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第三章 黒の主、樹界国に立つ
74:王都ユグドラシア、出立
しおりを挟む■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
正直失敗だったと言わざるを得ない。
「なんだ、あの基人族とメイドは」
「お前、あれだよ、昨日ミーティア様と―――」
「ええっ、じゃああの方が女神の使徒様か!」
「ありがとうございます、使徒様!」
ハハハと苦笑いしながら、軽く手を上げるのみだ。
こら、ネネ、結婚指輪見せるポーズやめなさい。左手を下ろして。むふーじゃない。
どうやら昨日の話は王都に広まったらしい。
そりゃミーティアと王様・王妃様が王城に乗り込んだの見られたし、その後も王城と神殿で大騒ぎだったろうし、騎士団とか衛兵も動かしてたみたいだから噂になるのは分かる。
俺だって自分が目立つ風貌だと自覚している。
それを考慮せずに王都を呑気に歩いているのが間違いなのだ。
やはりさっさと樹界国を脱出すべきだった。
でもこんな状況でミーティアを国元から離すのも気が引けるし、宰相とか【天庸】の行方が気になるのも確か。
王城でゴロゴロしててもいいんだけど、見回りくらいはしたいなーと思ったらこのザマなんだが。
「ともかく商業組合行くぞ。手紙だけは出そう」
「はい」
普段なら「基人族? ああん?」ってなりそうな組合も、すでに俺の情報を得ているらしく、伝書鳥の手続きはスムーズに済んだ。
詳しい事は帰ってから話すとして、とりあえず樹界国は一段落したよと。
帰りはさすがに走らず帰るよと手紙に書いた。
その後はなるべく王都ユグドラシアを歩いて回る。
改めて見るとカオテッドの南東区と同じように、街路樹と木造建築が多く、緑豊かな都だと感じた。
中にはツリーハウスのように木と家が合体しているものもある。
やはり樹界国に木々はありきのもので、これでよく森林伐採に踏み切れたものだとある意味感心した。
反発が多そうなのに、よく抑え込んで強行したものだと。
裏道も一応簡単にではあるが見て回った。いわゆるスラムだな。
ネネの<危険察知>にも<気配察知>にも妙なのは反応しないらしく、やはりとっくに王都から出ているのかもと少し残念。
逃げ足の速そうな【天庸】の女はともかく、宰相が気掛かりなんだが。
俺らはかなりスピーディーに動いたつもりなのに、いつの間にか逃げられていた。
陛下が言うように【天庸】と繋がっているとすれば、俺たちと出会った時の【天庸】の反応がおかしい。
あれは俺たちの存在を知らない反応だったからな。
じゃあ宰相は何者でどこに……と考えるだけ無駄なのかもしれない。
居ないものは居ない。分からないものは分からない。
答えの出ない推測をしても意味がない。
そんなわけで収穫なしで王城に帰還した。
陛下や王妃様は相変わらず忙しそうで、ミーティアもヘルプで忙しそう。
ポルはヘルプのヘルプかな。
なんかムードメーカー的なポジションと言うかマスコット的存在と言うか、意外と連れて来て正解だったかもしれない。
特に王妃様に気に入られてる。
そして翌朝、出立となった。
「使徒様、この度は本当にありがとうございました。ご迷惑をお掛けしました」
「頭を上げて下さい陛下。周りの目が気になりますんで」
「ミーティア、使徒様にしっかりお仕えするのよ」
「はい。お母様も、お父様も、国を頼みます」
見送りは王城までとさせてもらい、逃げるように旅立つ。
尚、兄王フューグリスから解放された奴隷が、俺と契約したがってたらしい。
多分、世話したポルが俺の奴隷だったことと、その左手の奴隷紋を見たせいだと思う。
だが勘弁してもらった。
あの玉座の間にいたのは二〇人くらいだが、他の収容所にいたのも含めると数百人規模になる。
一人と契約したら、我も我もと何人契約するはめになるか分からん。
正直そこまで面倒は見きれない。キャパオーバー。
そんなわけで行きと同様、帰りも四人旅である。
ポルを背負うこともなく徒歩で。
「ご主人様、帰りは走らないんですよね? 馬車とか使わないんです?」
「多少は走るぞ。馬車よりも早く着くつもりだし」
「おお、そうなのです? 私も帰りはがんばるです!」
「それに馬車だと森に入れないだろ? 森とか山とか突っ切って、ゆっくり魔物狩りながらショートカットって感じだな」
「えっ」
「あ、ついでに山賊退治していくか。ミーティアどこかいい山賊スポットあるか?」
「さ、山賊スポット?」
「住処は分かりませんが居そうな場所は分かります。ご案内します」
「頼む」
行きは急ぎだったから、ろくに魔物も狩れず、山賊退治も出来なかったからな。
ポルを鍛えるついでに治安を良くして、おまけに金策にもなる。一石三鳥。
なんかポルが戸惑ってるけど、大丈夫、帰る頃にはちゃんと戦えるようになってるって。
「じゃあ早速、森に行こうか」
「「はいっ」」
「ええ~~~っ!?」
■エメリー 多肢族(四腕二足) 女
■18歳 セイヤの奴隷(侍女長)
今朝、迷宮へと出掛けたイブキたちが、すぐに帰ってきました。
何事かと思ったら組合で手紙を受け取ったらしいです。
『あ、【黒屋敷】の皆さーん、お手紙届いてますので受け取りお願いしまーす』
『手紙? もしや……こ、これはご主人様からっ!』
待ちに待った連絡に、迷宮へも入らずそのまま帰ってきたと。
英断ですね。
私も心待ちにしていたので、すぐに読ませてもらいます。
……。
「エ、エメリーさん! ご主人様は何て!?」
「落ち着きなさいサリュ。四人とも大事ないようですよ」
「ほっ、良かったー」
「詳しくは帰ってからとの事ですが樹界国のゴタゴタはミーティアのお父様が王に復帰する事で落ち着いたようです。神殿組織も元々の大司教が復帰したと」
「ミ、ミーティアさんはどうなるんです?」
「こちらに帰ってくるそうです」
「良かったー」
ミーティアが国に残るかもとは私も思いました。
彼女の『神樹の巫女』としての矜持、愛国心の強さというものは出掛ける時によく出ていましたからね。
いくら『日陰の樹人』となり国外追放された身であっても、根底にあるのは『巫女』なのでしょう。
そしてミーティアが国に残ると言うならば、おそらくご主人様はそうさせたはず。
ご主人様がミーティアの気持ちを考えずにカオテッドに連れて来るとは思えません。
まだ混乱が残る国を差し置いて、ご主人様と共に戻るという決断をしたのでしょう。
侍女ならば当然……とは一概には言えませんね。
様々な思いを忍ての決断なのでしょうから。
私はミーティアのその決断を尊重するだけです。
ちらりと、サリュの隣にいる娘に目を向けます。
「もうすぐ紹介できそうですね」
「は、はい! 緊張します!」
「きっと大丈夫ですよ、楽しみにお待ちしましょう。それまではお勉強です」
「は、はいっ!」
さて、ご主人様が帰っていらっしゃった時の為にお出迎えの練習をしなければ。
お料理はヒイノと相談しましょう。
お風呂もおそらく望まれるでしょうから、以前お聞きした柚子湯というものも良いかもしれません。
ああ、ポルとこの娘の歓迎会もしなくては。
ポルはろくに交流も出来ないまま樹界国へ行ってしまいましたからね。
一緒にやるのが良いでしょう。
……ポルは帰ってくるのですよね?
……集落に返して来ることも……ありえますかね?
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