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第三章 黒の主、樹界国に立つ
73:王位簒奪の後始末
しおりを挟む■ミーティア・ユグドラシア 樹人族 女
■142歳 セイヤの奴隷 『日陰の樹人』
白煙が消え、静まった神樹の根元。
私は敵を逃がしたことに項垂れながらも、切り替えなければいけないと、神樹の周りをご主人様と片付けていました。
ご主人様はユーフィスお姉様と騎士団、そしてボルボラという男の遺体を<インベントリ>に入れて下さいます。
散らばった血肉はさすがに拾いきれません。
そして神樹の幹にも大量の血が掛かっていたのです。
私は<洗浄>はせず、手持ちのマジックバッグから水と布を取り出し、丁寧にふき取ろうと思い神樹に触れました。
すると神樹が光を放ち始めたのです。
ご主人様は「なんだ!?」と警戒していますが大丈夫です。
意図していなかったものの、それは見覚えのある光景でした。
《―――ミーティア。″巫女″ミーティアよ》
「樹神ユグド様!」
罪人となり『日陰の樹人』となって尚、神託が頂けるとは思ってもいませんでした。
そして樹神様は私を『巫女』だと、『神樹の巫女』だと仰って下さったのです。
私はとっさに、幹に手を触れたまま膝を付きました。
いつも神託を受けていた、そのままの姿勢に。
《私の願い通り、ウェヌサリーゼ様の使徒と出会えたのですね。良かった》
樹神ユグド様の声は、いままでのそれよりも明瞭で人間味のあるものに聞こえました。
お言葉を、神託を頂けることすら稀で、聞けても一言二言で終わりが常です。
それがまるで会話のように聞けるとは……。
しかし樹神ユグド様。
私は聖域の森の伐採を止められず、危うく神樹を伐られる寸前でした。
そればかりか不審な輩に神樹の枝を持ち去られる始末。
お詫びのしようもありません。
《それは過ぎた事。それよりも重要なのは、この先も″巫女″である貴女がウェヌサリーゼ様の使徒と共にある事。惜しまず協力なさい。それが私の願いです》
それはもちろんです。
この先もご主人様―――女神の使徒たるセイヤ様に誠心誠意尽していく所存です。
《それを聞いて安心しました。貴女の一助となるよう、私から貴女に一つ授けましょう》
その言葉と共に神樹の光が私の上に集束していきます。
光が凝縮され、一つの形となって浮かび上がります。
それは弓。
神樹の枝をしならせたような、まさしく神器と言える長弓でした。
ゆっくりと下りるそれを私は手にしました。
《私は今から聖域の森の修復に入ります。しばらくの間、神樹は枯れ、こうして言葉を託すことも出来なくなります。あとは任せます、頼みましたよ》
樹神様!?
その言葉を最後に光は完全に消え、天井を覆っていた枝葉が消えてゆき、神樹はみるみるうちに萎み、細く、垂れていきました。
それと同時に伐採されたはずの聖域の森の獣道に、樹木が茂っていきます。
まるで何百年分の時が一気に過ぎていくように。
気付けば聖域の森は、かつてのそれと同じように。
そして対照的に、神樹は見る影もなく枯れ木となりました。
「おい、ミーティア、何が起こったんだ……?」
「ええ、実は―――」
神託の声が届かないご主人様に、今起こった事をお話しました。
樹神ユグド様が神託を下し、聖域の森の復活の代償に休眠期間に入ったと。
そしてご主人様の助けになるよう、この弓を下賜されたと。
「神樹の弓か。まぁ良かった……と言っていいのか?」
ご主人様は枯れた神樹を見ながらそう仰いました。
結果的に神樹を枯らした事になったけど大丈夫なのか、と。
おそらく時間が経てば戻るのだと思います。そう樹神様も仰っていましたし。
神樹が眠った今、与えられた神託はただ一つ。
私はこれからもご主人様に仕えるのみ。
それをこそ望まれていたのですから。
「そっか」とご主人様は、どこかホッとしたような、どこか怪訝な表情をしていました。
そうして私たちは神樹の元を離れたのです。
生まれたばかりの聖域の森を、私の案内で抜けて帰りました。
■ポル 菌人族 女
■15歳 セイヤの奴隷
ご主人様とミーティア様が急いで出ていってから、私は玉座の間で忙しくしていました。
ネネちゃんは王様と一緒に、来た人たちの対応で忙しそうです。
私は王妃様と一緒に、奴隷から解放された人たちのお世話をしていたです。
本当は私なんかが居ちゃいけない場所なんですけど、そんな事言ってられないです。
解放された人たちは、泣き出すわ、苦しみだすわ、怒り出すわ大変です。
王妃様は謝ったり、抱きしめたり、説明したりと大慌て。
私もどうにかしなきゃと、ご主人様から預かってたマジックバッグから色々出しました。
これは万が一を考えて、ミーティア様もネネちゃんも与えられたマジックバッグです。
中身はお金や薬、食べ物など、仮に一人はぐれても一月は生きていけそうなものです。
マジックバッグ自体とても高価なものだそうですが、中身も含めて、こんなに奴隷に与えていいものなのでしょうか。
先輩奴隷のミーティア様とネネちゃんが何も言わないので大丈夫だと思いますが、やっぱりご主人様はスゴイ人だと思います。大盤振る舞いです。
そんなわけで、怪我した人にはポーションを飲ませ、みんなやつれていたからとりあえず大量の食事を出しました。
カオテッドを出る時に屋台で買いだめした串焼きやスープです。
何も食べさせられていなかったのか、群がるように食べていました。
持ってて良かったー。ご主人様、勝手に配っちゃってごめんなさいです。
「うっうっ……おいしい……」
「まさか生きてこんな美味しいものが食べられるなんて……」
「ミーティア様と使徒様のおかげよ」
「使徒様のメイドさん、ありがとう」
どうにか落ち着いてくれたようで一安心。
でもメイドじゃなくて侍女って言わないとダメだそうですよ。
言いませんけど。
「ポルさん、貴女がいてくれて助かりました。貴女もネネさんも、そしてもちろん使徒様にも感謝を」
王妃様が手をとってそう言ってくれました。
私なんかが握手とか恐れ多いんですけど、喜んでもらえて良かったです。
ネネちゃんみたいに戦えないし足手まといだったけど、何か一つでも出来たのなら嬉しいです。
そうこうしていると、ご主人様とミーティア様が帰ってきました。
「ポル、こっちは大丈夫だったか?」
「はいっ。でも奴隷から解放された人たちにポーションとかお食事とか出しちゃったです。勝手にやってごめんなさいです」
「それはいい。むしろよくやった」
ご主人様が頭をボフボフと撫でてくれました。えへへ。
あまり撫でると胞子が飛んじゃいますよ。
私のその様子を見たネネちゃんがご主人様に近寄ります。
「ん! 私も……王様守った……!」
「そうか、よくやったな。やっぱり残しておいて正解だった」
頭を撫でられたネネちゃんが目を細めています。
いつも無表情なのにとても嬉しそう。むふーとしてます。
そして王様、王妃様と私たち四人だけで別室に移動し、報告というか話し合いが行われました。
まず大司教だった人は死に、ご主人様の<インベントリ>の中。
一緒にいた淫魔族の女性の遺体もあるそうです。
これがただの協力関係だったのか、魅了操作されていたのかは不明との事。
フューグリス王の遺体も<インベントリ>ですが、こちらは幽魔族に取り憑かれていたのが確定です。
幽魔族は悪人に取り憑き、さらなる悪事を働きかけると言われているそうです。
フューグリス王がいつから取り憑かれていたかは分かりませんが、取り憑かれるだけの資質があったのだろうという話です。
ようは元から悪人だったという事ですね。
宰相のゲルルドという人は行方不明。
こちらは王都を封鎖した上で目下捜索中です。
ユーフィス王女は殺され、その遺体も<インベントリ>にあるそうです。
ご主人様は騎士団の人たちも含めたこれらの遺体を、あとで王様に引き渡したいとの事です。
「そうか……ユーフィスが……。【天庸十剣】と名乗ったのだな?」
「はい、お父様はご存じですか?」
「近年、魔導王国で行動を起こしている闇組織が【天庸】だったはずだ。貴族を狙ったり街で暴れたりといった派手な活動をする犯罪者集団と聞く」
