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第三章 黒の主、樹界国に立つ
67:絶対に油断(略)の裏側
しおりを挟む■ティナ 兎人族 女
■8歳 セイヤの奴隷 ヒイノの娘
今日はお母さんとエメリーお姉ちゃんとサリュお姉ちゃんで迷宮に来ました。
最近はお屋敷にいることが多かったので楽しみです。
いっぱい魔物を斬れるといいなぁ。
組合に行ったら導珠族の男の人に声をかけられました。
お母さんのパンが美味しかったと言ってくれました。
でもお店がなくなっちゃって残念だって。
私もお店を手伝っていたので、同じように美味しいと言ってくれるお客さんをたくさん見て来ました。
その時の事を思い出して、とても嬉しくなりました。
あとで聞いたら、その人は魔導王国の王子さまみたいです。
そんな偉い人にまで美味しいって言ってもらえるお母さんのパンはすごいです。
私もお母さんのパンが一番好きです。
それから迷宮に入りました。
しばらく普通に探索していると、後ろから誰か付いて来ているのが分かりました。
「お母さん、後ろの人……」
「そうねぇ、エメリーさんどうしますか?」
「たまたま向かう方向が同じという事はないでしょう。それが監視目的かそれとも……といった所ですね。とりあえずこのまま進みましょう。しつこいようなら撒きますし、絡んでくるようならば対処します」
「分かりました」
やっぱりみんな分かってたみたいです。
私とお母さんは<危険察知>がありますし、サリュお姉ちゃんは<嗅覚強化><聴覚強化>があります。
エメリーお姉ちゃんは多肢族なのに<気配察知>を持ってます。
ご主人様の侍女の人たちは、みんな頼りになるお姉ちゃんばかりです。
それからいつものように魔物部屋に入りました。
魔物部屋は魔物がたくさんいて楽しいです。
ビュンビュン動いて、ズバズバ斬れるので好きです。
時々お母さんに「はしゃぎすぎ」だと怒られたり、エメリーお姉ちゃんに「突出しないで連携を意識して」と怒られます。
ついワクワクして攻撃しちゃうので、そこら辺が今の課題です。
ツェンお姉ちゃんも私と同じように怒られているらしいですけど。
一番手前の魔物部屋なので、そんなに数も居ないです。
あっという間に倒し切って、魔石を集める方が時間かかるくらいです。
そして、さあ部屋を出て次の魔物部屋だ、と思ったんですが……
「部屋の外に待機してますね」
「六人、少し離れてもう六人ですか」
そう言えば付けて来た人たちがいました。
すっかり魔物部屋に夢中になっていました。
「では私から出ましょう。逃げそうだったらティナ、追いかけて下さい」
「はいっ!」
「ティナ、くれぐれも殺しちゃダメよ」
「うんっ!」
エメリーお姉ちゃんが出て、私は後詰めだそうです。
私だってもう怪我をさせずに気絶させる事くらい出来るって所を見せたいと思います。
ふんす、と意気込んでエメリーお姉ちゃんの後ろにつきました。
―――ガチャ
「おらあ―――ぐあああっ!」「ぐはあっ!」「ぎゅえっ!」
扉を開けてすぐ、エメリーお姉ちゃんが攻撃します。
ハルバードの下の方のやつで、素早く的確に、一撃で気絶させていきます。
やっぱすごいなぁ。
そう感心していると、奥の方で逃げようとしている人がいました。
私の出番だ! と駆け寄ります。
すぐ追いつきました。
まるで斥候みたいな恰好なのに、フロロお姉ちゃんより遅かったです。
きっと下っ端の人だから一番後ろにいたのでしょう。
「つーかまえたっ!」
私はレイピアの柄でお腹を殴りました。
お腹だったら早々死なないって聞いています。
壁に打ち付けられてましたけど大丈夫、確かに死んでません!
「よくやったわね、ティナ」
「ティナちゃんナイスです!」
「えへへ~」
みんなに褒めてもらいました。嬉しいです。
でもこの人たちを組合に持って行かないといけないので、もう探索は中止みたいです。
魔物部屋まだ一つしか行ってないのに……残念です。
全員をロープで縛ってずるずると引きずって行きます。
十二人を四人で運ばないといけません。
私も三人引きずりました。
こう見えてサリュお姉ちゃんより【攻撃】とか上げてもらってるのです!
