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第三章 黒の主、樹界国に立つ
72:異常者vs異常者
しおりを挟む■ボルボラ 岩人族 男
■34歳 【天庸十剣】第六席
【天庸】は盟主様が治める組織。
圧倒的な力によって魔導王国をぶっ潰す為の組織だ。
偉大なる錬金術師である盟主様は、その力を我らに与えて下さった。
力に溺れ、暴れまわり、捕らえられてあとは殺されるだけだった俺を救って下さったばかりか、今までの力があまりに脆弱なものだったと気付かせてくれた。
盟主様が授けてくれた力に比べたら、それまでの俺なんてカスみたいなもんだ。
盟主様はただ俺たちに力を授けてくれるだけじゃない。
相手は魔導王国。力以外の手段はいくらあっても無駄じゃない。
魔導王国に入るはずの金や素材を奪い、それを俺たち【天庸】の力にする。
金も素材も大錬金術師である盟主様にとっては必要なものだ。
俺とリリーシュに与えられた仕事、その一つが【宵闇の森】の壊滅。
樹界国で蔓延る闇組織ってことらしいが、カオテッドや国外でも幅を利かせようと画策してきやがったらしい。
こいつらはこいつらで金を欲したのだろう。
だが邪魔以外の何物でもねえ。だから潰す。
歴史ある闇組織ってことで歯応えあるのを期待していたんだが、完全に期待は裏切られた。
あまりにも弱すぎる。
よくこれで何百年と樹界国の裏を牛耳ってこれたもんだと逆に感心したくらいだ。
そしてもう一つの指令が「神樹の枝、神樹の葉の採取」。
樹界国に起こっている政変で、聖域の森は伐採され、神樹も伐られようとしているらしい。
そこを狙って希少な素材を入手しろと。
【宵闇の森】なんかよりこっちの方が優先度は高い。
なんせ誰も入手したことのない素材だからな。盟主様が欲しがるのも頷ける。
聖域の森は『神樹の巫女』以外が普通に入ると惑わされる為、神樹には辿り着けない。
だから伐採して切り拓いてもらうのは好都合。
しかし神樹まで伐られては素材としての価値が消える。
神樹自体が死ねば、採取した枝葉が効力を失わないとも限らんからな。
だから森を伐らせ、神樹を伐る直前で乱入した。
ついでに神託だとか宣ってた『神樹の巫女』を殺せば、もう神樹を伐るなんて言い出すヤツもいないだろうと。
そこまでは順調だったんだがな。
「!? てめえっ……ほんとに基人族か!?」
乱入してきた二人、罪人となった第二王女のミーティア、そしてこの基人族の男。
今さっき叩き潰した騎士団の連中より歯応えのなさそうな二人。
余興のつもりで手を出してみたが、まさか防がれるとは思わなかった。
全力じゃねえが基人族ごときが防げるもんじゃねえ。
ましてや避けるどころか、片手一本で受け止めやがった。
鬼人族にだって出来ないであろう芸当。
思わず口元が歪む。大声を出して笑いたくなる。
種族がどうとか、もう関係ねえ。
こいつは強敵だ。いい感じの強敵だ。
続けざまに特製メイスを振り回す。
今度は受けずに避けられる。
どれだけ速く振っても当たりゃしねえ。
「ちょこまかとぉぉお!!!」
怒鳴りながらも自分で笑っているのが分かる。
俺は盟主様に力を与えられた。
それは本来持っていた種族特性の防御力をさらに向上させただけでなく、パワーもスピードも比べものにならねえほど強化されているのだ。
だと言うのに、この基人族はそれを受け、それを避けている。
強化された俺より、力も速度も上だと言うのか。
とんでもない乱入者が現れたもんだ。
そいつは俺の攻撃を避けながら口を開く。
「【天庸十剣】の第六席、ボルボラって言ったよな」
「ああん? お喋りとは随分余裕だなぁ!」
「いいから聞かせろよ。お前の組織には他に九人居るって事でいいのか? ミーティアと戦っている女は何席だ?」
「うるせえよ!」
こいつらは【天庸】を知らないらしい。
わざわざ教えてやる義理はねえ。
それよりも余裕の表情で話しかけてくるこの男が強すぎて面白すぎる。
とは言え、ただぶっ潰すだけの攻撃じゃあこいつには当たらねえ。
ならもう出し惜しみはなしだ。
俺はメイスを避けつつ距離をとり着地しようとする基人族の足元に向けて―――
「岩の槍!!」
「!?」
地面から突き出る無数の槍。
さすがに驚いたらしい。
そりゃそうだ。
戦闘能力で言えば防御特化、完全前衛型の岩人族が土魔法を使うなんて思わねえだろうからな。
これもまた盟主様に授けられた力だ。
それでもこの男には大したダメージは与えられないだろう。
今更甘く見るつもりはねえ。
だがビビる。戸惑う。体勢を崩す―――それで十分。
俺はヤツが槍の上に着地するのを見計らって、速攻でメイスを―――
「はああああっっっ!!!」
ヤツは右手に持った黒い剣を空中で幾度も振った。
それはおそらく無数の<飛刃>。
あまりに速く、あまりに多く生み出されたそれは、地面から突き出た岩の槍を切り刻み、瞬く間に砂に変えていく。
「なっ……!」
その速さ、その威力、そしてそれを身動きがとれない空中で行ったことに、初めて俺の顔から笑顔が消える。
突撃するつもりだった足は止まり、振り上げたままのメイスは動こうとしない。
一瞬、空白になる思考。
「驚かすんじゃねえよ、木偶の坊」
―――スパアアアアン!!!
