39 / 421
第二章 黒の主、混沌の街に立つ
38:マスター・オア・ファーザー
しおりを挟む■ヒイノ 兎人族 女
■30歳 セイヤの奴隷 ティナの母親
ご主人様に救って頂いてから数日経ちました。
毎日が驚きの連続で、今までの常識が崩れることにも慣れた感があります。
やはり人は順応する生き物なのだな、と実感しています。
「うん、やっぱり風味が変わるもんだな。ヒイノ家秘伝の酵母を使ったほうが美味い」
「いえ、ご主人様の作られたエキス……酵母でしたか、そちらもとても美味しいです。まさか干し葡萄を使うとは思いませんでした」
「甘めの果物なら何でもいけたと思う。ただ『ペペリの実』というのは知らなかったが」
ご主人様は我が家秘伝の白パンの元となるエキスの作り方を存じていました。
うちのエキスは『ペペリの実』を干してお湯に浸して数日待つのですが、ご主人様の言われた干し葡萄の方がエキスになるまでにかかる日数が早いのです。
味は好みがあると思いますが、干し葡萄もとても美味しく感じられました。
ご主人様は異世界から女神様の手によって【アイロス】の地に降り立ったそうです。
それを疑う余地など、とうにないのですが、改めてその知識の深さに驚かされます。
逆に知らないことも多いようですが、そこは我々がフォローすればいいとエメリーさんたちも仰っていました。
「しかしこれだけ美味いパンが作れるとなると、うちだけで食べるのも少しもったいないな」
「窯が大きいので一度に多く焼けますしね。どこかに御裾分けしますか?」
「ハハハ、恥ずかしながら相手がいない。ヒイノの知り合いの店に売って卸売りしてもらうか? これなら店出すわけじゃないから商業組合通さないでいいだろ?」
「ええ、そうですが、パンの委託販売など聞いたことがないので確認してからのほうがよろしいかと」
それもそうか、とご主人様は焼き上がったパンを美味しそうに口に入れました。
パンを作ることが好きな私に好きなことをさせたい、そう仰るご主人様は本当に優しいお方です。
しかしパン作りが多くなると、家事や迷宮の頻度も下がりそうですし、ただでさえ貢献していない屋敷の警備も全面的にお願いしなければならなくなりそうです。
それは少し心苦しいと思います。
ああ、そうそう、話は変わりますが、迷宮にも入っているのです。
私も、そしてティナも。
ご主人様に「いずれ迷宮に入ってもらう」とは言われていましたが、こんなに早く入ることになるとは思いませんでした。
ティナが剣に対して貪欲な姿勢を見せたのも一因です。
やはり死んだ主人の血が流れているのか、と少し嬉しく、そして恐ろしくなりました。
初めて迷宮に行ったフロロさんが帰ってきた時、項垂れてぐったりしていたので、余計に躊躇してしまいました。
「ご主人様は鬼か……。我の思ってた迷宮探索と違うのだが……」
そう呟くフロロさんの意味を後日になって知ることとなるのですが、どうやら『魔物部屋マラソン』したのはCPが枯渇していた三日間くらいだけだったらしく、私とティナが初めて潜った際は、普通に歩いて魔物部屋に行くだけでした。
しかしどうやら魔物部屋に進んで行くこと自体が組合員にあるまじき行為だそうです。
私とティナは、ご主人様や皆さんが普通に入って普通に殲滅するので、そういうものだと思っていました。
「我とて伊達に十年も組合におったわけではない。それくらいの常識はもっておる」
そう言うフロロさんは何か悟ったような目をしていました。
とは言え、おかげで私とティナも少なからず戦えるようになったのも事実。
戦闘訓練をして下さったイブキさん曰く、誰に絡まれても投げられるレベルだと言うことです。
皆さんよくポンポン投げ飛ばしているのでそこまで実感はないのですが、ティナには力加減を覚えるよう言い聞かせていました。
これであの金貸しの一味が来ても少しは安心できます。
それもこれも救って下さり、守って下さり、<カスタム>して下さったご主人様のおかげです。
本当に頭が上がりません。
「お母さん、ご主人様はお父さんにならないの?」
ティナにそんな事を聞かれました。
ティナは自分と私を救ってくれたご主人様を「頼りがいのあるお父さん」と見ている節があります。
ディウスの事も覚えていないのでしょうから当然かもしれません。
ティナにとって守ってくれる存在はご主人様なのです。
それに対して私はうまく返事を返せませんでした。
ディウスを忘れたわけではありません。しかしご主人様をお慕いしているのも事実だと思います。