ご主人様ありがとうございます!
ようやく組合に戻ると、ホールがまた騒がしくなりました。
エメリーお姉ちゃんが受付の人に説明すると、詳しく聞かせて欲しいって事で、かなり時間がかかりました。
やっぱりもう一度迷宮に行くのは無理そうです。
魔物部屋は諦めます。残念ですけど。
「また明日来ましょう、ティナ」
お母さんにそう言って撫でられました。
どうやら不満気な顔をしていたみたいです。
でもその言葉を聞いてすぐに顔を上げました。
やった! 明日も来れるの!
明日こそ魔物部屋いっぱい行こうね!
お母さんはなぜか苦笑いしていました。どうしたんだろう。
■メリー 羊人族 女
■22歳 迷宮組合カオテッド本部 受付嬢
本当にこの人たちは……。
【黒の主】ことセイヤさんたちが、このカオテッドへやって来てからというもの、話題に出なかった日はありません。
種族や風貌はもちろんですが、毎回探索すれば魔石を大量に持ってくる。
何をどうやればこれだけ魔物を倒せるのかと議論されるほどです。
口の悪い人は「迷宮内で組合員を殺して魔石を奪っているんじゃないか」と言ったりもします。
最近になって発覚した迷宮内での事件に絡めてのものです。
もとより迷宮内での犯罪というのは証拠もなく立証もできず、問題が起こることも多いものです。
仮に連続殺人があったとしても、死体は消え、証人も証拠もないのでは捕まえようがありません。
だからこそ不安からか、【黒屋敷】の人たちを犯人にしたいのでしょう。
ところが、この日、その事件は急展開を迎えました。
探索に向かった【黒屋敷】の四人が、かなり早く帰ってきたと思ったら、その犯人を捕らえて来たのです。
セイヤさんも、鬼人族のイブキさんも、最近入った竜人族のツェンさんも居ないのに「襲われたから捕らえました」と。
まだ八歳のティナちゃんが大の大人を三人も引きずってきた時は、開いた口が塞がりませんでした。
襲撃に及んだのは十二人。
それもカオテッド本部の設立当初からいるベテランの二パーティーだったのです。
これにはホール内の組合員も騒然となりました。
「まさかあいつらが……」
「あの二つのパーティー繋がってたのかよ、全然仲良くなかっただろ」
「それも芝居だったってことか?」
「俺、あの人たちに奢ってもらったことあるんだが……」
「ああ、いい先輩だったんだがな、まさかこんな……」
至る所でそういう声が上がります。
中にはこの期に及んで、そのベテランパーティーを庇い、【黒屋敷】の人たちを悪く言う人もいます。
確かに捕らえられた人たちは品行方正なベテランでしたから信じられない気持ちは分かります。
しかし変な事を言う人はティナちゃんやサリュちゃんをよく見ればいいと思います。
こんな娘が悪者なわけがないでしょう。
ともかくエメリーさんから詳しい状況を聞き出します。
何をもって襲われ、捕らえる結果となったのか聞かなければ判断もできません。
「迷宮に入ってからずっと付けて来ているのは分かりましたので、しばらく泳がせたのです」
「き、気付いていたと?」
「ええ、それで魔物部屋を出た時に集団で斬りかかってきまして」
「ま、魔物部屋!?」
「ええ、それでとりあえず全員気絶させたわけです」
「は、はぁ」
ちょっと仰ってる意味が所々分からなかったのですが、とりあえず狙われて、襲われて、返り討ちにしたという事ですね。うん。
それから気絶から復活した十二人を取り調べ、その結果彼らが闇組織【宵闇の森】のメンバーだと言うことが分かり、また仰天。
今までに何年も迷宮内殺人を犯していたようで、余罪が出るわ出るわ、それでまた組合はパニックになりました。
彼らの中にはずっと「メイドこわいメイドこわい」と震えている人もいました。
一体なにがあったのかは分かりません。
ただ一つ、【黒屋敷】の皆さんについて分かったこと。
どうやらいつも普通に魔物部屋に行ってるっぽい、と。
だからあんなに魔石を……。
良い子は真似をしないように、と周知させる必要があるでしょうか。
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