砂となった地面に片足を付けたと思ったら、次の瞬間には目の前にいた。
その剣がいつ振り下ろされたのかも分からない。
頑丈だけが取り柄だった俺の体が、いつ斬られたのかも分からない。
どれだけ早く避けていても、ヤツは全然本気じゃなかった。
目で追えないヤツをぶっ潰そうだなんて無茶だった。
俺の身体を真っ二つに出来る力と技を持つヤツに勝てるわけがなかった。
そう気付いた時にはもう遅い。
崩れ落ちる自分の身体は何も言うことを聞かない。
果たして俺は今、笑っているのか。
笑っているのだろうな。
最高の強敵だったんだから。
遥か高みに居る、最強の基人族だったんだから。
■ミーティア・ユグドラシア 樹人族 女
■142歳 セイヤの奴隷 『日陰の樹人』
姉ユーフィスを殺された。当然それに対する怒りはあります。
これまでの行いから極刑は確実であり、元々ご主人様に「殺す」とは言われていたけれど。
それでもせめて自分の手でとは思っていました。
まさか他の誰かの手で、それも鉄塊で潰されるような殺され方をするとは。
だからこそ頭に血が上っていたのだろう。そう、今なら思えるのです。
ご主人様の命により私が仕掛けたのは灰色のローブを纏った樹人族の女。
同族を相手取るというのは王族として元『神樹の巫女』として辛いところであり、だからこそ私が戦わねばという相反した思いもありました。
しかし一合打ち合ってみただけで、私の頭から怒りの感情は消えました。
それどころではない、と言ったほうが良いかもしれません。
ご主人様に<カスタム>して頂いて以降、私はどの魔物と戦っても苦戦したという記憶がないのです。もちろん皆の連携あっての事ですが。
イーリスを襲うスタンピードも、迷宮主であったタイラントクイーンも、大迷宮の領域主も、『倒せる』というのが当たり前に感じていました。
ところが彼女は違う。
弓が使える距離ではないから短剣で仕掛けるも、相手は両手にダガーナイフを持ち、それを捌く。
動き回って翻弄しようにも私の速度についてくる。
距離をとれば鋭利なナイフを取り出し投げてくる。
戦闘技術は私より上でしょう。
そして「まさか彼女も<カスタム>しているのでは」と思うほどの身体能力。
思いがけないその強さに、私は若干の焦りさえ覚えました。
「……貴女、本当にミーティア姫? いくら希代の『神樹の巫女』と言ってもここまで戦えるわけないでしょ」
どうやら相手も少しは焦ってくれていたらしいですね。
「貴女こそ普通ではありませんね。【天庸十剣】とやらは皆貴女のようにお強いので?」
「ふんっ、残念ながら私は第九席よ。私より強いのなんてゴロゴロいるわ」
「なんと、では一人くらいここで止めておきませんと」
「出来るかしらッ!」
彼女は下がりながら、次々にナイフを投擲してきました。
私の短剣で捌ける量ではありません。
神樹の傍で使いたくはありませんでしたが……
「炎の壁!」
「なっ! 火魔法!?」
「炎の槍!」
ウォールで防ぎながらの火槍戟。さすがにこの場で広範囲攻撃魔法は使えません。
しかし意表はつけたようです。
本来樹人族が使えないはずの火魔法。
私もご主人様に<スキルカスタム>で調べて頂くまで、自分に火魔法の適正が増えたなど思ってもいなかったのですから。
罪人となる事で風魔法の適正が消え、火魔法の適正が現れる。
これを知る樹人族などいないと思います。
彼女も驚き、避けるタイミングを失ったように見えました。
確実に当たる、そう思ったのです。しかし―――
「はあああっっ!!!」
ローブに隠れた右腕で、私の炎の槍を打ち払ったのです。
ありえない。そう思いました。
樹人族にとって火魔法は禁忌。それは命たる森の保護や適性だけの問題ではなく、種族的に火耐性が非常に低いのです。
<カスタム>した私の炎の槍を樹人族である彼女が凌げるはずがない。
疑問符が浮かぶ私の眼前で、焼けたローブを脱ぎ捨てる彼女の姿。
それを見て、また頭と身体が硬直したのです。
彼女の腕は『蒼い鱗』に覆われていました。
屋敷にいるはずのツェンを思い出します。
顔つきは完全に樹人族なのに、まるで腕だけが竜人族のような……。
―――ズズゥゥゥゥン……
その音にハッと目を向けると、ご主人様が岩人族の男を真っ二つにしていました。
目の前の彼女もそれを見て、舌打ちをしています。
「チイッ! ボルボラの阿呆め! ……まぁ目的のものは貰ったんだ、帰らせてもらうよ」
「させません!」
「ローブの代償は払ってもらうからね、姫様?」
私は彼女に駆け寄ろうとしましたが、その前に彼女は地面に何かを投げつけました。
煙幕―――白い煙が辺りに立ち込め、その姿が消えます。
「こりゃやられたなー」
ご主人様が近くにいました。
私もご主人様も察知系スキルは持っていません。
ネネでもいれば追跡出来たのかもしれません。<気配遮断>などを使われていなければ、ですが。
「申し訳ありません、ご主人様。取り逃がしました」
「ああ、とりあえず怪我がなさそうで何よりだ。相手も妙に強かったしな」
白い煙が次第に晴れていく中、私は自らの失態に頭を下げ続けていました。
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