「侍女の奉仕とは愛情なくして成り立ちません」
エメリーさんからお聞きしましたが、ご主人様が仰った言葉らしいです。
夜伽をするのは奴隷の役目。そして侍女としての愛情も確かにあると思います。
ティナを産んだ身ではありますが、ご主人様に望まれれば私は……。
しかし、皆さんに聞いた話によると、少し恥ずかしい気もします。
というのも……
♦
ある日の夕食後、「話がある」とご主人様に呼ばれたのはエメリーさん、イブキさん、ミーティアさん、フロロさんでした。
いつもに増して威厳を出したご主人様は、意を決したようにこう言ったそうです。
「準備はほぼ整った。出来る限り揃えるものは揃えた。…………夜伽を頼もうと思う」
「かしこまりました」「は、はイっ!」「まぁ」「おお、やっとか」
四者四様だったようです。
ご主人様は今まで夜伽を命じられなかったそうです。
なぜかと思いましたが、それはご自身と私たちの健康を慮ってのこと。
私もご主人様の知識による衛生管理を最初に教わりましたので、それに付随する内容だそうです。
「俺は強要はしない。嫌がる女を抱く趣味はない。無理強いはしないから部屋から出て行ってくれて構わない。それを咎めはしない」
ご主人様のその言葉に部屋を出る人はいなかったそうです。当然ですね。
しかし本当にご主人様はお優しい。
私が今まで持っていた「主人と奴隷」という関係性の固定概念がいつも崩されてしまいます。
四人の了承を得たご主人様は、お風呂へ連れて行きました。
「夜伽に呼ぶのは一人ずつだが、最初だから全員に教えておく」との事です。
そこで行われたのは本格的な衛生・美容の講習会だったようです。
身体や髪の洗い方、その拭き方と乾かし方、スキンケアという考え、ムダ毛の処理、爪の手入れ、歯の磨き方などなど。
イブキさんなどは恥ずかしがって緊張でガチガチだったそうですが、他の三名は「ご主人様は夜伽相手にこういう事を望まれている」と貪欲に吸収していったそうです。
そうしてその日はエメリーさんと、そして翌日から順々に夜伽をされたそうです。
イブキさんはご自分の番だった翌朝、失敗したと項垂れながらも幸せそうでした。
夜伽の後にエメリーさんがご主人様に聞かれたそうです。
「ティナはともかく、なぜ他の三人を呼ばないのですか?」
「サリュとネネはまだ十五だろ? 俺のいた世界だと十八で成人なんだよな」
「ここでは十五で成人です。二人とも残念がっていると思いますよ?」
「えっ」
確かに背も低く、若く見られがちですが二人とも確かに成人しています。
そしてご主人様に一番好意を向けているのもあの二人かもしれません。
それをご主人様は「お兄さん的に見られている」と思っていたようです。
ますます残念がりそうですね、私は言いませんが。
そして私に関してはこう仰って下さったようです。
「ヒイノの場合はヒイノ次第だな。俺はご主人の代わりにはなれないし、奴隷としての義務を望んでいるわけじゃない。ヒイノの為に店を開いてくれたご主人は立派な人だよ。そんな人への想いを俺が命令して消すわけにはいかない。だからヒイノが望んだ時には主人として応えるつもりだ」
そのお話をエメリーさんからお聞きしました。
私はなんて優しいご主人様に救って頂いたのだろう、改めてそう思いました。
そしてその優しさに付け込んでいるような自分が惨めになったのです。
私は……。
後日、ご主人様の寝室の扉をノックしました。
そして……。
「私、ご主人様のこと、お父さんって呼ぶの? ご主人様って呼ぶの?」
ティナのその問いに私は何も答えられませんでした。
16
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜
昼寝部
ファンタジー
2XXX年、X月。
俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。
そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。
その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。
俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。
これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる