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第三章 黒の主、樹界国に立つ
71:神樹の前の乱入者
しおりを挟む■ユーフィス・ユグドラシア 樹人族 女
■173歳 ユグドル樹界国第一王女 『神樹の巫女』?
急いで神樹を伐り落とさねば……!
神殿ではズール大司教が襲撃を受けた。
そして王都にミーティアと父母が現れた。
王位簒奪によって生まれ変わった国を元に戻そうとしているのは確実。それも強硬手段で。
ならば私はどうなる。
ここまで聖域の森を切り開き、やっと神樹まで辿り着いたというのに。
何も為せないまままた奪われるというのか。
そうはさせない。
神樹だけは何が何でも伐り落とさなければならない。
「急ぎなさい! 無理をしてでも飛ばすのです!」
『ハッ!』
神殿を出る際に無理矢理連れて来た神殿騎士が八名。
彼らと共に馬を駆り、聖域の森を進んでいる。
彼らは皆、ズールが大司教となってから選抜された者たちだ。つまりは私の味方。
伐採を進めたばかりの聖域の森は、馬車などでは通れない。
木を伐り、切株を抜き、土を盛っただけの道。
いまだ踏み固められていない道を馬で駆ける。
無茶苦茶ではあるが、考えうる限り最速の移動だ。
そうして見えて来た聖域の森の終点。
天高くそびえる神樹と、その周りの広場とも言える平原。
神樹を見たことのない騎士団の者たちから「おおっ!」と感嘆の声が上がる。
なるほど、感動的な大樹だろう。
こんなものがあるから信仰が根付く。
こんなものがあるから私は苦しめられるのだ。
そうして辿り着いた神樹の根元。
馬を放置して飛び降りる。
「時間がありません! この樹を伐りなさい!」
『ハ、ハイッ!』
騎士団に躊躇が見えた。
何を今さら躊躇する必要があるのか。
さんざん言ってきたではないか、神樹を伐る為に森を伐採すると。
だと言うのに尻込みをする。
まさか神樹を前に臆したとでも言うのか。
普段であれば叱咤するところだが、その暇もない。
とにかく早く伐r―――
「ちょおっと待ってくれや」
その声は私たちの後ろから聞こえた。
ここに来るまで誰も追い抜いてなどいない。
だというのになぜ後ろから? 誰が?
振り返るとそこに居たのは二人。
圧倒的な巨体を有した岩人族の男。
灰色のローブに身を包んだ樹人族の女。
「何奴っ!」
騎士団が一斉に剣を抜く。
明らかに只事ではない空気を醸し出しているのだ。
歩いてくるその姿だけで警戒に値する。
「お前らに神樹を伐られると困るんだよ。まぁ聖域の森を通れるようにしてくれたのは感謝だけどなぁ、ゲハハッ!」
「なに……?」
「神樹なんか伐ったらバチが当たるだろ? 伐っちゃいけないんだよ、そいつは」
岩人族の男はヘラヘラと笑いながら歩いてくる。
女の方はすぐ後ろで付いてくるだけだ。
ともあれ、こいつは私が伐るのを邪魔しに来た。
ならば敵だ。
「殺しなさい!」
『おおっ!』
八名の神殿騎士が一斉に攻撃を仕掛ける。
敵の二人は何も動かない。
いや、岩人族の男が背負っていた武器を手に取った。
「威勢がいいねぇ!」
とてつもなく巨大なメイス。
長く、太く、ゴツゴツとした金属で固められたそれは、もはや鉄塊。
それを……
―――ゴオオオオッッッ!!!
