうして事情を聞いていると、入口から大声が聞こえました。
「ふ、ふざけるな! 俺たちは悪くない! そいつが勝手に逃げ遅れただけだ!」
どうやらそのパーティーが帰って来たところに、こちらの話し声が聞こえたようです。
セイヤさんは、リーダーであろう虎人族の彼を見据え、口を開きます。
「ほう? じゃあなんでネネは足を斬られていたんだ?」
「し、知らん! 蟻にでもやられたんだろ! それを俺たちのせいにしてるんだ、そいつは!」
「へぇ、あんな鋭利で深い切り傷、蟻の攻撃でつけられるんだな。どこでどうやればあんな傷がつくのか教えてくれよ」
「そ、それは……知らねえよ! とにかく俺たちは悪くねえぞ!」
セイヤさんは「はぁ」と溜息を一つつきます。
正直、私も溜息をつきたい気分ですね。
もはや彼の言い分は子供の言い訳レベルで、ほとんど認めているようなものなのですから。
「お前はゴミだな。仲間を殺して自分は悪くないと、よく開き直れるもんだ」
「んだと! そんなやつ仲間じゃねえよ!」
「あぁ、そうかい。じゃあ今から俺がお前を斬り殺す。でも俺は悪くない。それでいいな?」
「は……?」
そう言って、セイヤさんは腰に佩いた剣を抜きました。
真っ黒な刀身の細い剣。
止めなければいけない場面だというのに、私は思わずその剣の美しさに見とれてしまいました。
「んなっ!?」
「お前が言ったことだ。人を殺しても開き直れば許される。何をやっても、どんな理不尽であっても自分は悪くない、そうだろ?」
「ちょ、ちょっと、待て! おい! ふざけr」
「ふざけてんのはどっちだ、このゴミがあああ!」
リーダーの彼はもう腰が引けて震えています。
メンバーの人たちも彼を助けようと動けません。
それだけセイヤさんの怒気は強烈でした。
誰も声を発せない異様な空間。
真っ黒な剣は光を残すような鋭さで、彼の首へと吸い込まれ―――
「まって!」
という声でピタリと止まりました。
声を出せたのはネネさんでした。
普段全く声を出さないネネさんの叫びに、思わず目を見開きました。
「ネネ……いいのか?」
「ん……もういい……私は、もう、だいじょうぶ。ご主人様、いるから……」
「……そうか」
「ん」
セイヤさんは首筋に当てる寸前だった剣を仕舞いました。
同時に虎人族の彼が失神したようで、ドサリと倒れます。
セイヤさんは彼のパーティーメンバーに告げます。
「今後、俺たちやネネに近づいたり、悪意を持った行動をとれば殺す。そのゴミにそう言っておけ、いいな?」
『は、はいっ!』
「じゃあ連れていけ」
彼らはまさに脱兎の如く、リーダーを抱えて逃げて行きました。
それを見届けたセイヤさんがこちらに振り返ります。
「組合としてあいつらの処分は任せる。それとネネは今後俺のパーティーに入れる。手続きしてくれ」
「分かりました」
そう、私は笑顔で答えました。
セイヤさんが放った怒気、そして剣戟、どれも恐ろしいもので、本来ならば震えるか引きつる場面でしょう。
しかし私はなぜか嬉しかったのです。
ネネさんが主張した。セイヤさんがそれを酌んだ。
セイヤさんたちの異常な強さはすでに知っています。
それでも基人族が少女の為に虎人族に立ち向かった。
その一連がとても晴れ晴れしく感じたのです。
組合の中がざわつく中、私は大量の魔石の買い取り、そしてネネさんのパーティー編成手続きを終えました。
そして彼らが組合から出て行くのを見送ります。
ネネさんが【黒の主】のパーティーに入る。
能力が低く自己主張ができない、落ちこぼれ組合員と言ってもいいようなネネさんが、彼らと共にする事でどうなるのか。
ただでさえ基人族のセイヤさんももちろんですが、多肢族のメイドさんも連れて迷宮に潜るような人です。
弱者が迷宮という危険地帯に入り、それで尚、誰より多くの成果を手にしてくるようなパーティーです。
そこに入る事でネネさんは変われるのか。
楽しみな反面、少し不安もあります。
これで【黒の主】のパーティーにも喧嘩別れするような事があれば、彼女はもう……。
翌日、それは杞憂だと分かりました。
ネネさんは【黒の主】の一行と魔石の納品にやって来ました。
……メイド服になって。
ああ、彼のパーティーに入るという事はメイドになるという事なんですね。
あ、左手の甲にも他の皆さんと同じ、女神っぽい奴隷紋が描かれています。
すごい綺麗な奴隷紋なんですよねー、私こんな奴隷紋見た事ありませんよー、アハハ。
その日、買い取る魔石の量は過去最多となりました。
……まさか、ネネさん効果?
いやいやいや、落ちこぼれが一日で有能になるわけないでしょう。
……ないですよね?
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