「そうですか……その組織がなぜ神樹の素材を……」
「分からん……もしやゲルルドが繋がっていて手引きしたか? 情報規制されて儂まで詳しい事が上がってこなかったのか?」
とにかくその【天庸】という集団にユーフィス王女は殺されたそうです。
そしてご主人様とミーティア様も戦ったと。
ミーティア様は樹人族の女性を逃がしてしまったそうで、悔しそうでした。
でもご主人様は岩人族の男性を倒したそうで、その遺体も引き渡したいそうです。
「なんと! 倒したのですか!」
「ええ、『第六席のボルボラ』と名乗っていました。ミーティアが相手したのが『第九席』だそうですから、最低でもあと八人はいるのでしょう。魔導王国に伝えるかどうかはお任せします」
「分かりました」
「戦ってみましたが何か異常な強さがありました。岩人族なのに魔法を使ったり異常な攻撃力を持ってたり、ミーティアの相手は樹人族なのに腕に竜人族のような鱗を持っていたそうです。そこら辺が【天庸】とやらの秘密かもしれません。調べるかそのまま魔導王国に引き渡すかもお任せします」
「ふむ、承知しました」
一通りの報告と、遺体の引き渡しを終え、その日は王城にお部屋を借りてぐっすり寝ました。
考えてみれば私が奴隷として買われてからここまで、まともにベッドで寝たのは初めてです。
すっごい大変でしたけど、ご主人様の<カスタム>とポーションのおかげで何とかここまで来れました。
私はご主人様の背中に乗ってただけなので、皆さんはもっとお疲れだと思います。
私のわがままですぐに行動し、ここまで連れて来てくれたご主人様に感謝です。
国政がまた急激に一新したので王様と王妃様は今も忙しく働いているのでしょう。
ミーティア様はお手伝いしているのでしょうか。
私以上にお疲れのはずなので、出来れば休んで頂きたいと思いつつ、私は味わったことのないフカフカのベッドであっという間に眠りました。
翌朝、ミーティア様もほとんど寝ていないようで、目の下には隈が出来ていました。
もちろん王様と王妃様もです。
「ミーティア、明日には出立するつもりだがお前はどうする? 巫女として樹界国に残り国を支えるのも大事だと思う。俺はお前の意思を尊重する」
「……樹神様はご主人様にお仕えすることを望まれました。しかし私は私の意思でご主人様と共に行こうと思います」
「そうか……陛下はそれで宜しいですか」
「もちろんです。確かにミーティアが居てくれれば国の支えになりましょう。しかしそれは使徒様の恩を仇で返すようなもの。どうぞご迷惑かと存じますが不束な娘を宜しくお願い致します」
「……分かりました。ではミーティアはカオテッドに連れて行きます。ミーティア、これからも宜しく頼む。今日は陛下たちを助けてあげるのと、明日に備えて体調を整えておけ」
「かしこまりました」
ご主人様は混乱している王城に居座り続けるのが迷惑と思っていたそうです。だからなるべく早く帰ろうと。
とは言え、ミーティア様のお気持ちも分かるし、宰相の人が見つかっていない現状もあるので、せめて一日だけでも警戒に当たろうという事だそうです。
という事で、私はミーティア様と王様たちのお手伝い。
ネネちゃんはご主人様と王都をぐるっと回って、ネネちゃんの察知スキルを使いながら不審者がいないか見回るそうです。
宰相の人の手下や、【天庸】が二人しかいないとは限らないからだそうです。
「ついでに組合で伝書鳥を頼んでくる。カオテッドの迷宮組合向けに送れば屋敷の連中に渡るだろうからな」
ああ、お手紙送るのですね。
確かに組合で管理している伝書鳥なら、私たちが走るより速く伝えることが出来るでしょう。
私は奴隷になってすぐに樹界国に来てしまったので、ちゃんとご挨拶も出来ていません。
カオテッドに行ったら、すぐに皆さんに謝らないと。
わがまま言ってごめんなさいと。お蔭さまで樹界国が救われましたと。
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