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第一章 黒の主、世界に降り立つ
21:魔族暗躍、イーリスを襲う危機
しおりを挟む■ダダルゴ 妖魔族 男
■???歳
俺はダダルゴ。妖魔族―――つまりは魔族に連なる者だ。
魔族と言ってもピンキリで、幽魔族みたいに力もなく取憑く事しか能のない種族だとか、淫魔族みたいに操ったり洗脳したり専門みたいな種族もある。
逆に悪魔族みたいに尋常じゃない力を持った連中だっている。
俺たち妖魔族はどちらかと言えば前者だな。
ヒトの裏側であれこれやるのが好きな連中ばかりだ。
魔族に共通しているのは『ヒトに対して害を為す』という事。
これはもう本能みたいなもんで魂に染みついた存在意義ってやつだ。
何より楽しいしな。
世界中に散らばってあれこれ悪さしてる俺らだけど、そんな中で俺はあちこち飛んで情報を伝え、それと同時に連中がヒトに対してどんな悪さをするのか見物するのが趣味。
自分では手を下さず、他人の成り行きを見守るのみ。
最高の娯楽だ。
とあるヤツはヒトの街に入り込んで闇組織を率いたり、有力者を扇動したり、有力者自身に成り代わったりするヤツもいる。
少し前に獣帝国の中央あたりで貴族を操ってたヤツは、貴族に禁忌の召喚術を使わせたりしてた。
それでどっかの強力な悪魔族とか強大な魔物とか呼び出してくれると面白かったんだが、バカが早まったせいで見逃した。
非常に残念だ。
その召喚がどうなったのかも分からねえ。
貴族と連絡が取れなくなったって聞いたから、死んだのかもな。
召喚されたやつに攻撃されて死んだとすれば最高の見物だったんだが……ま、ありえねえわな。
「あら、ダダルゴじゃない。久しぶりね」
「よお、ピオソニーテ。こりゃすげーな。準備万端じゃねーか」
「ふふふっ、時間かけた甲斐があったわよ。苦労したわ」
俺は獣帝国の北東部にいる淫魔族のピオソニーテって女の所に来た。
淫魔族はヒトを魅了したり洗脳したりが得意なんだが、こいつはヒトじゃなくて魔物専門。
自分より強い魔物を操るってんだから面白いヤツだ。
山中に隠蔽された住処は研究室にもなってて、魔物を操る独自の研究をずっとしてた。
俺も注目してたんだ。こんなやつ早々いない。
そんでしばらくぶりに来てみれば、洗脳済みの魔物が群れを成してるじゃねーか。
ハハハッ! 自分の手でスタンピードを作ろうってか! 最高だ! 最高の見世物だ!
「さすがにこの量だとゴブリンとか弱い魔物も使わないとダメなんだけど、それでもなかなかの数だと自負してるわ」
「いやー純粋にすげーよ。オークキングとか群れごと引き込んだのか?」
「そうそう、他にも何個か群れごと吸収したわね。オーガキングとかもいるし」
「はぁ~。それにお前、ありゃあ……」
「ふふっ、とっておきよ。どうせなら全部使ってやるわ」
こいつぁ楽しみだ。
こんな派手な催しは俺も初めてだぜ。
さて、これがどうなるのか、特等席で見させて貰うとするかな!
■ボリノー 熊人族 男
■45歳 迷宮組合イーリス支部 支部長
昨日は【黒の主】の一行が迷宮を制覇したって事で大騒ぎになった。
単に制覇されただけならお祭り騒ぎで済むんだが、制覇したのがあの【黒の主】一行だからな。
馬鹿にされ、疑われ、恐れられ、味方もなしに単独パーティーでしかも短期間での制覇だ。
おまけに問題児扱いされてた闇朧族のネネも加えてのことだ。
何が何やらって感じだろう。
誰もが唖然とした。もちろん俺もだ。
ついでに売ってもらった深部の地図は、それはそれは詳細で、隅から隅まで探索したことが良く分かる。
よくもまぁ強い魔物がひしめく深層をここまで回ったもんだ。
魔物部屋まで書かれてるってことは、そこにも突入したんだろう。
はっきり言って自殺行為だが、組合的には教えてもらって有り難い。
これは後日、地図の正確性を確かめる為に指名依頼を出すつもりだ。
適当なことを書かれているかもしれないからな。
ま、話を聞く限りその可能性も低そうだが。
あいつらは今日にもカオテッドに向けて旅立つと言っていた。
扱いに困る連中だったが魔石を多くとってきてくれるし、あいつらが組合にいるだけで静かになるから有り難いんだけどな。
そんな【黒の主】たちが居なくなる事に少し寂しくも感じる。
と、そんな風に思っていたところで騒ぎが起こった。
「た、大変だ! スタンピードだ! スタンピードが起こるって!」
「魔物討伐組合から言われた! 迷宮組合にも伝えろってさ!」
「北門の先、モンディル山の森で大量の魔物が居るらしい! スタンピードの前兆だ!」
なんだと!?