まるでショートソードでも扱うかのように、誰よりも速く横薙ぎした。
鎧を纏い、筋肉に覆われていたはずの騎士団が、一瞬で溶ける。
上半身の全てが血と肉片に変わり、それは水しぶきのように、私と神樹を覆った。
目の前の光景が信じられず、呆けていた頭が、ドサドサと地に伏していく騎士団の下半身を見て急激に目覚める。
「―――キャアアアアアア!!!」
足と腰に力が入らず、その場にへたり込む。
逃げたいのに逃げられない。
悲鳴を上げただけで口の震えが止まらない。
体中の穴という穴から液体が出ているのに不快に思う事すら許されない。
ただ目の前の岩人族から目を離せない。
握りしめた、真っ赤に染まったメイスから目を離せない。
相変わらずのにやけ面で岩人族が言う。
「な? バチが当たっただろ?」
■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
ミーティアと共に神樹へと続く聖域の森を走る。
いかにも急いで伐採しました。道だけは作りましたと言わんばかりの獣道だ。
「なんという事を……」
並ぶミーティアの呟きが聞こえた。
『神樹の巫女』しか入れなかった聖域の森、それがこうして拓かれてしまっている。
しかしその声は怒りよりも悲しみ嘆いているように聞こえた。
そうして徐々に見えてくる森の終点。
円形の大きな広場に、この木なんの木どころの騒ぎではない巨木が見えてくる。
俺の脳裏に『世界樹』という言葉が浮かぶ。
きっとフィクションの世界にある世界樹は、このような樹なのだろうと。
しかし近づくにつれ、感じる違和感。
見上げていた顔を下に向けると、巨木の根本に立つ二人に視線を集中させる。
その周りには幾人もの死体と血の海。
それも肉片にしてバラ撒いたような、神樹の神聖な雰囲気とは真逆の光景が広がっていた。
二メートルを優に超える岩人族と思われる男。
灰色のローブを纏った樹人族と思われる女。
男が右手に持つ巨大なメイスは、本来の鈍色の輝きと共に血塗られて紅く輝く。
その先には車に轢かれた蛙の如く、潰されたようなドレス姿の―――
「お姉様っ!!!」
ミーティアが叫ぶ。
もはや原型がほとんど残されていない状態で、何をもって姉だと気付いたのかは分からない。
しかしそれは紛れもなくミーティアの姉、『偽りの巫女』ユーフィスだった。
佇む二人の異様な雰囲気に、駆け付けたい気持ちを堪えていた。
そんなミーティアの様子に気づいた二人がこちらを見る。
「ああん? お姉様?」
「……第二王女のミーティア? 罪人となって放逐されたって聞いたけど、なんで居るのかしら。しかもメイド?」
「知るか。それにお付きは基人族かぁ? それこそなんでここにって話だぜ」
岩人族の男は楽しそうに顔を歪ませる。
樹人族の女は思案顔だ。
そんなことはお構いなしに、ミーティアが吠えた。
「貴方たち……何者です! なぜユーフィスお姉様を!」
「ゲハハッ! 俺は【天庸十剣】の第六席、ボルボラってんだ。よろしくお見知りおきを王女様ってな」
天庸十剣? 第六席? なんだそれ。
チラリとミーティアを見る。
首を少し捻っている。知らないっぽい。
樹界国の圧政に立ち向かうクーデター組織か? テロ?
「んで、何で殺したかって言われりゃ、こいつが神樹を伐ろうとしてたからさ。神樹を伐るなんてバチあたりだろ?」
やれやれといったポーズで手を広げる。
やっぱこいつら神樹保護の反政府組織か?
「神樹には生き続けてもらって良い素材を出し続けてもらわねえといけねえからな! 伐っちまったらそれまでじゃねえか! なあ、そう思うだろ? ゲハハハハッ!」
……違う。こいつらは国どうこうは関係なく、ただ神樹の素材が欲しいだけ。
じゃあ【天庸十剣】って何だよ。
そう俺が考えている脇で、樹人族の女は身長ほどの長さがある神樹の枝をマジックバッグに入れていた。
ともかくこいつらは素材欲しさにユーフィスたちを殺したってことだ。
雰囲気も異質だったが、その目的も手段も異質。
少なくとも味方ではないし、見逃すことは出来ない。
こちらの殺気に気づいたのか、ボルボラがさらに楽しそうにメイスを担いだ。
「おっ、いいなぁ! やる気じゃねえか!」
「ミーティア、女を頼む。俺はあいつだ」
「はいっ!」
「ミーティア姫様と基人族! 全く訳が分からねえ! だからこそ面白えっ!」
俺はボルボラと、ミーティアは樹人族の女と向き合う。
近づくや否や、挨拶とばかりに巨大なメイスが振り下ろされる。
岩人族の巨体から放たれる高速の鉄塊。
なるほどこれはミンチになるわけだ。防御したところで一溜りもないだろう。
そう思いながら俺は腰の黒刀を抜き、上から迫るメイスを受ける。
ガキンと金属同士がぶつかり合う音が響く。
腕にかかる荷重は、見たままの巨体と巨大メイス、そして攻撃速度を十全に表している。
足元の柔らかな土がドガンと凹んだ。
―――が、片手一本で受け止めるのには成功した。
「!? てめえっ……ほんとに基人族か!?」
「紛れもなく基人族だよ。最弱種族でおなじみの、な」
「ゲハハハッ! 本当に面白えやつだっ! こんな妙なのと殺りあえるとは運がいいぜ!」
「神樹の前だから運気が上がってるんだろうさ。樹神に感謝しておけ」
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