俺はすぐさま組合にいる組合員に発破をかけ、北門へと向かった。
迷宮に行ってる場合じゃねえぞと。イーリスの街のピンチだ。戦えるやつは全員行けと。
組合員を先導するように北門へ行くと、すでに魔物討伐組合の連中が集まっていた。
その中で虎人族の老人を見つけ近寄る。
「チアゴ支部長、遅くなりました」
「おお、ボリノー支部長。来てくれて助かったぞい」
「それで状況はどんなです?」
「ふむ、うちに連絡に来た連中が言うには、モンディル山の森に入ったところで魔物の群れを確認したそうじゃ。それもゴブリン、ウルフ、コボルト、オークなど様々な魔物が密集状態じゃったらしい」
「な、なんですかそれは……」
スタンピードってのはリーダー格の魔物が指揮することで同種族の魔物が群れを成すことだ。
ゴブリンキングならゴブリンの群れを、オークキングならオークの群れを作る。
なのに見つかった群れは様々な種族の群れだと言う。
他種族の群れ同士が一緒になれば、その場で争いになるはずだ。
だと言うのに、争いもせず、揃ったままスタンピードを形成しているというのか。
にわかには信じられん。
チアゴ老が言うにはすでに斥候を出しており、それにより群れの規模と襲って来る時間を計るらしい。
第一報を報せたパーティーの話では、おそらく三百体以上。
イーリスの街にまっすぐ向かってきたとして、走って来るようならいつ来てもおかしくない状況だと言う。
とんでもない数だ。
しかも多種族の魔物による構成のスタンピード。
イーリスの街にとって、かつてない戦いになる。
衛兵団もすでに展開を始めている。
俺は迷宮組合員を指揮し、魔物討伐組合とも連携をとるために忙しなく動き始めた。
ややあって斥候に出ていた衛兵団の鳥人族が飛んで戻ってくる。
待ちに待っていた報告に俺も衛兵団のそばに行った。
「はあっ、はあっ、報告します! モンディル山中腹から麓の森にかけ、魔物の群れを確認しました!」
「数と陣容は」
「ゴ、ゴブリンキングの群れ複数! コボルトキング、オークキング、オーガキングの群れも複数確認しました! 総数は目算で千以上にもなります!」
『なにっ!?』
その報告に聞いた全ての人が耳を疑った。
動揺が手に取るように分かる。もちろん俺も動揺している。
しかし報告はさらなる追い打ちをかける。
「そ、それだけではありません! 最後尾に地竜が四体います!」
「ばかなっ!」
信じられない、信じたくない、その思いは皆同じだ。
オーガキングの群れが複数と言われただけでも防衛できるか不安だ。
そこにオークやゴブリン・コボルトの群れまで混じっているだけで他街から援軍を呼ぶしかない。
そこへ持って来て地竜が四体だと!?
こんなの絶対無理に決まってる。
ただでさえ有力な組合員はカオテッドへ行ってしまうのだ。
この街に居る魔物討伐組合員、迷宮組合員の有力どころを揃えても太刀打ちできない。
絶望に言葉が出ない俺たちに、鳥人族の斥候員が続ける。
「し、しかし今はどこかのパーティーが戦闘しています! こちらに向かう気配はありません!」
「パ、パーティーだと!? 組合員か!?」
「わ、分かりません! おそらく六名! そして……」
「そして何だ! はっきり報告しろ!」
「は、はい! 見間違いだと思うのですが……戦っているのはメイドのように見えました……」
「はぁっ? メイドが戦っているだと!? ふざけているのか貴様!」
ま、まさか……!
目を見開いて、こちらを見るチアゴ老と目が合う。
そうか、魔物討伐組合も彼らの存在を知っていたか!
確かに彼らは今日、北門からカオテッドへと向かったはずだ。
しかしなぜ街道を外れて森に入った?
いや、考えるのは後だ。確認しなければ!
「すまん! 俺は迷宮組合のボリノーだ! そのメイドたちに心当たりがある!」
「ボリノー支部長! 本当か!」
「見たことを教えてくれ。そのパーティーは真っ黒な服を着た男性が一人と、メイド服の女性が五人だな?」
「は、はい! そう見えました!」
「男は基人族だったか?」
「す、すみません、種族までは……しかし基人族が戦うなど……」
おそらく【黒の主】だろう。というか彼らしかあるまい。
訝し気に見る衛兵団長に、彼らが昨日、迷宮を完全制覇したばかりのAランクである事を伝える。
基人族という事で信じていなかったようだが、チアゴ老もフォローしてくれた事でなんとか納得した。
しかしいくら彼らでもスタンピードに一つのパーティーだけで挑むわけがない。
何等かの理由で巻き込まれたのだ。
常識外の力を持っているのは知っている。
それでも相手は千体以上の群れ、しかも地竜が四体だ。
タイラントクイーンより弱いとは思うが、四体相手に勝てるわけがない。
ましてやオーガの群れなどもいる。どうしたって死ぬ。
…………とは言え彼らのおかげで群れの数は少しは減るだろう。
見殺しにするのは申し訳ないが、これで戦えるビジョンがやっと見えた。
できれば彼らがカオテッドの迷宮で活躍するのを耳にしたかった。
このスタンピード防衛戦が終わったら、山中を捜索し、彼らの遺品を集め、ちゃんとした墓を建てようと思う。
戦いに勝てたとしたら、それは彼らの功績が大きいのだから。
俺は一人、そう言い聞かせ、次の報告を待つことにした。
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